04:怒ったイケメンほど怖いものはない
「あなたは、バジルさんのお客さんの…」
アイリは背後の男の正体に気づき、抵抗するのをやめた。すると同時に、拘束する手がパッと離れていった。これ以上の拘束は必要ないとわかったのだろう。
急いで距離を取り男の方へ向き直ると、そこにはバジルを訪ねて城に来た白スーツの男が立っていた。
「私はユリウス・フリードリヒ・エーリク・ヴェルナー。隣国出身で輸入商をしております。拝謁の栄誉を賜り恐悦至極です、お嬢様」
膝を折って挨拶する様は、商人というより貴族の雰囲気だ。優雅に立ち上がって彼女を見下ろす笑みは、やはり気障っぽさを感じる。この緊迫した状況でも微笑む男に、アイリは警戒心を強めていた。
「今朝はお部屋まで訪ねて行ってしまい、大変失礼いたしました。バジル殿を待っていたのですが、なかなかいらっしゃらなかったので、こちらから出向いてしまい…」
「あ、いえ。それは別に。あの、ヴェルナーさん。何で…」
「どうぞ私のことは、ユリウスと」
「えっと…ユリウスさんはどうしてここに?」
「こちらにはかつて親族の屋敷がありましてね、一時期は滞在したこともある思い出の土地なのですが…ご覧の通り火事になりまして、管理する者もおらず荒れ放題。それでも昔を懐かしんで、たまにこうして訪れているのです」
ユリウスは顔を屋敷の奥へと向ける。視線の先を見ると、高い壁がどこまでも煤けている。壁にはドアがあったと思われる四角の穴がいくつもあるが、そこに続く階段はほとんど残っていない。火事の激しさを感じさせた。
キンッキンッキンッ
扉の向こうから鋭い金属音が聞こえてくる。戦闘はまだ続いているようだ。
「ッ、イーヴさん!」
アイリは心配になり様子を見ようと扉に近づくが、手首をつかまれて阻止された。
「やめておきなさい、今出てはあなたも巻き込まれます」
「でも」
「あなたのために戦っているのでしょう?彼の働きを無下にしてはいけません」
「…ッ」
「大丈夫です、すぐに決着はつきますよ。…ほら」
キィーン
ザッザッザッザッザッ…
ひときわ大きく金属音が聞こえて、一人分の足音が走って遠のくのがわかった。敵が確実に去ったのを確認するかのように少しの沈黙があった後、もう一人分の足音が近づいてくる。バンッと扉が開かれ…
「アイリ様!」
イーヴが姿を現した。緊迫した声を上げ、視線がせわしなく聖女を探している。服にはところどころ土がついているが、目立ったケガはなさそうだ。
彼は素早く室内を確認し、アイリの無事を確認すると同時にもう一人の男がいるのに気づいた。
瞬間、イーヴはズカズカとユリウスに向かっていき、無言で胸ぐらを掴んで持ち上げる。力の入った左手は怒りで震えているようだった。
つま先立ちのような状態のユリウスは、それでも涼しげな顔をしている。
「おやおやおや、これは物騒なことで。刺客には逃げられてしまったのかな?」
「…お前の差し金かッ」
「安全なところにお連れしただけなのに、何て言い草だ」
非難するような物言いだが、ニュアンスにトゲは感じられない。それが敵対するつもりがないことを表しているようでもあるし、単純に相手を煽っているようにも聞こえる。現にイーヴは後者で解釈したらしく、胸ぐらを掴む手に一層力が入っていた。
「イーヴさん、大丈夫です。何もされてません」
「ですが…」
「大丈夫だから、離れて」
「…はい」
納得いかなそうにイーヴは返事をし、乱暴に相手を解放した。しかし警戒は解かず、注意をユリウスに向けいつでも動けるよう準備を怠らない。
しかしユリウスは関係なさそうに、離された首周りの衣服を整えて「やれやれ」と独り言をつぶやく。まるで通り雨に遭ったくらいのテンションだ。
これが切っ先を向けられている人間の反応だろうか。
アイリは得体の知れなさを感じながらも、建前を取り繕うことにした。
「助けていただいて、ありがとうございました」
「いえいえ、人間助け合いですから。見たところお二人は…ハイキング、という感じでもありませんね?」
「…」
「私はこの土地の縁者です。何があってこんなことになっているのか、知る権利くらいあると思いますが」
「えっと…」
アイリはイーヴを見上げた。
捜査のことをどれだけ他人に話していいか、判断に困ったのだ。建前上は助けてもらった手前があるので話すのが道理とも思うのだが、彼女はまだこの人物のことをよく知らない。事は国を揺るがす大犯罪だ。国家の威信がかかっている。それを見知らぬ人にべらべらと話していいものかと…
するとイーヴはアイリの視線を受けて頷き、ゆっくりと剣を鞘に納めた。「話しても大丈夫」の合図だ。意外とこの男は、細かいところの気配りが効く。こういう時、アイリは彼が従者でいてくれてよかったと思うのだ。
