13 どうか無事でいて…
「ああ、ロジーちゃんは三年前にディウドに来たばっかりだから知らねぇか。『魔の森』でさ、十年にいっぺんくらい魔獣が大量発生する年があるんだよ。ここいらじゃそれを、ハズレ年って呼んでんだ。前回が九年前だから、そろそろ来る頃だよなって仲間内でも話に出てたんだよ」
「へぇ……」
「ま、俺ら冒険者にしてみりゃ、仕事は増えるし貴重な資源が手に入るかもしれないし、悪いことばかりじゃねぇんだがな。アタリ年なんて言って喜んでる連中もいるくらいでさ。だがまぁ、守備隊はそんなこたぁ言ってらんねぇだろうからな」
「そうなんですね……」
だとすると、若様もしばらくは魔獣の対応に追われることになるのだろう。
魔法の先生のことを相談できるのは、まだまだ先になりそうだ。
(ローちゃんはがっかりするだろうけど、それまで魔法の練習は我慢だなぁ……)
とはいえ、魔法の先生の指導が先送りになるのは、実は私にとってそう悪い話ではない。
なぜなら、お金がかかるからである。
魔法の家庭教師が相手にするのは、基本的に貴族階級だ。相場は知らないが高いに決まっている。
今のうちにせっせと貯金しておかなければ、せっかく紹介してもらっても依頼できない、なんてことになりかねない。
子どもの教育ってお金がかかるものなんだなぁと、親になってみて初めて気づいたよね。
だけど可愛いロウェルの将来のためだ。私にできることならなんでもしてあげたい!
そんなことを考えながら、空いたお皿を下げていたときだった。
にわかに店の外が騒がしくなった。何人もの怒鳴り声や悲鳴のようなものが聞こえてくる。
「なんだ……?」
ジェイクさんや他のお客さん達も食べる手を止め、窓の外に顔を向けた。もちろん私も。
いったい何事かと、ダンさんとハンナさんも厨房から出てきた。
よくわからないが、レースのカーテン越しに、町の人たちが慌てた様子で走り回っているのが見える。何か事故か事件でもあったのだろうか。
漠然とした不安を感じていると、突然、店のドアが勢いよく開いた。
「おい! 冒険者で手が空いてるやつ、いるか⁉」
血相を変えて飛び込んできたのは、リコリス亭の常連でもある冒険者ギルドの職員だった。
「町に魔獣が出た!」
その一言で、店内は一瞬にして緊張感に包まれた。
「守備隊が射ち漏らした鳥型のやつが三匹、街壁の中に入り込みやがった! 行けるやつは全員、守備隊に加勢して討伐に参加してくれ!」
ギルド職員の言葉が終わらないうちに、ジェイクさんは立ち上がり、大剣を背負った。
「悪い、ロジーちゃん。お代は後でいいか?」
「は、はい、もちろんです。お気をつけて」
ジェイクさんと、他にも数人の冒険者が、各々の武器を手にギルド職員のもとへ急ぐ。
「どこへ行けばいい?」
「三匹それぞれ別の場所だが、ここから一番近いのは教会だ。とりあえず教会に向かってくれ」
(え?)
ドクン、と心臓が大きく跳ねた。
「承知した」
ジェイクさんと冒険者たちが駆け出していく。私の心臓がドクドクと早鐘を打つ。
「みんなは討伐が終わるまで用心して、建物の外には出ないようにしてくれ」
そう言い残して出ていこうとしたギルド職員の腕を慌てて掴んだ。
「あ、あの、教会って、この地区の……?」
「そうだ」
どうか否定してほしいという願いも虚しく、ギルド職員はあっさりとうなずく。
ハッと、ダンさんかハンナさんが息をのむ音が聞こえた。
全身から血の気が引いていく。がくがくと膝が震えた。
だって、そんな、あの教会には今、ロウェルがいるのに――。
「ロジー……」
ハンナさんが心配そうな顔で私の手を握ってくれる。けれど私の手の震えはおさまらない。
「ローちゃんはきっと無事だよ。今は守備隊と冒険者を信じて待とう……」
私は無言で首を横に振った。
ロウェルは今まさに怖い思いをしているに違いない。
もし怪我をしたら……。
そんな想像をしただけで、目の前が真っ暗になる。
今すぐにロウェルの無事を確かめずにはいられなかった。
「……私、ロウェルをお迎えに行ってきます」
震える声で言い残し、私は店を飛び出す。
引き留めるハンナさんの声が聞こえたが振り返らなかった。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
震える足を叱咤し、息を切らせて教会目指して全力で走る。
低い丘の上に立つ教会の方向から目を逸らさずに走るが、魔獣らしきものの姿は見えない。すでに討伐は終わったのだろうか。どうかそうであってほしい。
教会に続くゆるい坂道のふもとまで来たとき、辺りにたむろしていた町の人達の会話から、どうやら魔獣は討ち取られたらしいということがわかった。
ひとまず安堵し、疲れた体に鞭打って、坂道を上り始める。あとはロウェルの無事が確認できれば――。
そのとき、教会の方から坂道を駆け下りてくる人の姿が目に入った。先ほど魔獣討伐に向かったジェイクさんだ。
ジェイクさんは私に気づくと、さらに加速し、声を張り上げた。
「ロジーちゃん! 今呼びに行こうと……!」
血の気の引いたジェイクさんの顔。嫌な予感にヒヤリと背筋が冷たくなる。
「ロー坊が……ロー坊が魔獣に襲われて怪我を……!」
「……っ!」
声にならない悲鳴が喉から漏れる。
全身の毛が逆立つような感覚。
もつれそうになる足をどうにか動かし、私はジェイクさんの後について走った。
教会の門をくぐると、広場に人だかりができていた。
守備隊の制服を着た人たちや冒険者たちに囲まれて、魔獣らしきものの亡骸が転がっている。
黒みがかった緑色の鱗に覆われた体、蝙蝠のような大きな翼、長く鋭い嘴に、鋭い爪がついた後ろ足。その見た目と大きさは、鳥というより、前世で子どもの頃に図鑑で見た翼竜のようだ。
(ローちゃんは、あれに襲われたっていうの……⁉)
討ち取られて動かなくなった今ですら、禍々しい姿に恐怖を感じるというのに、あれに襲われたロウェルはどんなに怖かったことだろう。
それなのに、肝心な時に側にいてあげられなかった。一人で怖い思いをさせて、その上怪我を負わせてしまうなんて。
(私はローちゃんのママなのに、世界で一番大事なローちゃんなのに、なのに守ってあげられなかった……)
情けなさに涙が込み上げる。
(どうか、どうか無事でいて……!)
ジェイクさんに先導されて、いつも託児所として使われている小さな礼拝堂に入る。
そこに怪我人が集められていた。怪我をした人達が、守備隊の救護班やシスターから手当てを受けている。手当てを受けている中に子ども達の姿もあったが、その中にロウェルの姿はなかった。
「ロジーちゃん、こっちだ!」
ジェイクさんが示した先に、数人の大人が集まっていた。
顔なじみのシスターと守備隊の救護班と思しき白衣の人、それからバロウの若様。
彼らは私の到着に気づき一斉に振り返る。その表情は一様に暗い。
「ロジー。ロウェルが……」
低い声で言って、若様が場所を私に譲る。
ロウェルは、床に敷物を敷いた上に寝かされていた。
目を閉じたその顔からは血の気が引いている。
「ローちゃん!」
ロウェルに駆け寄った私は、ロウェルの右腕を見て息をのんだ。
小さな手の指先から肘の辺りにかけて、ロウェルの右腕がどす黒い色に染まっていた。
ハッピーエンドタグを信じて頂ければと…!




