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容疑者

 証拠保存をどうするかと頭をひねる一同の目の前に、ホセアが捜査の役に立つのではないか、と取り出したのは、どう見てもインスタントカメラにしか見えない代物であった。ホセアは、この世界では写真機の生みの親なのだ。別の原理の世界の発明と同様のものを一から生み出すばかりか、小型化まで実現してしまった。天才とはこういう人間のことを言うのかもしれない。


 魔力式インスタントカメラの威力もあって、資料作成はスムーズに進んだ。あらかた推理の材料が揃ったところで、全員で食堂に移動した。

 ここでホセアは、現在進行形で、自分に同行していた騎士たちを動員して、事情聴取を行わせている、ということを告げた。彼らは犯行時刻、ホセアの護衛として館から五キロほど離れた街道上にあったため、自動的に容疑者から外されたからである。

 彼らの帰還を待つ間、アルエットたちは、王室由来の警察権を持つアザゼルを議長として、情報を整理しつつ、捜査の方針を話し合うことにした。


 まずは、被害状況について。

 室内は派手に荒され、金庫や棚の扉など家具の一部が壊れるなどしていたが、盗難の被害は確認されなかった。

 管理責任者に確認を取ったが、カフスやブローチなど、貴金属の類は奇跡的に無事のようだった。帳簿と金庫の中身を照合してみたがこれも無事。部屋の鍵付きのキャビネットには貴重な古書や遺物の類が満載されていたのだが、それらも床にぶちまけられていただけで、別段何かが持ち出されたような形跡もなかった。

 以上のことからアザゼルは、今回のことは機密文書や書状などの情報目当てでの犯行だったのではないか、と結論付けた。

 ただし、間諜の仕業にしては侵入の手口が雑過ぎるなど疑問点は残る。

 領地の運営に関わるような重要な資料など、「これを機密と呼ばないなら何が機密だ」と言いたくなるような書類も無事であった。しかも、そうした書類は鍵付きの引き出しや金庫の中にあり、机や棚をどかさなくても比較的容易に発見することができた。なお、今のところ、書類の盗難は確認されていないことから、犯人は目的を達せなかったのだと考えられる。


 次に、手口について。

 状況から考えるなら、犯人の行動は、窓を割って書斎に侵入、手当り次第に抽斗や開きを漁って欲しい情報が載った書類の所在を求めたが、それでも目当てのものを発見できなかったので棚や机の裏まで調べた、というものになろう。

「今のところ、手口を特定できるような証拠なし。足跡など逃走の形跡なし。犯人の特定につながるような遺留品なし―」

「ちょっといいかね」

 アザゼルがそこまで言い切った時、ホセアが挙手をして発言の許可を求めた。

「そのことについて、わたしから意見があるのだが」

「どうぞ、公爵閣下」

 発言を許されたホセアは、一枚の写真を示した。例の、特徴的な傷のついた窓枠が映っている。ホセアは写真を顔の位置に掲げ、ふっくらした指で、細かい傷がついた窓枠を示した。

「わたしが思うに、犯人は蜘蛛の魔物を使ったのではないかな」

「蜘蛛?」

「えっと・・・・・どう説明したものか。うーん、やはり、言葉だけだと分かりづらいかもなあ。模型もつけようね。・・・・・・氷魔法、《氷精の戯れ》」

 指先から降りた霜が、針のような柱を突き上げながら、幅を広げて机の中央目掛けて走り、やがて方形を形成した後に立体化し、ミニサイズの書斎を作り上げた。机上の書斎は本物と寸分たがわぬ間取りをしており、本来の部屋と同じ位置に、まったく同形のミニチュアの氷製家具が配置されていた。

「わあ、かわいい!」

 アルエットは思わず感嘆の声を上げた。オレリアも食い気味で質問を浴びせかける。

「公爵閣下、これ、どうやってんですか?あたしにもできます?」

「ははは、あとで教えてあげようねえ。でも、まずはこっちが先だ」

 ホセアが宙に向かってモイラ、と呼びかけると、銀と緑玉の首輪をつけた、薄青色の蜘蛛が机の上に出現した。蜘蛛が苦手なオレリアが、思わず身体をのけぞらせていた。

 それからホセアは、モイラを自分の右手の甲に上らせる。これで、モイラは鋏のついた頭を手首側、青いビロードのお手玉のようなでっぷりとした尻を、模型のミニチュアの窓に向ける格好となった。

