第五話「異邦の完遂主義者」
夕暮れの《アスフォデル》上層居住区・青煉瓦通り。街灯が淡くともり始め、浮遊式の小型運搬艇が静かに上空を行き交う。夕食時を迎え、石畳の歩道には家族連れや帰宅する労働者たちの穏やかな足取りが続いていた。
その中で、駿はある店の前に立っていた。古びたカフェバー『カレイドスコープ』――チーム内では密かな溜まり場でもある。今日ここで、新たに合流するもう一人の外国人と会う約束があった。
扉を開けると、店内は薄暗い暖色の灯りに包まれていた。壁には様々な航宙艇の模型が飾られ、奥のカウンターでは老店主が磨き上げたグラスを並べている。
すぐに目に入ったのは、店の中央テーブルに座るひときわ大柄な男だった。
深い藍色のシャツ、短く刈り込まれた金髪、鋭い眼光。整った顔立ちだが、どこか張り詰めた緊張感を纏っている。
タイラー・ブラント――もう一人の異邦のパイロット。
「……来たか」
低く、抑えた声。彼の背筋は真っすぐ伸び、カップを口元に運ぶ動きすら几帳面だ。
「予定より少し早いな」
「お前が呼んだんだろ」
駿は苦笑気味に返した。タイラーは視線を鋭く交差させながら、カップを静かに置いた。
「無駄な時間が嫌いなんでな。訓練開始は明日朝だが、今夜のうちに“方針確認”をしておくべきだと判断した」
「方針確認、ね……まあ、座るよ」
駿が向かいに腰を下ろす。カウンター奥で店主が静かにコーヒーを淹れ始める音が心地よく響く。
しばし、沈黙。
「お前の経歴は聞いている。母国で優秀な空戦技術士だったと」
駿が切り出すと、タイラーは小さく頷く。
「……だが、結果は途中で潰えた。実地演習中の事故が原因だ。機体不良に気付かず強行操作して、部下を二人失った」
淡々と語る声の奥に、冷たい痛みが滲んでいた。
「その時、僕は自分の“弱さ”を思い知った。完全に読み切れていれば防げた事故だった。以来、俺は“完遂”しか考えない。途中経過は関係ない。任務は必ず成し遂げる、それだけだ」
その言葉に、駿の表情がわずかに動く。彼自身が「完全性」を追い求める者だからこそ、タイラーの異なる“完遂主義”の重みが理解できた。
「……君は、感情を押し殺してまでそう在ろうとしているのか」
「感情? そんなものは任務に邪魔だ」
タイラーは一瞬、唇を引き結ぶ。
「……いや、正確には――感情が暴走して判断を誤るのが、何より怖い。僕はあの日、焦っていた。冷静でなかった。だからこそ、今は冷静で在り続けようとする」
その抑制された語り口に、駿は静かに頷いた。だが、彼の思考はもう一歩先に進む。
「だが、エテルナ・コードは“記憶を糧に進化する”機体だ。失敗も含めて蓄積し、柔軟に成長していく。それは、固定された完遂計画と矛盾する部分もある」
「その柔軟さこそ、危うい」
タイラーの表情が少し険しくなる。
「成長と暴走は紙一重だ。だから僕は――成長の余地よりも、初期段階から“最適解”を叩き込む方が正しいと考えている」
完遂主義者と完全性主義者。似て非なる二つの信条が、テーブルを挟んでぶつかり合っていた。
駿は静かに目を閉じ、数秒だけ思考を整理した。タイラーの言葉は理屈としては正しい。だが、それでは“進化”しない。彼が目指すエテルナ・コードの本質とは異なる。
ふと、隣の席に別の二人が静かに腰を下ろした。
「悪いな。勝手に横入りさせてもらうぜ」
凌平だった。隣には伊織もいる。二人ともこの議論の空気を察して来たようだった。
「タイラー。確かに“最適解を先に決め打つ”のも一つの手だ。でもな、現場はいつも予想外だらけだ」
凌平は肩を竦めて苦笑した。
「本番中に新しい変数が飛び込んできたらどうする? 固定プランじゃ潰れる。だから進化するシステムが必要なんだ」
「進化にはコントロールが伴わなければならない」
タイラーは即座に返した。
「――その通りだ」
ここで意外にも駿が同意した。
「だが、コントロールとは“修正し続ける”力だ。進化を止めることではない」
そのとき、静かだった伊織が口を開いた。
「お二人の議論は、方向性は異なりますが、実は根底で同じ目標を目指していると思います。事故を防ぎ、最も安定した運用を実現する――そのために最適な方法を模索している」
伊織の冷静な分析に、一瞬空気が緩んだ。だがタイラーはまだ納得しきれていない顔をしていた。
「……感情を乗せて操縦するなど、愚かだ」
「なら、俺の感情論を聞いてくれるか?」
凌平が意外にも真顔で言った。
「仲間が失敗しても、支え合って乗り越えるのがチームだ。お前の母国じゃ事故後に責任押し付け合いになったらしいが、ここでは違う。失敗しても次に繋げる。それが《輪環》を守る俺たちのやり方だ」
しばしの沈黙。タイラーの鋭い眼差しが、駿、凌平、そして伊織へと順に向けられる。
やがて、彼はゆっくりと小さく頷いた。
「……わかった。だが覚えておいてほしい。僕は感情の制御が甘くなれば即座に“切り捨て”を選ぶ。生き残るにはそうするしかなかった」
「それでいいさ。今は、お前のその完遂意志も必要だ」
駿は静かに右手を差し出した。
「エテルナ・コードは、未完成だ。だからこそ、お互いの考えを融合しよう。チームの一員として」
少し間を置き、タイラーもその手を握った。
異邦の完遂主義者が、輪環の中へ歩みを進めた瞬間だった。
(第五話 完)