02:イケメンパラダイスの代償
話を巻き戻すこと、この物語の冒頭の数分前。
召喚されたのに国に大した危機がなく、毎日をのんびり平穏に過ごしていた聖女アイリ。今日も今日とて、城中の使用人たちからお気に入りのイケメンを選び、侍らせて遊んでいた。
日によって「ホストごっこ」だったり「執事喫茶ごっこ」だったりコンセプトは変えていたが、要は毎日イケメンパラダイスを作っていたのだ。
当然これには、聖女担当官のバジルも困っていた。
ほかの使用人たちから「人がいなくて仕事が回らない!」とクレームが来ていたし、なにより聖女の男遊びは外聞が悪すぎる。聖女は「聖なる女」だから聖女なのだ。神秘の力の行使以外にも、貞淑な女性であることが求められる。パブリックイメージを保ち、民の信用を得て、それを愛国心に転用したい役人たちの狙いがあった。
だから彼はなんとかこれを止めようと、毎日毎日叱ったりなだめたりしたのだが、イケメンパラダイスは止まることを知らなかった。彼女のイケメンにかける執念は凄まじく、何度バジルが使用人たちを解散させても、懲りることなくあの手この手で楽園を作り続けていた。
聖女があんまりにもくじけないので、彼はある仮説を立てた。
もしかして「暇すぎてやることがないから、こんなことをしてしまうのではないか」と。
この仮説が正しいのなら、答えは簡単だ。「やることをつくればいい」だけなのだから。
バジルは官僚だった。降って湧いた聖女のマネジメント業務を押し付けらr…光栄にも務めさせていただいてはいるが、本業は政治屋なのだ。父は天上院(※ルノワール王国の議会の一つ。欧米の上院みたいな)の一角を担う人物である。本人自身も名門校を素晴らしい成績で卒業した、コネも実力もあるエリート官僚だ。
ドラゴンや魔王とは無縁の人生だが、その代わり国に関わる問題には精通しているし、それ故それらの問題に日々頭を悩ませていた。
いま特に問題だったのは、国の有力者たちの財産を狙ったイカサマだった。投資を持ちかけ、最初の数回は確実に儲けさせ、信頼を築き、その後「大きなリターンのチャンスがある」と言葉巧みに誘導し、多額の資金を投資させ、その金をごっそり懐に入れて逃げてしまうという手法。
バジルの父に直接の被害は今のところないものの、付き合いのある貴族や商人たちが軒並みやられていて、今後の資金調達に影響が出かねない状況だ。国の機関が捜査をしているがなかなか進歩がない。バジル自身も捜査の陣頭指揮を執っているが、何も掴めない日が続いている。父議員はこれに毎日イライラしていて、彼は毎日胃をキリキリさせていた。
そこで彼は、なんとなしにこのイカサマ事件の話を聖女の耳に入れた。解決を期待した訳ではないが、イケメンパラダイスしてるよりは謎解きゲームでもしてくれたほうがまだマシだと思ったのだ。
ところが…
「それ、ポンジ・スキームじゃん。金の流れが辿れないなら無理じゃない?」
話を聞いた聖女が開口一番、そういった。
まさかのまさかで、彼女はこのイカサマの手法を知っていたのだ。
この瞬間、バジルは雷に打たれたような衝撃を受けながら、閃いた。
「知ってるならこいつに捜査をやらせてしまえばいい!」と。
もし手掛かりがつかめなくても、この外聞の悪い状態を解消した実績は作れるし、万が一にでも犯人が見つかるようなことがあれば万々歳だ。
ということで、バジルは慌てていったん自分の執務室に下がり、大量の捜査資料を携えて聖女の執務室に戻ってきた。
そして冒頭の経緯である。
(ポンジ・スキームを知ってるってだけで、いったいどうしろと…。事務しかやってこなかったOLが警察ごっことか、話にもならないって…)
やれやれ困ったと、誰もいなくなった聖女の執務室で、巻物状の資料を開きながらアイリは一人頬杖をついた。
彼女はたまたま、知り合いが詐欺…ルノアール王国風にいうと「イカサマ」に遭ったという話を聞いた流れでこの手法のことを知っていただけだ。別にイカサマの専門家でもなんでもない。
それに考えればわかることだが、ポンジ・スキームはその手法の性質上、何度もくり返せるものではない。一度バレれば情報が広がり、警戒されて、誰も金を出さなくなるからだ。もし仮にこの犯行が確信的なものならば、犯人はもうこのやり方では悪事を働かないはずだった。
案の定というべきか、捜査資料には事件が発覚した以降に新しい情報が出てきた形跡がない。つまり、犯人はすでにこの件から撤退しているということだ。おそらくこれ以降、新たな動きは出てこないだろう。
(お手上げじゃーん…あれ?なんだこれ…)
そうは言っても明日のご飯とイケメンがかかっているアイリは、いやいやながらひとまず資料にすべて目を通そうとした。彼女はそこで、渡された資料に今回の件とは別の事件の資料が含まれていることに気づいた。
