Episode 01:分隊K-15、沈黙す|了
この戦争では、人は二度死ぬ。
一度は、肉体として。そしてもう一度は、“戦闘記録”として誰かに引き継がれたとき。
死んだ兵士の戦闘中の感覚・運動記憶は、一定の条件下で次の兵士へ継承される。
それを《継戦継承プロトコル》と呼び、汎洲連邦軍では非公式ながら実運用されている。
記憶の蓄積先に選ばれるのは、ただ一人。
“記録の末端”と呼ばれる、特殊な兵士だけだ。
現在、全戦域において唯一のラストナンバーは一名。
彼の名は──アッシュ・クレイド。
* * *
「……通信、入ってません。K-15、応答なし!」
新人オペレーター、リコ・エルネストの声が戦術室に響いた。
第77戦域、後方支援ノードE-31。各戦術端末から走るコード、かすかに光る戦術マップ、息を飲むオペレーターたち。
その中で、リコは焦燥を押し殺すように声を張る。
「座標16-E、K-15分隊、確認……生命反応、複数消失……!」
K-15分隊は敵の通信施設を破壊するだけの簡単な任務だった。
だが、予期せぬジャミングと敵襲。突如、味方信号が次々に途絶えていった。
《……っ、おい、囲まれてる!?》
《こんなの、話が違う!》
《誰か──応答……っ、がはっ……!》
バチッ、と通信が絶たれる。
ノイズだけが残り、ターミナルに広がった沈黙。
「だめ……これ、全滅だ……」
震える指で操作していたその手を、誰かがそっと止めた。
ヴァンス中佐だった。
「見るな、新兵。あとは――奴がやる」
「え……?」
「ラストナンバーだよ。アッシュ・クレイド。おまえの知ってる常識とは、少し違う存在だ」
* * *
森の中。夜の霧の底で、火花が咲く。
アッシュ・クレイドは、倒れた味方の影から立ち上がる。
周囲には燃えた車両の残骸。死体。割れたヘルメット。硝煙。
味方の誰も、もう応答しない。
《記録継承:接続完了──》
脳ではなく、脊髄の奥で響くような感覚。
自身の肉体に“戦いの手順”が流れ込む。
《No.441:近接制圧》
《No.122:索敵・即応》
《No.789:野戦対多指向》
知らぬうちに、右足が滑るように前へ出る。
左手が銃を握り直す。
引き金にかけた指が、迷いなく動く。
銃声。
一人、敵が崩れ落ちる。
次の敵も、その次も。
まるで“死者の動き”を再現するかのように、アッシュは機械的に敵兵を刈り取っていった。
* * *
「敵の反応、消失中……えっ……全部、ですか?」
リコが目を見開いた。
戦術マップ上、敵のアイコンが次々に灰色へ変わっていく。
味方は、ゼロのまま。敵は、全滅。
……ひとりで。
「な、何が起きて……?」
「落ち着け。見えてる通りのことだ」
ヴァンス中佐が言う。
「奴は、998人分の戦闘記録を受け継いでいる。全戦域の戦死者の“最終継承者”」
「でも、ひとりで……!」
「アッシュは、“誰かの続き”として戦う。
彼自身が強いわけじゃない。彼は──誰よりも、“空っぽ”なんだ」
* * *
敵小隊、壊滅。森の奥、静寂。
アッシュは、ライフルを静かに降ろした。
焼け焦げた右腕。血で濡れたヘルメットの下、無感情な瞳。
(今日の“俺”は、誰だった?)
けれど、答えはない。
ただ身体が、勝手に動いた。
誰かの技術で、誰かの記憶で、誰かの死に方で。
──アッシュ・クレイドは、生き延びた。
けれど、“彼自身”は、そこにはいなかった。