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プロローグ

 全身を血が浸す感覚がして、「それ」は目を覚ました。

 体の隅々まで英気が巡り、「それ」は大きく伸びをして、千年己を縛り付けていた戒めを破壊した。狭苦しい棺桶の中から巨体が解放され、体から生えた多数の蛇と翼が空間を満たした。そして辺りを見回そうとして—「それ」は複数の頭を天井や壁にぶつけた。痛さに、思わず金属音めいた呻き声がもれた。「それ」は人間と同じ大きさになることにした。

 「それ」はみるみるうちに縮んでいき、裸体の少女の姿になった。しげしげと自分がかたどった体を見つめた後、虚空から黒い布を引っ張り出して身にまとう。どうやら、自分は女の血で目覚めたらしい。自分のような存在に肉体を与えようとすると、その外見は生贄の姿に引っ張られる。今の自分の姿に似た、哀れな犠牲者の骸がその辺に落ちているはずである。

 改めて、「それ」は辺りを見回した。自分は神殿のようなところにいるらしい。無駄に豪勢で、そのくせ陰気臭くて嫌な場所だ。自分が眠りについた時にはなかったはずだから、後から誰かが作ったのだろう。「それ」の足元には黒マントの男たちが転がっていた。何やら黒魔術的な道具も転がっていた。きっとこいつらが、自分を呼び覚ました術者たちなのだろう。「それ」が表に出た衝撃で即死したようだった。自分を呼び出すという行為の最終目標、つまりは自分と契約せずに死に絶えたということは、中途半端な知識で儀式を行ったに違いない。人間というのはつくづく、強欲で愚かなものたちだ。天地創世の頃から何一つ変わってはいない。

 祭壇には、首元からおびただしい血を流して、亜麻色の髪の少女が横たわっている。「それ」は、自分を目覚めさせたのはこの少女の血なのだろうと見当をつけた。貧しい身の上なのだろう、体は骨ばって細く、顔もやつれ、垢に汚れ、髪も艶を失いばさばさだった。少女は、がさがさになった手の中に、何かを握りこんだまま冷たくなっていた。「それ」は、少女の側に膝をついた。そして、カスミソウの蕾を開くように慎重に、白い、固く締められた指先をほどいた。カン、カン、と乾いた音を立てて、光るものが神殿の無機質な床に転がった。それは、粗末な身なりに似つかわしくないような、精緻な彫刻の施された金のロケットだった。

 「それ」は手を伸ばすとロケットを拾い上げ、それから、優しく少女の頭を撫でた。そして、今まで自分が入っていた棺の中に彼女を収めると、「それ」は神殿の外に出て行った。

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