「攻撃魔法!《女神の糸車》」

 ホセアの号令に合わせて銀色の糸が飛び出し、4×3.5センチの氷のガラスを打ち破る。糸は窓際をかすりながら交差して飛び出し、消しゴムサイズの家具に次々と着地する。糸は抽斗や開きの取っ手に組み付いており、ホセアが糸を巻き取るように命ずると、抽斗は中身を盛大にまき散らしつつ宙を舞った。開きの中には、衝撃で扉が取れたりするものも出てきた。

 二度目の号令の後、糸は再び家具に取りつく。二度目の命令に従って糸が引かれると、家具はバランスを崩して無様に転倒した。


「ほら、窓枠のところ。写真と似たような、細かな傷がついているだろう?発射や巻き取りの時に、木枠に負荷がかかってできたのがこの傷なんだよ」

「と、いうことは、犯人の絞り込みが簡単になりましたわね」

 蜘蛛はそれなりに上位の魔物で、《服従の魔法》をかけようと思えば、魔法のレベル35/99くらいないとキツかった思い出がある。つまり、レベルにして35以上の人間のうち、午前十時にアリバイを証明できない人間を洗い出せば、一息に真犯人に肉薄できる、という訳だ。


 こうして、犯人の要件はこの三つと決まった。


1、午前十時、単独で行動していたこと。

2、その時居た場所が、中庭に出現可能な位置であること。

3、蜘蛛の魔物を従える程度の魔力を具えていること。


 ここで、オレリアが至極当然の疑問を差し挟んだ。

「だけど、なんで犯人はこんな荒し方をしたのかしらね。こんなに一度に物をぶちまけたら、いちいち何が飛び出したか覚えていられないし、ごちゃごちゃした中から探すのめんどくさいじゃない。情報を盗もうっていうのに、こんなに非効率なやり方他にないわよ」

 それもそうである。ぶちまけられたはずみで資料が破損し、肝心の箇所が読めない事態だって考えられるだろう。そしたらせっかくの努力がパーである。

 それに、これがもしスパイの仕業だとすれば、こちらの警戒を煽るようなやり方をするだろうか?これからも情報を取り続けるつもりなら、今回の件はきっとマイナスに働く。まあ、雇い主がケチなせいで、腕の悪い三流スパイしか来られなかった、という可能性がないこともないが・・・・・。

「・・・・・犯人の動体視力がめちゃくちゃ良かった、とか?」

「見たら一撃で判別できるほど、特徴的な物品が目当てだったのか?情報媒体のくせに?」

「証拠隠滅とか、そもそも読めなくすること自体だったのかねえ。でも、そんな物騒な資料を持っていた記憶はないなあ」

 これには誰も納得のいく説明をつけることができず、かといってホセアの推測に代わる案を出すこともできなかった。みんなでうんうん唸っているところへ、公爵領の騎士たちが、差し当たって容疑者を三人割り出せた旨を報告に来たので、当面は「犯人蜘蛛使用説」に従って捜査を続けることになった。




 満を持して事情聴取がはじまった。これから、ここ食堂に、疑わしい人物が順に連れて来られる。

 最初に入室してきたのは、黒髪をひっつめた、痩せ気味で背の高い、年かさの女性だった。メイド長のメリッサ・ベルベットだった。事件発生当時の行動を問われたメリッサは、よどみない口調で話し始める。

「午前十時なら、立っていられないほどの頭痛と眩暈がしたので、自室で休んでおりましたが。え、証人ですか?そんなもの、証明できる人間はおりませんが・・・・・医者のバーマン先生に確認を取られてはいかがです?きっと、わたくしに解熱剤を処方したと証言してくれますわ。不安を鎮めるのに、少しはお役に立つのではございませんか」

 アリバイを問われた彼女は表情を動かさぬまま、ダークグリーンの瞳に冷笑の色を閃かせてそう答えた。選び抜かれた言葉の節々に、答えるのも馬鹿馬鹿しいと笑う心が透けて見えた。

 パルスオキシメーター的な装置で計測したところレベルは35あったが、実際に連れているのはおなじみの首輪をした灰色の猫だった。かまどの妖精で名前はサンドリヨン、特技はスープの保温だそうだ。地味に便利そうではある。


