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03:順調すぎる尾行調査

アイリは執務室から出た後、「ボトルメール事件」の他の被害者がいないか、城のメイドたちが働く作業場で聞き込み調査を行った。

元となっていると思われる有名人詐欺メールは、不特定多数に送りつけてカモを引っ掛けるやり口だ。であれば、資料にあった「ボトルメール事件」は氷山の一角に過ぎない可能性がある。認知件数がたまたま1件だったというだけで、水面下ではもっと多くの被害者が生まれているかもしれないと彼女は考えたのだ。


予想は見事に的中した。

彼女はメイドたちが働く作業場で、何人かの無自覚な被害者を見つけることができたのだ。メイドは意外に貴族出身の者が多く、犯人にとっていいカモだったに違いない。

被害者の中にはアイリ付きの侍女までいたので驚きだったが、おかげで詳細な話を聞くことができ、その数時間後には城からやや離れた「ゴンティエ」という村にたどり着いた。


馬を町の入り口に留め、目的地である「雑貨店」まで行くと、ちょうど男が店から出てるところだった。

この「雑貨店」は被害者たちが差し出した貴金属の送り先として指定されていた場所なのだが…、看板は出ておらず、外観は汚れていて、とても営業実態はなさそうに見える。悪事を働くには都合の良さそうな建物だ。

店から出てきた長身の男は重量のありそうな袋を担いで、小高い丘の方へ向かって歩き始めていた。マスクをしていて人相が良く見えないが、赤い髪をして、左耳に大ぶりのピアスが揺れているのがわかる。男が歩を進めるたび、袋からはカシャカシャと金属のぶつかる音が聞こえてきた。


「…あの量、被害者は一人二人じゃなさそうね。捜査が順調すぎて怖いけど」

「引き止めますか?」


剣に手をかけながらイーヴが尋ねる。彼は軍出身なので、少々血気盛んだった。何かあるとすぐに剣を抜こうとしてしまうので、アイリはいつも彼を止めなくてはいけない。

それに今は情報が欲しい。仮にここで取り押さえても、手がかりは末端の情報だけだろう。


「いえ、後をつけましょう。まずは情報を集めないと」


アイリとイーヴはフードを目深にかぶり、男の後ろを距離をあけて歩き出した。二人の装いはいかにも旅人風で、「たまたま行く方向が同じなんです」感を演出している。


村の中はさびれていて、道中ぽつぽつとしか建物がない。営業しているような店はほとんどなかったし、あったとしても老人がぼけっと店番しているか、あるいは無人販売のように品物だけ並んでいた。活気というものはどこを探しても見当たらなかった。

遠くの方には畑のような一帯も見えるが、あまり豊かに実っている様子ではなさそうだ。農作業をしている人がいるのかも怪しい。

当然のように街道の人通りはまばらだった。歩いている人はほとんどいない。たまに道の脇に、やせ細った人が空っぽのお椀を置いて座り込んでいる。

村の経済が完全に死んでいるように思われたのは、城下町の賑わいとの比較ゆえだろうか。


しばらく歩くと、男はおもむろに足を止めた。

合わせて二人も歩みを止める。歩き続けてしまうと、男を追い越してしまうからだ。追い越してから尾行を続けるのは難しいので、何とか視界に入らないまま後をつけたいところだった。二人は男が歩き出すのを止まったまま待っていた。

だが、男は二人の予想に反して、脈絡なくゆっくり後ろを振り返った。つまり、アイリとイーヴの方を振り返ったのだ。


「イーヴさん、こっち」

「は…えっ!?」


これを見てアイリはとっさに方向転換し、ドンッと自分の背中を手近な建物の壁に押し当てながら、イーヴの胸倉を両手で掴んで自分の方へと引き寄せた。

彼女の思わぬ行動にイーヴはバランスを崩したが、持ち前の反射神経で壁に手を当て、何とか彼女を押し潰すことなくバランスを取った。彼の手は奇しくもアイリの顔の横にあり、その体勢は図らずも壁ドンの形になっている。


「あ、アイリ様、これは…」

「ごめんなさい、ちょっと我慢してくださいね」


背伸びをしながら自分の口をイーヴの耳元に持っていき、囁くようにしてアイリが言う。

つま先立ちをやめて彼の目を見つめると、美しい青銀髪まで染まりそうなほど、彼の顔は赤くなった。きっと触ったらきっとやけどをするし、頭にやかんを置いたらお湯が沸かせてしまうだろう。


