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悪妻は退場しましたので  作者: 中村くらら


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10 悪妻の魔法(チーン!)

 リコリス亭の裏手には、小さな庭がある。

 立派な金木犀が夏には涼しい木陰を作り、秋には甘い香りを運んでくれる。その脇には紫陽花が植えられていて、初夏になると青やピンクの瑞々しい花を咲かせる。

 庭の一角は畑になっていて、ハンナさんが、日々の料理に使うハーブを育てている。空いたスペースは洗濯物を干したり、ロウェルの遊び場にもなる。

 小さいけれど、私達の生活に欠かせない、素敵なお庭だ。


 リコリス亭の定休日、私はロウェルと二人でその裏庭にいた。

 足を肩幅くらいに開いて立ち、ぐっと大地を踏みしめる。両手を胸の前に出し、ボールを持っているかのような形に構えた。


「それじゃ、始めるね」

「うん!」


 ロウェルは私の正面に立ち、キラキラと期待に輝く目で私を見上げている。

 その視線を感じながら、私は自分自身の体に意識を集中した。


「魔法を使える人の体の中では、いつも魔力が流れてるの。まずはその流れを感じて……」


 深い呼吸を繰り返しながら、血液のように体内を循環する魔力の流れを意識する。


「魔力をぐ~っと両手の平に集めてきて……外に出す!」


 私がそう言うと同時に、左右の手の間に、ポッと音を立てて小さな炎が現れた。

 わぁ、とロウェルから歓声が上がる。

 むふふ、でもまだこれで終わりではないのだ。


「見ててね……」


 魔法で出した小さな炎をじっと見つめながら、頭の中のイメージを明確にする。

 静かに息を吐き出しつつ両手を動かすと、炎が大きく揺らめいた。

 炎は見る間にその形を蝶に変え、ゆっくりと舞い上がる。ひらひらと三度羽ばたいたかと思うと、蝶は炎の鱗粉を残し、ふっと姿を消した。

 

「まま、しゅごい! しゅっごーい!」


 ロウェルが大喜びでぴょんぴょん飛び跳ねる。


「むっふふーん。それほどでも~」


 実際、たいしたことはない魔法なのだけど、可愛い息子に手放しで褒められ、ついついドヤ顔をしてしまった。


 さて、ロウェル相手に炎魔法を披露している理由は、数日前に遡る。

 私から父親の話を聞いて以来、ロウェルが「ろーちゃ、ちゅよいこになる!」と言い出した。「ローちゃんのパパはとっても強いんだよ~」と言ったのが、強く心に残ったようだ。「ぱぱとおしょろい」になりたいらしい。健気すぎて泣きそう……。


 だけど、強くなりたいと言ってもロウェルはまだ二歳。剣の稽古や筋トレは、どう考えても時期尚早すぎる。

 むしろ今は、よく寝てよく食べてよく遊ぶのが一番大切なんじゃないかと思う。そう説明したら、ロウェルも「わかっちゃ!」と納得してくれた。

 とはいえ、ロウェルは元々、寝るのも食べるのも遊ぶのもよくできている。せっかくやる気になっているのだから、何か特別なことをさせてあげたい。

 そこで思いついたのが、魔法のレッスンだ。ロウェルに聞くと「ろーちゃもまほうやってみる!」と目を輝かせたので、次のお休みに魔法のレッスンをしようねと約束をした。

 その約束の日が今日、というわけだ。


 この世界には魔法が存在するが、誰もが使えるというわけではない。

 というか、大多数の人は使えない。

 魔法を使えるのは、主に王族と貴族、それからごく一部の平民だ。

 平民のほとんどは魔法を使えないか、使えたとしても弱い。だから、世の中は基本的に魔法がないことを前提に回っていて、魔法が使えないと日常生活に支障が出る、なんてことはない。

 ダンさんもハンナさんも魔法は使えないし、リコリス亭の営業は魔法がなくても何も問題なく回る。


 とはいえ、魔法が使えた方がなにかと便利なのは間違いない。

 ……というか、電化製品に囲まれた生活を知っている私にしてみれば、電気もガスも上下水道もない生活はかなり不便に感じてしまう。

 そこで私は、炎魔法を電化製品の代わりに使えないか、いろいろ試してみることにした。

 そして気づいたのだ。王宮にいた頃に役立たずと言われ続けた私のショボい炎魔法は、食堂でけっこう役に立つということに!

 例えば私が魔法で出せる炎は、ロウソクの炎程度の小さなものだが、コンロやオーブンに火をつけるのには充分役に立つ。……あ、いやまぁ、マッチで付ければいいじゃないかと言われたら、そこは反論はできないのだけど……。

 でもそれだけではない。私の炎魔法は、もっと別の方向で役に立つのだ!


 実は私、出せる炎は小さくて弱いのだけれど、温度調節はけっこう得意なのである。温度調節……具体的には加熱である。残念ながら逆はできない。

 例えばケトルやお鍋でお湯を沸かす時、私の炎魔法を使えばかなり時間が短縮できる。言ってみればティ〇ァールである。一見地味だが、急いでお湯を沸かしたい時にはかなり役に立つ。


 もっとダンさん達に重宝されているのが、食材や料理を温める時である。

 食材を短時間で加熱したい時や、冷めた料理を温め直したい時に使う。そう、電子レンジみたいなことが、私の魔法でできちゃうわけなのである!

 あ、これ電子レンジじゃんと気づいて、出来上がりにふざけて「チーン!」などと言っていたら、私の加熱魔法はダンさん達から「チン魔法」と呼ばれるようになってしまった。今では、「ロジー、この芋をチンしてくれんか」などと頼まれて調理補助もしている。

 と言っても、ダンさんは基本的に、食堂で出す料理に私の魔法は利用しない。魔法に頼ってしまったらいざという時に困るから、ということらしい。プロの料理人のダンさんらしい考えだ。

 それに、ダンさんがじっくりコトコト煮込んだカレーの方が、私が魔法を使って高速で仕上げたカレーよりも美味しい気がする。なんとなくだけど。

 というわけで、私のレンチン魔法はあくまでも緊急時の補助なのだが、緊急時には本当に便利だと思う。ちなみに、お客さんに出すわけではない賄いご飯では、遠慮なくレンチン魔法を使いまくっている。


 ハンナさんに好評なのは、皿洗いの時の水をぬるま湯に変える魔法だ。汚れが落としやすくなるし、冬場に冷水で皿洗いするのは辛いもんね。

 ちなみに食堂とは関係ないが、炎魔法を使えばお風呂もすぐに沸かせるし、ドライヤーみたいに髪を乾かすのにも使える。炎魔法のおかげでQOLが爆上がりしている。

 炎魔法、全然役立たずなんかじゃないじゃん、と思うのだけど、貴族は魔力の強さを重視するので、たぶん私程度の火力だと評価されないのだ。

 さらに王族となれば、聖魔法でなきゃ価値がないくらいの扱いを受ける。

 だけど私は炎魔法で良かったなぁと全力で思っているところだ。おかげで快適な辺境スローライフを満喫できている。



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