「要件はほぼ満たしてはいるんだがな」

 メイド長の背中を見送りつつ、アザゼルは残念そうにつぶやいた。

 公爵邸の一階は三つの部分に分けられる。玄関と応接室、くつろげる居間のある前方部分、食堂と中庭とホセアの書斎の並列する中央部、作業部屋や使用人の自室が集中する後方部分だ。元々は長方形をしていたのだが、ホセアが発明用にと向かいの寝室を改造して実験室を増築したため、中央部から正方形が飛び出す形となって「いた」。なお、この実験室は、つい三か月ほど前、ホセアが実験にともなう爆発で跡形もなく吹き飛ばした。このため、実験室のあった場所は板でふさがれており、正規の扉以外の場所から書斎に侵入しようと思えば、中庭に面した窓以外に方策はなくなる。

 二階は客室と、公爵家一族の私室がメインだった。


 このうち、メイド長の部屋は後方部分に属する。彼女の部屋は中庭に直接接してはいないが、廊下の窓から外に出るか、廊下を回りこんで食堂へ行き、庭に面したガラス扉を通り抜けさえすれば、簡単に書斎の前へたどり着くことができる。

 だから1と2の要件はばっちり満たしているのだが、彼女は蜘蛛は飼っていない。際限なく疑わしいが、どうにも決定打に欠ける、という印象だった。



 次に入室――というより引きずり込まれてきたのは、非常に呑気そうな、麦わら色の髪をした大柄な青年だった。公爵家に使える若い騎士、クレイグ・オルコットだった。クレイグは始終おどおどして落ち着きがなかった。

「本日の午後十時頃、騎士団の若手たちは全員稽古場にて、めいめい自主練に明け暮れていたのですが・・・・・こいつだけはおりませんでした」

 後ろに控える騎士団長が、忌々し気に告発する。

 ホセアがその時間帯の行動を問うと、クレイグは頭を掻いて、明後日の方向を向きつつ話始める。

「午前十時?えーっと、その時間帯なら、詰所で筋トレをしていましたよ。ほんとです。あ、そんなに疑うなら、ホラ、詰所にいた人間に聞いてみてくださいよ。あ、そうだ、後輩の何人かが証言してくれますよ」

「嘘つけ!お前、今日は詰所で見てないぞ!台所の掃除当番までサボっただろうが。お前の担当の鍋、綺麗になってなかったぞ」

 背後から副団長の怒号が飛んできた。巨体を縮こまらせて恐れ入るクレイグ。

「・・・・・ごめんなさい。サボって納屋で寝てました。ですから、アリバイはないです」

 よく見るとクレイグは、きれいに刈り揃えた毛髪の上にちょこんと藁屑を載せていた。その藁屑は、白い頬にくっきりついた何かの跡と相まって、これ以上もないほど強力にクレイグを弁護していた。このボンクラ騎士は藁屑に大いに感謝すべきだろう。

 クレイグの魔力計測の結果はレベル45。この昼寝愛好者は間抜けな顔で計測器に指を挟まれていたが、蜘蛛の飼い主が嫌疑の対象となっていると聞かされると、あからさまに色を失い慌てだした。

「俺、昔から結構虫とか好きでして。今でも、夏になるとちょくちょく虫取りに行くんです。みんなから変わり者扱いされてもやめられなくて・・・・・その、何と言うか、ごめんなさい!現在進行形で、蜘蛛、飼ってます」

 未だかつてないほどダイナミックで鮮やかな土下座と共に、使い魔の蜘蛛を目の前に差し出した。手の上に乗っているのは、艶のある黒色の、丸っこいフォルムをした愛らしい蜘蛛だった。

「これがうちの子、マイネグーテシューネブリリアンテシュタルケグロースアーティゲエドレシュヴァルツェペアレ号です」

「え、なんて?」

「ですからマイネ(以下略)」

 納屋は屋敷から遥か遠くに位置するため中庭に出現不能、蜘蛛は実際に飼っていたが、飼い主の知能がどう見ても犯罪者向きではないということで、こいつは無罪放免となった。



 最後に、部屋に入ってきた男性の顔を見て、アルエットは首をかしげた。

 栗色の髪に栗色の瞳、そばかすの散った顔。蝋燭の芯を引き延ばしたと言った方が適切な長身の青年であり、肉付きの悪い手足はすらりと長い。アルエットは、王都にある公邸と領地にある館、どちらの使用人であっても顔は全て記憶しているが、彼の顔だけはどうにも見覚えのないものだった。