「もう少しこのまま。あいつがまた歩きだしたら、距離を取って建物の影に隠れながら進みましょう。もしかしたら気付かれたかもしれないから…もういいかな」


視線だけで様子を窺うと、いつの間にか袋を担いだ男はこちらに興味を失い、すでに前を向いて歩いていた。振り返ったのは尾行に気づかれたのか、それともたまたまか、いまいち判断がつかないが、一旦はやり過ごすことに成功したようだった。

確認してから、アイリはイーヴを解放した。


「…勘弁してください。わざとでしょう」

「不可抗力です。尾行がバレるわけにはいかないから。臨場感のある素晴らしい演技でしたよ?私たち、どう見てもいちゃついてるカップルでした」

「もしかして、俺が、その…断ったの根に持ってますか?」

「んー、まぁ。ほんのすこし」

「はぁ…」


実はイーヴもアイリのイケメンパラダイスに誘われていたのだが、固辞していた。理由は簡単で、彼は自分が武道一本の不器用者であると知っているからだ。それにあくまで、アイリ付きの従者として彼は仕えている。真面目な性格をしているので、自分の仕事を疎かにするわけにはいかないと考えていたのだ。

聖女はそれを「綺麗な顔をしてるのにもったいない」と常々思っているわけで。


「あ、森の方に進んでる…後を追いましょう」


男はしばらく進んだ後、分かれ道を右に行った。その先には森に覆われた小高い丘が続いている。


二人は先ほどよりも距離をあけて、男を追って歩いた。ほんの少し歩いただけで森はすぐに開け、その先に姿を現したのは真っ黒になった廃屋だった。

随分大きな屋敷に見える。壁は横にも縦にも長く、玄関は人が三人並んでも余裕で入れるぐらい広かった。きっと屋敷の主は大金持ちだったのだろう。

しかし火事でもあったのだろうか…石造りの壁を残して、屋根はすべてなくなっており、至る所が煤けていた。焦げ臭くはないから、最近の火事ではないのだろう。


その廃屋に件の怪しい男は入っていくのを、アイリとイーヴは目撃した。


「ここが拠点…?いかにもって感じね」


アイリは男が入っていった方向に目が釘付けになっている。

その時「カサッ」と音がしたのを、イーヴは聞き逃さなかった。

風の音ではない、明らかに何か動物が落ち葉を踏みしめた音。それも小動物のような軽いとではなく、ある程度の重量のある動物が踏んだ音。そう、例えば…人間のような。


「…アイリ様、俺のそばから離れないでください」

「え、何?」


キィン


イーヴが言うや否や、刃と刃がぶつかる音がする。

鋭い金属音が森の中に響き渡った。

何事かと振り返ったアイリが見たのは、イーヴの剣に弾き飛ばされた全身真っ黒な服を着た男の姿だった。


「嘘でしょ、男の仲間!?気付かれてた…」

「…ッ」


即座に体勢を立て直す真っ黒男の身のこなしは、暗殺や誘拐を仕事を生業としているもののそれだった。しかし幸いというべきかなんというか、刺客は一人しか見当たらない。そうであれば、アイリを守りながら戦うのは比較的やりやすかった。彼女を背面に守りながら、前方の敵にだけ集中すればよいのだから。


相手は剣を構えにじり寄ってくる。それに合わせてイーヴとアイリもじりじりと後ずさった。

にらみ合いが続いた。

先に動き出したのはイーヴだった。できるだけ聖女から敵を遠ざけたい彼は、無駄のない動きで相手を追い詰めていく。

それを受ける真っ黒な男は一時後退するが、すぐに対応して押し返す。


キンッキンッキンッ


何度も剣がぶつかり合い、激しい攻防が続く。

アイリはこれを見て「離れるな」とは言われたものの、自分が近くにいすぎてはイーヴが戦いづらいのではないかと思った。

後ろを見ると廃屋の壁。

壁を背にしていれば背後を取られる心配がないと判断し、アイリはゆっくりゆっくり後ずさる。


しかし、これが間違いだった。

アイリは右にある扉から伸びてくる手に気づかない。


「っ!?」


その手は彼女の口をふさぎ、もう一方の手を腰に回して身柄を扉の中へと引き込んでしまった。

突然廃屋の中に引きずり込まれ、男から後ろから抱きかかえられている状況にアイリはもごもご抵抗する。


「シーっ。どうぞ静かに」

「!?、あなたは…」


頭上から聞こえてくる声は、意外にも穏やかで優しいテノールだった。


新年3日目にして人生初のぎっくり背中になりました…背中もあるんですね、ぎっくり。

痛すぎて悲しいです…皆様もどうぞお身体ご自愛くださいませ。


次回は1/4(土)12時過ぎに更新予定です。

ブクマしてお待ちいただけたら嬉しいです!

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