「実は…」
聖女はここに来るまでの経緯を、かいつまんで説明した。恥ずかしいので、生活費がかかっていることだけは伏せて。
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「あー、なるほど。さっき私もバジル殿から伺いました。“詐欺”だなんて恐ろしいことです。それだけでなく、乙女たちのアクセサリーまで狙われているとは…一体何が起きているんでしょう…」
これを聞いてアイリはホッとした。バジルがすでに事件概要を話していたなら、そんなに警戒する必要がなかったからだ。それによく考えれば、彼は城への出入りを許可されている身分だ。それは彼がこの国の中心人物たちから信用されていることにほかならない。
そんな簡単なこともわからないくらいパニックになっていたことに気づいて、アイリは自分に驚愕した。緊迫した状況は、正常な判断を狂わせるらしい。
何か言い方に違和感があった気もするが、たぶん気のせいだろうとアイリは結論づけた。
ともあれ、問題は「ボトルメール事件」の容疑者だ。
二人はこの建物の中に、怪しい男が入っていくのを目撃した。であれば、次に必要なのはこの廃屋の中の調査だった。
「…失礼ですが、中を見ても良いでしょうか。犯人かもしれない人がこちらに入っていったのが見えたので」
「ええ、どうぞ。ご覧の通り、何もありませんが」
三人は固まって、廃屋の中を歩き回った。
二階以上は階段がなく上がれなかったが、おそらく犯人もわざわざよじ登ってまで使うことはないだろうと判断し、可能な範囲で確認をする。
ホール、キッチン、客間、大広間。
数々の部屋を見たが、あるのは燃えカスと真っ黒になった空間だけ。石造りのはずなのに、ずいぶん延焼が激しかったようだ。悲惨な出来事があったことが窺えた。
長身の男の姿は見えない。先ほどの騒ぎのうちに、どこからか逃げ出してしまったのだろう。ユリウスは特に見ていないというのだから、もうお手上げ状態だ。
陰鬱な気分になった以外の収穫はなく、三人は廃屋を後にした。
「思い出の場所が悪党の根城にされているかもしれないとは、悔しいことです。私の方で何かわかることがあれば、すぐにお知らせしましょう。協力は惜しみません」
「…ありがとうございます」
「そうだ、よかったらお二人とも、私の車で城までお送りしましょう。もうすぐ暗くなりますから。そこに留めてあるので、どうぞこちらに」
焼け落ちた屋敷を出たすぐ先で、ユリウスがアイリに手を差し出す。
アイリはこれに一瞬どうするべきかと判断に迷い、イーヴを見ようとした。しかし今度は視線が合わなかった。
二人の間にイーヴが体をねじ込み、割って入ったからだ。アイリの視界は、イーヴの後ろ姿でいっぱいになった。
「我々は馬で来ておりますので、お構いなく」
「では聖女様だけでも。馬の背よりは乗り心地がいいですよ」
「いえ、お構いなく」
固辞、というレベルは越えている。食い気味に断るイーヴの声色には、嫌悪感が滲み出ていた。もはや隠してすらいないのだろう。これにはユリウスも苦笑するしかない。
「…やれやれ、これではデートにお誘いする隙もない。過保護は嫌われますよ?忠犬くん」
「何とでも」
アイリは困惑した。ここまでイーヴがユリウスを嫌悪する理由が分からなかったから。普段は相手にこのような失礼な態度を取る人間ではない。寡黙で何を考えているかわからないが、少なくとも礼節はきちんとわきまえている。こんなに相手にかみつくイーヴを見るのは、初めてだった。
「あ、じゃ、じゃあ私はこれで…イーヴさん、行きましょう」
アイリはイーヴの後ろから顔を出し、ペコっと頭を下げた。そしてそのまま帰り道を歩き出す。それに無言でイーヴが続く。あとに残されたユリウスは、見えなくなるまで二人を見送った。
トコトコ歩くアイリの一歩後ろを、ガツガツと音を立ててイーヴが歩く。嫌悪感がまだ抜けないのだろうか。いつもは気にならない彼の足音が、何故だかやけにガサツに聞こえた。
「イ、イーヴさん?なんか怒ってます…?」
「いえ、別に」
彼からは機嫌を損ねた女優のような雰囲気が漂っていて、まったく何でもないようには見えなかった。
好きなシチュエーション詰め放題の話にしました。楽しかったです。
しかしこの数年、当たりの乙女ゲームに出会えていません。
もしオススメあったら教えてもらえませんか…キュンしたい……
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次回は1/5(日)12時過ぎに更新予定です。よろしくお願いいたします。