「お初目にかかります、お嬢様。俺はひと月ほど前に雇われた、庭師のジャックと申します」

 アルエットの困惑を感じ取ったのか、庭師は丁寧に一礼をし、自己紹介をはじめた。

「薔薇の品種改良に実績がありまして、仲間内からも大変好評をいただいております。こちらのお屋敷にも一つ、自作の品種を進呈させていただきました。中庭に植えてありますので、後ほどご覧ください」

 アルエットはこれからよろしくと言ってその挨拶を受けた。新しく雇われて早々、窃盗の嫌疑をかけられるなど、災難以上の何者でもないように思われた。だが、犯人の可能性がある人物は、徹底的に疑ってかからねばなるまい。

「では、さっそくだけど、午前十時、どこで何をしていたのか教えてくださる?」

「え、午前十時ですか?庭園で、一人で剪定の作業をしていたけど・・・・・・もしかして俺、疑われています?」

 ジャックは非常に気の小さい男だった。犯人扱いされている状況が耐えられないようで、尋問の間中、しきりに顔や髪を触ったり、貧乏ゆすりをしたりとせわしなく動き回っていた。使い魔に話が及ぶに至っては、何か聞かれる前から半泣きで無実を訴えはじめた。

「待ってください。使い魔なんて、俺にそんな高度な魔法は使えませんよ。ほら、魔力だって少ないし」

 本人の言う通り、測定器が示したレベルは平均以下の19/99だった。これでは《服従の魔法》はおろか、日常的な生活魔法の使用にも困るくらいである。この点が決め手となり、クレイグに続けてジャックも釈放された。


 こうして、何の収穫もないまま尋問は終わってしまった。


 一番怪しいのはメイド長だが、使い魔の要件が当てはまらない。犯行に使った道具や盗品を所持しているとか、そうした確かな証拠がなければ逮捕する訳にはいかないだろう。他の二人は論外と言って良いし、他に何か、絞り込みが効くような特徴でも見出さなければ、犯人逮捕は夢のまた夢のように思われた。

「手口が違うのかもしれない。自信満々に言い出しておいて恥ずかしい限りだが、蜘蛛ではなかったのかもしれないねえ」

 ホセアは渋い顔をして黙り込む。

「どうか気になさらないで、お父さま」

 アルエットは父の心情を慮って声をかけたが、その気配りは無用に終わった。

「浮遊の魔法を使って物を片端から浮かしたか?しかしだとすると線状の傷の説明がつかない。やはり、何か糸状の道具を使った手口と考えるのが妥当・・・・・」

 あごに手を当てたまま固まり、ぶつぶつと何事かを口に出している。ホセアはそのまま、思考の世界に引きずり込まれてしまったようで、しばらくは何を話しかけても全く反応しなかった。

 ホセアが当分現実世界に帰還しそうになかったため、捜査会議はお開きとなった。



 面倒ごとは続くものだ。

 満身創痍の一同の前に、予想外の客が現れた。

 使用人たちが騒ぎ立てるのでみんなで玄関に出て見れば、そこに立っていたのは、ガスパール王子とヴレン・ランドリルであった。

「夜分遅くに押し掛けてすまないね。だけど、この調子じゃヴレンが寝不足になりそうだからさ」

 王家の人間を泊めるには色々接待の準備が必要なんだ短時間で用意とかマジでめんどくせえから一昨日来やがれ、という使用人一同の殺気を背中で受け流し、ガスパール王子はそう説明した。

「ほら、ヴレン、こっちに来て、前に立つんだ」

 ガスパール王子に促され、皆の前にヴレンが進み出る。ヴレンはクリスマスの朝に玩具を手に入れた少年のように、禍々しい巨剣を胸に抱き、頬を紅潮させている。

「いきなり他人様の御宅におしかけて、ご迷惑だというのは十分理解しているのです。ですけど、何を差し置いても、今日まで激励してくださった、アルエットさまに真っ先に見ていただきたくて」

