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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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14 悪妻、覚醒!

 尋常な状態ではないと、一目で確信した。


「ローちゃんのこの手……。若様、な、なんなんですか、これ……⁉ ロウェルはいったい⁉」

「手の甲を魔獣の爪にやられたらしい。傷自体は深刻ではないが、毒を受けている」

「毒……」


 声が震える。


「お、お願いします、毒消しのポーションを! お金は必ず支払いますから!」


 白衣を着た救護班の人に縋りつくが、彼は俯いて首を横に振った。


「お母さん、もう使ったんです、毒消しは。ですが、まるで効いた様子がない……」

「毒消しが、効かない……?」

「珍しいタイプの猛毒で……。この毒に対応できる毒消しのポーションは、我々が知る限り存在しません」

「そんな……」


 くらりとよろめいた私を、横から若様が支えてくれた。


「ロジー、どうか落ち着いて聞いてほしい。このままではロウェルは、毒が回って、死ぬ」

「……っ!」


 淡々と告げられた事実に、一瞬、呼吸が止まる。


「何か……何か助かる方法はないんですか⁉」

「聖魔法であれば、おそらくこの猛毒も消せるだろう。だが、この町に聖魔法の使い手はいない」


 そんなこと、言われるまでもなく知っている。

 現在、この国に聖魔法の使い手は、わずか三十名ほどしかいない。

 全員、王家か、王家に連なる血筋の上位貴族。彼らは全員、王都で要職についている。こんな辺境にいるはずがない。


「お、王都までロウェルを連れて行けば……」


 私の異母きょうだい達は全員、聖魔法が使える。父である国王も。

 あの人たちならきっと、ロウェルを助けられる。

 私のことを嫌っている彼らが、すんなり私の願いを叶えてくれるとは思えない。だけど、地に頭をつけてお願いすれば、もしかしたら……ロウェルを助けるためなら、私はこの身の全てを差し出しても――。


「無理だ」


 フィリップの言葉は容赦なかった。


「我々がこの子をここに運び込んだ時、この黒色は手首までしかなかった。この短時間で肘上まで広がっている。とても王都まではもたない」

「広がっ……ヒッ」


 おそるおそるロウェルの右腕に視線を移した私は、小さく悲鳴をあげた。初めに見た時、肘までだった黒色が、肘の上まで範囲を広げていた。


「ロジー。冷静に聞いてほしい。ロウェルの命を助けられるかもしれない方法が、一つだけある」

「あ、あるんですか⁉ どうすれば⁉ 私、ロウェルのためなら、何でも――」

「ロウェルの右腕を切り落とす」


 何を言われたのか理解できなかった。

 いや、私の頭が、理解を拒もうとしている。

 腕? ロウェルの腕を切ると言ったの? この子の、小さな手を?


「毒が回る前に、イチかバチか、毒に侵された右腕を切り落とす。正直なところ命の保障はできない。だが、このままでは確実に、この子は死ぬ」


 なおも呆然とする私の目の前で、フィリップが鞘からすらりと長剣を引き抜いた。刀身が冷たく光る。フィリップの目が、冷酷に私を見下ろす。


「可能な限り負担を小さくする。一太刀で切る」

「やめて!」


 ぐったりするロウェルの体を抱きしめ、フィリップから隠すように背を向けた。


「やめて……ロウェルに酷いことしないで……!」


 ああ、違う、本当は私だってわかっている。

 フィリップはただ冷静に、ロウェルの命を助けようとしてくれているだけだ。

 彼が正しい。ロウェルの命を助ける方法は、きっとそれしかない。

 だけど……だけど……。


「ロウェル……」


 意識のないロウェルを、強く強く抱きしめる。

 青白い頬。血の気の引いた唇。か細い呼吸。

 ロウェルの命の火は、今にも消えようとしている。


「ロウェル、ロウェル……!」


 禍々しい黒に染まったロウェルの右手を握る。

 小さな手。

 産まれたばかりの時は、もっともっと小さかったロウェルの手。こんなにも小さな手なのにちゃんと指が五本あって、服を着替えさせるたびに細い指が折れやしないかとドキドキした。

 その小さな手で、初めて私の指をぎゅっと握ってくれたとき、心の底から幸せが込み上げた。

 託児所からの帰り道、手を繋いで歩いた。手を繋ぎ、歌を歌いながら家路についた。

 スプーンを握る手。大好きなとうもろこしご飯を口いっぱいに頬張り、「おいち」と笑った柔らかな頬。

 抱っこをせがむ手。抱き上げると「まま、だいちゅき」と私に抱きついた、その温もり。 今、ロウェルの小さな右手は、右腕は、毒の色に染まり、氷のように冷たい。


「あぁぁ……ぅぁぁぁ……っ!」

「酷なことを言っているのはわかっている。だがもう時間がない。ロジー、母親である君が決めるんだ」

「無理……無理、です、そんなの、き、決められない、私には……っ!」


 嗚咽と一緒に涙が溢れ出る。

 嫌だ、片腕を失わせる決断なんてできない、だってそこまでしても命が助かる保証はない。


(私が……私が出来損ないでなければ……異母きょうだい達のように聖魔法が使えたら……そうしたらロウェルを、命よりも大事なこの子を助けられたのに……!)


 無力な自分が許せなかった。


「ロジー!」


 フィリップの切羽詰まった声。毒の黒はもうロウェルの肩近くまで達している。

 駄目……死なないで……ママを置いて行かないで……ロウェル……ロウェル……。


「ロウェル!」


 ロウェルを抱きしめ叫んだ、その瞬間。

 私の体から、爆ぜるように魔力が放出された。

 燃え盛る金色の炎が、私を、そしてロウェルを包み込む。


「なっ……⁉」


 フィリップが目を見開く。

 温かな金の炎が、ロウェルの右腕を燃やす。燃やされた毒の黒が、靄となって霧散していく。

 やがてその炎が小さな光の粒となり、キラキラと瞬いて消えた後には、傷一つないロウェルの姿があった。


「毒が、消えた……?」


 フィリップが信じられないといった様子で呟く。


「ローちゃん……ローちゃん!」


 おそるおそる呼びかけると、ロウェルの長い睫毛が震え、目蓋が持ち上がった。

 青の瞳が私を映す。


「まま……?」


 ロウェルの声を聞いた途端、先ほどまでとは別の涙が込み上げた。


「うっ、うぅっ……ローちゃん、良かった……良かったよぉぉぉ!」


 きょとんとするロウェルを抱いたまま、わんわん泣く私。


「奇跡が……!」

「今のは、まさか聖魔法……?」

「ロジー、君はいったい……」


 泣き続ける私の頭を、ロウェルが「まま、よちよち」と撫でてくれる。

 その小さな手の愛おしさにまた涙が溢れ、私は騒然とする周囲をよそに泣き続けたのだった。 



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