プロローグ
この戦場では、兵士は「死ぬ」ことで強くなる。
ひとりの死は、誰かに“戦い方”を遺し、
また別の誰かが、それを継いで生き延びる。
けれど、最後に残る者には──
998人分の“死に様”が、記憶として焼き付けられている。
それは最強の兵士か。それとも、最悪の兵器か。
この物語は、そうして生まれた《ラストナンバー》と、
記憶を繋ぐ少女の記録である。
「……あなたの中には、いったい何人が、いるんですか?」
戦場で死んだ全員の戦いが、彼の中にある。
そしてそれを“記録”するのは、誰の記憶も持たない少女──。
魂の継承は、希望か、呪いか。
答えは、まだ誰も知らない。
「オペレーター、通信安定中。第K-15分隊、目標地点に接近。……まあ、今日は退屈な当番だね」
苦笑まじりの声が、ヘッドセット越しに響く。
リコ・エルネストは、ぎこちなくも操作盤を睨みながら、軽く相槌を打った。
「は、はい。異常なし、です。えっと……このままなら、何事もなく終わるはず……」
「破壊工作だけだしな。危険度は最低レベル。新人でも問題なし、ってやつだ」
“新人でも”。
リコの頬が微かに引きつる。配属されて、まだ三日。
現地配備オペレーターとしての初任務。緊張と不安でいっぱいだったが、
分隊のメンバーはどこか余裕で、むしろこちらが申し訳なくなるほどだった。
(よし、大丈夫……何も起きなければ……)
その“何も起きなければ”が、開始から数分で崩れた。
《────っ、やべぇ! 伏兵!? 後ろ、後ろだ!》
《くそっ、罠か! 応答しろ、応答──ぐっ、あぁぁぁ──!》
通信が、血に濡れたような音で満たされていく。
悲鳴、怒声、銃声、そして爆音。
リコは思わず耳をふさいだ。
だが、オペレーターの手はそれを許さない。
画面の中、マーカーがひとつ、またひとつと“死”の印に変わっていく。
(やだ、やだ、こんなの聞きたくない……!)
画面が真っ赤に染まった。
分隊は──壊滅していた。
でも、そのとき。
銃声が、ピタリと止んだ。
……静寂。
次の瞬間、マーカーが“敵”のものから、
一つ、また一つと──消えていった。
何が起きているのか、まるで分からない。
映像もノイズ交じり。
砂嵐のように荒れた画面の中で、何者かが、敵陣の中を駆け抜けていく。
……速い。
いや、速いだけじゃない。
銃撃、接近戦、地形の使い方……まるで“戦場そのもの”を読みきっているような動き。
一人。
ただの一人で、小隊規模の敵を圧倒していた。
(なに……? この人、何者なの?)
「オペレーター、目を離すなよ。あれが──“ラストナンバー”だ」
背後で、ヴァンス中佐が呟いた。
「え……?」
「アッシュ・クレイド。所属はK-15分隊。“最後の一人”で、最初から“そうなる予定だった”兵士だ」
「な、なんですか、それ……意味が……」
「今は理解しようとしなくていい。
ただ見ておけ。……彼が、どんなふうに敵を“記録”していくかを」
リコは、再びモニターを見た。
そこにいたのは、“人”ではなかった。
無数の動き。無数の戦法。無数の死に方。
それが、ひとりの兵士を通して、“なぞられている”。
──誰かの“最期”が、また戦場に蘇っていた。
彼の名前は、アッシュ。
コードネームは、《ラストナンバー》。
その意味を、リコはまだ知らない。
けれどそれが、彼と自分の運命を繋ぐ“記録”の始まりだった。