 自分が成し遂げたことに対する興奮と、人に迷惑をかける羞恥のないまぜとなった表情で、ヴレンは言った。

「これこそが、伝説の魔剣・ベルグラムです」


 ヴレンの実家ランドリル家は、今から五百年ほどまえに活躍した伝説の勇者、ローガンを直系の祖とする。それゆえ誇り高き勇者の末裔として、長幼の序よりも実力を重んじる気風が今にも受け継がれている。そんな豪傑伯爵家の次代の当主を決めるのが、勇者の愛剣ベルグラムだ。この魔剣は意志を持っており、自分を腰に帯びる者を選り好みする。この剣に正当な使い手と認められてこそ、ランドリル家の当主を名乗れるのであった。


 そう、ヴレンは今日、その魔剣の使い手を決める試練を突破して、天才と呼ばれる兄を押しのけ、晴れて次代のランドリル伯の称号をつかみ取った。そして、その脚でこの場に立っているのである。




 事情が分かるや否や、夕餉の席はお祭り騒ぎに変貌した。物分かりの良い使用人たちは主人に命令されるよりも先に、祝い事に用いるコース料理で食卓を飾り立てた。ホセアは良いワインを出そうとして未成年者だらけであることに気が付き、代わりに高価なぶどうジュースを出させた。

 夕食の間中、ヴレンは本日自分がくぐり抜けてきた冒険の顛末を語った。いい声に乗せて紡がれる山あり谷ありの英雄譚は非常に聞きごたえがあり、昼からずっと不貞腐れていたトーラスさえも、不機嫌をひっこめて虚心に耳を傾けていた。

 食事も一段落したところで、ホセアの発案で、みんなで記念写真を撮ろうと言うことになった。だが、これが中々の難事業だった。ヴレンが写真機の仕組みと意義を中々理解できず、記念写真という概念を説明するのに、十五分を費やす羽目になったのである。なお、この後ヴレンはカメラをちゃっかりご祝儀として受け取って上機嫌だった。純朴そうに見えて案外したたかなのがヴレン・ランドリルという男だった。

 

「ヴレンさま」

 記念写真が終わるや否や、アルエットは小走りでヴレンに走りよると、声をかけた。

「なんでしょう、アルエットさま」

 ヴレンは二重瞼を瞬いて、その灰色の虹彩の中に、幼馴染を迎え入れた。アルエットは、幼馴染の機嫌がいいのにつけ込んで、無理を承知で「お願い」をしてみることにした。

「ベルグラムをじっくり見てもいいですか⁉ベルグラムは世界に二つとない貴重な魔剣ですし、みなさまもご覧になりたがると思いますの。それからランドリル家は魔物討伐の名家ですから、その次代当主たるヴレンさまは、これから依頼で引っ張りだこで、きっとお忙しくなってしまわれますわ。好機は今しかないのです。おそらく今を逃せばこんな機会は人生のうち二度とない(以下略)」

 いかにベルグラムが貴重なもので、いかにベルグラムを見る機会が得難いかをアルエットは早口でまくしたてる。アルエットは樺の小枝のような細指を広げ、ベルグラムの柄を両手でがっつりと掴んでいた。承諾をもらう前から、剣の柄を細腕の公爵令嬢とは思えぬ腕力で、ぐいぐい自分の側に引き寄せていた。

「・・・・・ええ、はい、どうぞ」

 この時、事態に頭がついていけず、ヴレンの脳はフリーズしていた。長い長い一日の終わり、情報過多で疲労困憊の前頭葉が状況把握を投げ出してしまったがために、あとは脊髄反射的に承諾を返すだけだった。

「ありがとうございます!」

 ヴレンのあごが下に向けられるや否や、電光石火でベルグラムをもぎ取るアルエット。

「あたしも見たい!」

 キラキラと目を輝かせ、オレリアもしゃしゃり出てきた。

 鑑賞希望者があらかた揃ったところで、ベルグラムはひとりでに宙に浮かび上がり、アルエットらの腹のあたり、鑑賞しやすい位置に身を横たえる。存分に眺めるがいい、とでも言いたげであった。若い女性にちやほやされて、まんざらでもなかったのかもしれない。

「こ、これが太古の黒竜の牙より錬成されし伝説の魔剣・ベルグラム!竜から奪った漆黒の炎で三日三晩焼いて鍛え抜いたという・・・・・。その威容はなんとも形容できない・・・・・・!」

「あ、ローガンならあたしも知ってるわよ。パルミラ王国じゃ、おなじみの英雄よね」

「さすがは呪詛の成分だけでできた刃物ね。傷口から体内に《衰弱の呪い》を送り込み、じわじわと体を蝕み、弱らせていく戦闘スタイル・・・・・・禍々しいわ。そこがこの剣の魅力なのですけれど」

「うっわー、あたしこの剣と戦いたくないわあ」

「そうなの。だから対策を講じるとすれば・・・・・」


 マニアたちのマシンガントークは続く。非マニアは当然のごとく置いていかれる。

「アルエット様、どうしてそんなマニアックなことを御存じなのです」

 ヴレンは中途半端に右手を伸ばし、異常発生した蛙でも見るような顔で言った。

「ええと、幼い頃、父の書斎にあった本に書いてありましたの」

 まさか前世の知識ですと言うわけにもいかず、慌ててお茶を濁す。正確には、公式ファンブックの十八ページ、ヴレンのコーナーの武器紹介の欄、参照、である。

「さようでございますか・・・・・」

 「本日の主役」から一転、食堂の片隅に放置されたヴレンは、女子の間で武器鑑賞が流行っているのだと結論づけて心の平安を保った。それから、手持ち無沙汰を紛らわすためと、同じく取り残された同志を気遣って、アザゼルにおずおずと声をかける。

「あー、その・・・・・ロビン嬢も、ご覧になられますか?」

 ヴレンは、必要がなければ無言・始終マイペースな「ロビン」との距離感をまだ掴み切っていなかった。

「結構。そいつの恨みつらみを聞いていると耳が腐る」

 アザゼルはヒラヒラと手を振って答え、それきり黙り込む。こちらはこちらで、相変わらず気遣いというものがまるでなかった。

「何故・・・・・。ベルグラムは滅多に人間に声を聞かせないはずなのに・・・・・」

 二段階で自信を折られ、ヴレンは柱の影に溶け込むように膝をつく。ちょっと外の空気を吸ってきます、と言って食堂を出ていく背姿は、実に哀れという以外に適切な感想を持ちえないものであった。




 夜は館を静寂のうちに押し籠めてしまった。一足ごとに階下の馬鹿騒ぎが遠ざかる。自分の立てるかすかな足音だけが、廊下に冷たく反響した。足元を照らすカンテラの光は廊下を満たす月光と溶けあって、判然としない橙色の輪を作り出すだけだ。喧騒から離れた屋敷の暗部が静かで、月の光が冴えれば冴えるほど、昼間の怒りが湯泥のように押し寄せてくる。

 どこの野良犬の子ともしれぬ分際でありながら、この由緒ある公爵邸を我が物顔でのし歩いたりなんかして。今に思い知らせてやる。お前にはお前に相応しい居場所があるのだ。お前のあるべき住処に帰り、二度とそこから出てくるな。

 月が隠れた。カンテラから下る、橙色の輪が輝きを強める。硬質な靴音は、一層声高に自己の正当性を主張しているように思われた。メイド長はとある部屋の前で足を止めた。計画が成った時の様子を思い描き、彼女は口の端を吊り上げる。臙脂の唇は闇夜の中でこそ毒々しく、蝋燭の陰気な光を受けててらてらと光った。

 メイド長は、良心の制止もためらいもなく、何万回と繰り返してきた動作でドアノブに手を伸ばす。何年も、世代を超えて使い込まれたドアノブは、やや剥げた、その真鍮の球面に五指を映して、彼女の荒れた指先を迎え入れようとした。


 すべてはあまりにも順調だった。


「誰?」

 誰かに至近距離で見られているような気がして、メイド長は後ろを振り返った。だが、背後には誰もいない。カンテラをかかげて長い廊下の奥を見やったが、曲がり角の向こうで蠢く影の一つさえ見いだせなかった。

―気のせいか。

 メイド長は再びドアノブに手を伸ばした。手のひらに、生温かい金属球が包まれる。重厚なオークの扉は悲鳴の如く軋み、招かれざる侵入者のために戸口を開ける。

影だけが、いびつに廊下を埋め尽くして伸びていた。


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