表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/25

第六話「十分間の試作零号機解体」

 夜の《アスフォデル》は、静けさの中に微かな作業音を響かせていた。工房ブロックE-05。ここは日中は賑わう整備区画だが、今は人影もまばらだ。

 だがその片隅で、誰よりも早く動き始めている男がいた。

「よし、これでセクションCの固定ピンは外した……っと」

 歩は黙々と作業を続けていた。手際良く工具を操り、慎重に旧パーツの一つ一つを取り外していく。大型照明に照らされた作業台には、解体中の試作零号機の一部が置かれていた。

 先日の事故で損壊した外郭フレーム、変形した支持骨格、歪んだジョイント――。駿や凌平たちが次の再試験に向けて新型設計に集中する一方、歩はこうして休日返上で部品の整理と再利用可能なパーツの抽出を進めている。

「ふぅ……。よし、あと少し」

 古びた作業ジャケットの袖をまくり上げ、工具箱から次の器具を取り出す。分別箱はもう三分の二が埋まっていた。損傷率四十四パーセントとはいえ、丁寧に選別すれば再利用できる部材は思ったより多い。

 歩の作業は、決して派手ではない。だが、確実にチーム全体の作業負担を減らしていた。

 誰かの時間を節約できるなら、自分の夜を捧げても惜しくはない。

 それが歩の信条だった。

「……おっ、これなんかは再加工すれば十分使えそうだな」

 ジョイントユニットの一つを慎重に外す。その瞬間――

 カチン。

「……ん?」

 わずかな異音が指先に伝わった。部品の奥で、何か硬質なものが引っかかっている感触。慎重にカバー部材を開くと、そこに奇妙な物体が現れた。

 淡く青緑に光る結晶体――だが、通常の魔導回路に用いられる制御結晶とは明らかに異質だった。

「……なんだ、これ?」

 不思議そうに顔を寄せる。結晶は内側で螺旋状の光の粒を緩やかに循環させていた。どこか有機的な“脈動”を感じさせる輝き。見たことのない構造だった。

 と、その時。

 背後の扉が音もなく開いた。

「歩? まだ作業してたの?」

 振り返ると、乃愛が手にタブレットを抱えて立っていた。彼女は歩の作業を心配して様子を見に来たらしい。

「うん、休憩がてら少しだけ整理しようと思って……。でも、ちょっと変なモノが出てきた」

「変なモノ?」

 乃愛も歩みに近寄り、結晶を覗き込んだ。淡い光が二人の顔を照らす。

「これ……魔導結晶? でも通常の制御用とは成分が違うみたい。組成パターンが複層構造になってる……」

 乃愛はタブレットで即座に簡易スキャンを開始する。分析表示が立ち上がり、複数の未分類タグが踊った。

「うわ、見たことないエネルギー反応……」

「……やっぱり普通じゃないよな」

 二人は顔を見合わせた。

 だがその瞬間、結晶の中心部がわずかに脈打つように輝いた。

 ピコン。

 タブレットに警告音が鳴る。乃愛が慌てて設定を切り替える。

「ちょ、ちょっと待って。これ……もしかして自律的にエネルギー吸収反応を持ってる!? 周囲の微弱魔素を自己蓄積してるみたい!」

「自己蓄積……? それって、エテルナ・コードの記憶学習システムに似てる?」

「いや、もっと基礎レベルの話だよ。制御じゃなく、素材自体が“学習”してるみたいな感覚」

 乃愛の声が徐々に興奮を帯びていく。




「これ、私たちが今まで扱ってきたどんな魔導素材とも違うよ……。歩、どこから出てきたの?」

「ジョイントユニットの中。たぶん初期設計段階から仕込まれてたか、後の整備工程で混入したのか……。でも、少なくとも意図的な設置には見えない」

 歩は慎重に結晶を専用ケースに収めながら言った。

「こんな重要そうな素材、最初の設計資料には記載されてなかったよね?」

「うん、なかったはず。少なくとも私が把握してる全設計ログには存在しない」

 乃愛の眉が寄る。

「となると……開発初期の設計局内で、誰かが秘密裏に実験的に組み込んだのかもしれない」

「でも何のために?」

 歩の問いに、乃愛は少し考え込みながら答えた。

「仮説だけど――“エテルナ・コード”って、もともと『記憶する機体』を目指してたでしょ? もしかするとこの結晶は、より原初的な“自己学習素材”の試作だったのかも」

「自己学習素材……」

 歩は結晶を眺めた。確かにそれなら、記憶式制御中枢との相性は抜群に良さそうだ。

 もしこれを適切に組み込めれば、機体の安定性は飛躍的に高まるかもしれない。

 だが――

「でも、こんな重要なものを勝手に使って大丈夫なのか? 制御に失敗したら暴走しそうな気もするけど……」

「うん。確かに下手に使えば危険だと思う。だからこそ、今すぐ組み込むんじゃなくて、まず駿たちに報告して慎重に解析を進めよう」

 乃愛の判断は冷静だった。彼女は常に「間違いを認めて修正する」ことに迷いがない。

「……ああ、そうだな。じゃあ、封印して研究対象リストに上げておこう」

「ありがとう、歩」

 乃愛が微笑んだ。その笑顔に、歩は思わず照れくさそうに頭を掻く。

「いや、俺はいつも通り誰かの時間を節約してるだけさ。こういうの、見つけるのも含めて仕事だからな」

 工房ブロックに、静かな満足感が漂った。地味で目立たない夜の作業。だが、こういう積み重ねこそが次の進展に繋がっていく。

 こうして、エテルナ・コードに隠された新たな可能性――“未知の自己学習結晶”という謎が、静かに姿を現し始めたのだった。

(第六話 完)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