(仕事は早いけど、雑だなーあの人)
慌てて資料が入ったトレー毎、全部持ってきてしまったのだろう。細かいところまで気が利かないのは、業務推進力のある人にはありがちな特徴だが、他の役人が困っていないだろうか…
振り回される彼の部下に憐憫の思いを馳せながら、何となく資料を流し読みした。
(……これ、…)
それらの一つ一つは、今回のイカサマ事件とは全く無関係のように思われた。しかし彼女の目には、その中で一つだけ、とてつもない既視感を覚えるものがあった。
『有名舞台俳優ボトルメール事件』
事件概要は、「某国の人気俳優の名を騙ったボトルメールをきっかけにした文通により、貴族令嬢のアクセサリーが言葉巧みにだまし取られた」というもの。
ある日令嬢が一通のボトルメールを拾うところから事件は始まる。中には「自分は某国の有名俳優レオ」「熱狂的なファンに囲まれて外出もままならない」「どうか孤独な私の文通友達になってほしい」という何ともドラマティックな内容が書かれている。世間知らずな娘は秘密の友達を持つ一種の背徳感をスパイスに文通にのめりこんだ挙句、貴金属を差し出してしまった。対して、向こうが差し出したのは安物のスカーフ1枚。
プレゼント交換後、偽俳優と連絡が取れなくなった姫が気落ちし、心配した両親が話を聞いたことで事件が発覚する。手紙の送り先はある田舎町の空き家が指定されていて、捜査を始めた頃にはすでにもぬけの殻。資料には「世間知らずな貴族の姫を狙った卑劣な犯行、姫の親に恨みを持つ者が犯人か」と締めくくられている。
細部こそアレンジされているが、このやり口はまるっきり「結衣」とか「美波」とか「拓哉」の名前で送られてくる間違いメールを装った有名人詐欺と同じに見えた。
資料を眺め、うーん、とアイリは考える。
ポンジ・スキーム事件とボトルメール事件の関連性は、まったくないはず。
…はずなのだが。なぜだか気になる。あまりに見知った手口だったからだ。
(何で元の世界で有名な犯罪ばかり…偶然?それとも…)
正直この操作を押し付けられたときは、ポンジ・スキームを知ってるくらいでなんの役に立つだろうと思ってた。だけど2つも立て続けに見知った犯罪を目にして、アイリはただの偶然にしてはできすぎているような気がしていた。
ルノワール王国があるこの世界は、剣と竜とときどき魔法の世界だ。よく言えば素朴だが、悪く言えば文明レベルが低く、未成熟な世界。だから調子に乗った聖女が考えなしに高度なテクノロジーを持ち込むと、それを適切に使うための知識や思想が追い付かず、民たちが暴走し自滅の一途を辿ってしまう。そんな世界だ。
その未成熟な世界に、こんな現代的な詐欺が2つも自然発生することなんか、あり得るのだろうか、と。
これがもし、偶然ではないのだとしたら…犯人は、聖女と同じように現代から召喚された者なのかもしれない。それももしかすると、彼女と同じ時代の日本から…そんな風に考えていた。
とはいえ、すべては机上の空論だ。何の確証もない妄想である。これが本当に偶然なのか、それとも想像通りの展開なのかは、考えているだけではたどり着けない真実だった。
(…調べるだけ調べてみるか。事件は現場で起きてるんだって20年前の刑事もの映画で言ってたし)
ポン、と巻き直した書類をトレーの上に置き、彼女は立ち上がる。問題が解決しないのは必要なピースが足りないからと、アイリは知っているのだ。伊達にOLをやってない。営業が持ち帰った無理難題のリクエストに応えることには慣れている。それが事件の捜査にどう役立つかは未知数だが、今はやれることをやるしかなかった。
「イーヴさん、いますか?」
「ここに」
開けっ放しの扉の脇から一人の男がスッと姿を現した。剣を下げ、姿勢よく、まっすぐアイリに視線を向けている。スタスタ歩きながら聖女はつづけた。
「さっきの話、聞こえてましたよね?調査に行きます。…素人に何ができるとも思えないけど」
「承知しました」
話ながら扉をくぐるアイリのあとに、寡黙な従者が静かに続く。
かくして、聖女による詐欺事件捜索が始まった。
細かいところが気になるタチなので一応「イケメンパラダイス」で商標調べたんですけど、意外にも登録がないんですね。勉強になりました。「イケメン」に関連する商標はなぜか麺料理ばかりでした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
また早速ブックマーク、評価してくださってありがとうございました!とてもテンション上がりました!
次回は1/3(金)12時過ぎに更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします。