第八話「夜明け前の潜航路」
深夜二時。都市の地下第九格納層。ここは都市建造初期に造られ、今では半ば封鎖状態となっている古い保管区画だった。老朽化した天井梁には蜘蛛の巣が垂れ、僅かな照明魔導灯が不規則に点滅している。
凌平は懐中照明を掲げながら、慎重に通路を進んでいた。その後ろを伊織が静かに追従する。彼の端末には、都市制御炉関連の旧議事録データが立ち上がっていた。
「こんな場所、本当に役に立つ情報が残ってるのか?」
凌平が半ば呆れ気味に尋ねる。だが、伊織は迷いなく首を振った。
「第九格納層は初代《輪環航路》設計時代の資料がそのまま物理媒体で保管されています。過去の失敗記録もデジタル移行されず、ここに眠っているはずです」
「つまり、お役所が“不都合”と判断して放置した資料なわけか」
凌平は苦笑した。だが、今はそういう“汚れた情報”こそ必要だった。
「再試験を突破するだけなら、今の設計でもなんとかなるかもしれない。だが、結晶の異常共鳴問題が残ったままじゃ本当の完成には至らない。元から都市炉の仕組みに何か致命的な設計ミスが埋まってる可能性もある」
「……だからこそ、初代データが必要だというわけですね」
「そういうことだ」
二人はさらに奥へと進んだ。やがて巨大な円形扉の前にたどり着く。封鎖印はすでに事前解除してある。凌平が端末で解除コードを送ると、低いうなり声を上げて重厚な扉が開いた。
中は巨大なアーカイヴ倉庫だった。埃の積もった金属棚が無数に並び、そこに分厚いデータブロックや記録筒が整然と並べられている。
「さあ、本番だ」
伊織は素早く棚番号を確認し、目的の記録を抽出していく。凌平は横で懐中照明を向けながら補助した。
数分後、伊織が一つの記録筒を手に取った。
「……ありました。“試作炉コア暴走記録・第三期プロト”」
慎重に封を解くと、内部の立体投影がゆらりと浮かび上がった。そこに映し出されたのは、初代《輪環航路》計画時の動力炉暴走映像だった。
「出力偏差制御不能、負荷分散限界突破……!?」
凌平は目を見開く。暴走する結晶コアが共鳴波を増幅させ、都市炉全体が振動し始める様子が克明に記録されていた。
「……制御炉の構造自体に、初期から“負荷分散不足”の欠陥があったんだな」
「まさにそれが、今回の結晶共鳴異常と重なっています」
伊織は次々と旧データから対応記録を抽出していく。
「初代開発班は、共鳴リミッターの誤動作を強引に遮断式に変更して封印しました。しかし、その封印は現行炉でも温存されたままです」
凌平の表情が険しくなる。
「つまり、我々は“見て見ぬふりを続けた安全装置”の上に都市機能を積み重ねてきたわけだ」
「ええ。今回、エテルナ・コードの新型記憶機構が精密すぎるがゆえに、隠されていた過去の振動波形記録まで拾い始めた結果……過去の欠陥が蘇った」
静寂の中で、伊織は淡々と分析を続ける。
「つまり……」
凌平はまとめるように言葉を繋いだ。
「エテルナ・コードが進化して“記憶”すればするほど、過去の都市炉の誤差も学習対象として蓄積され、暴走の種になってるってわけか」
「その通りです」
伊織は静かに頷いた。
「設計上の完全性を追い求めれば追い求めるほど、この“封印された初期欠陥”が浮かび上がる仕組みになってしまっている。皮肉ですね」
「……なら、再試験の前に、ここに手を打たなきゃいけないってことだな」
凌平は唇を引き結んだ。
「都市炉の中心部に触れる権限は今の僕たちにはない。けど、せめてエテルナ・コード側の制御系に新しい“負荷分散ルート”を仮設計すれば、暴走リスクは抑えられるはずだ」
伊織が即座に頷く。
「その設計案を今からまとめます。既存設計に補助リング構造を仮想的に挿入し、共鳴振動を横方向へ逃がす構造でいきましょう」
「シンプルでいい」
凌平は少しだけ微笑んだ。
「さすがだな、伊織。……本当にお前の記憶力は頼りになるよ」
「正確に覚えるのは得意分野ですから」
伊織は淡々と答えるが、その口元はわずかに緩んでいた。
二人は記録筒を慎重に再封印し、新たに抽出したデータ複製だけを持ってその場を離れた。
格納層を出たときには、東の空がすでに淡く白み始めていた。
静まり返った都市の底から、徐々に昇る朝の光――まるで、彼らが探り当てた解決策を祝福するかのようだった。
「夜明け前の潜航……悪くない探索だったな」
凌平が呟く。伊織も静かに答えた。
「ええ。これで、次の一歩へ進めます」
こうしてエテルナ・コード再試験に向け、またひとつ重要な謎が解き明かされたのだった。
(第八話 完)