パンプールの大ピンチ
いよいよ間近となった制御塔、そこに広がる異常な光景。塔の周りには多数の召喚魔がたむろしながら呆然としている。そして今しも空中から不意に現れる新たな召喚魔、小動物っぽいそいつは暫し逡巡していたが、突然走り出すや、森へと消えて行った。
それ等を横目に塔の中へ入る。普段は固く閉じられているらしい入り口は今は開いていた、というか、明らかに無理矢理こじ開けられている。
中には、もちろんマリーヴ教諭。 操作盤の様なパネルに向かい、せわしなく何か調整している。モイラが倒れた時と同様の、かなり焦った様子だ。傍らにはバルキリーと、学者風の男性、学芸員かと思ったが、匂いで召喚魔だと分かった、あれがディアン・ケトとやらだろうか。
「バルキリー姐さーん!」
いち早く駆け付けたのはシルフ。
「一体これ、どうなっちゃってるの姐さん?」
「ああ、共同異空間を維持する為の魔力を供給出来なくなったんだ。」
「…へ?」
質問したものの難しい事は分からないらしいシルフに代わり、モイラが質問を引き継ぐ。
「魔力の供給って、魔結晶よね。此処にはかなり大きなものが使われていて、5年は保つ程の魔力量が蓄えられてるって話でしたよね。」
魔結晶とは、魔力要素が結晶化した物。魔力の無い者がこれで魔法を使ったり、特定の魔法を込めておいたり、魔力を動力として使う施設のエネルギー源として利用されたりするそうで、ザキラムの特産品なのだそうだ。俺は以前にもそれを見た事が有る、思い出したく無いが。因みにそれの粗悪な代替え品が魔力電池という事になる。
モイラの質問は続く。
「この場所に来た時に入り口が壊されてました。ひょっとして、破壊工作か何かに会ったんじゃ…?」
「工作かどうかは分からない。だがとにかく、何者かにより魔結晶が破損させらせた。破損した魔結晶でも異空間を維持出来る様に、今ご主人が装置を調整しているところだ。」
そうバルキリーが説明してくれる。すると丁度その"調整"を終えたらしいマリーヴ教諭が疲れた顔で振り返る。
「やれるだけの事はやったわ。異空間の収縮は止まったし、召喚主と召喚魔との繋がりも阻害されなくなったはずよ。」
「お疲れ様、ご主人。」
教諭に労いの言葉を掛ける男性の召喚魔。
「ありがと、ディアン。…ただ、あくまで応急処置よ。収縮は止まったとは言え異空間のサイズは元の一割程度、出されてしまった召喚魔を又全部収納し直すのは不可能ね。現状の維持だってやっと。それもいつ崩壊したっておかしくない状況よ。」
「破損した魔結晶って、代わりは手に入らないんですか?」
「あのサイズの魔結晶となると、精製するのに100日は掛かるし、その辺のお店ではちょっと買えないわ。国の首都レミスの魔法局には次のが出来ているはずだから、連絡して届けて貰うしか無い。でも凄く高価な物だから、今すぐ輸送隊を組織して貰っても10日は掛かる。とてもそんなには保たないでしょうね。」
「そういうのって、予備を置いておいたりしないのかな?」
アンジーのその指摘に、更に渋い顔になるマリーヴ教諭。
「実はその前の魔結晶が使用限界を迎えてストックと交換したのがつい10日程前の話なの。次のストックを手配する便りは多分未だ先方に届いていないわ。余りにピンポイントなタイミングを狙われたとしか思えない。」
「それって…、バリバリ悪意有ってやってるじゃない、テロじゃない! この学園に何の恨みが有るって言うの⁈ 」
憤慨するアンジー。
「まったく、何処の不心得者だ!」
「ふんがーっ!」
バルキリーとシルフもカンカンだ。そんな中、やや冷静なディアン・ケト。
「まあまあ、先ずは魔結晶問題をどうするかでは有りませんかな?」
「そう…だよね。実際魔結晶ってどんな状況なんですか?」
モイラの質問に暫し思案のマリーヴ教諭だが、
「一般の学生にそこまで立ち入らせるのは異例なんだけど…、もう此処まで来ちゃってるしね。こっちよ。」
そう言いながら別の場所に歩き出す教諭、全員でゾロゾロとこれに続く。
「実際良く此処まで来ましたな、明らかに此処が危険の中心地なのに…。現に他の学生など誰も来てませんよ?」
ディアンにそう言われ、初めてそう言えばとなるモイラとアンジー。
「ボニーが居たから?」
「そう…かな?」
ほう…と、変に感心した目を向けて来るディアン・ケト。敢えて又フンとふんぞり返って見せる。ま、照れ隠しで有る。
塔の入り口より更に厳重そうな、しかし壊されている扉から中へ入る。中には既に数人の職員がおり、教諭とモイラ、アンジー、俺が入るともうぎゅうぎゅう、バルキリーとディアンは外で待機となる。
職員達は、台座に置かれた球状の物を慎重に補修している。と言うか、スイカ割りされたスイカを元に戻そうとしているみたいだ。黄色味がかった透明の大玉スイカを数人掛かりで糊(?)で貼って、ガムテ(?)で補強している。
「これが魔結晶よ。ご覧の通り、不自然に破損してる。こうなると、安定した魔力量を抽出し続ける事は出来なくて、魔結晶は無駄に魔力を空中に放出し続けて、数日で消えて無くなってしまう。異空間の制御は更に維持が難しいわ、保って2〜3日かしら。」
「代わりの魔結晶、間に合わないじゃない! 全員召喚契約を解除しなきゃならなくなるわ、大混乱よ! 」
アンジーの言葉が悲鳴に近い。
「実は、問題はそれだけじゃ無いの。」
「共同異空間の"主"ですか?」
モイラがそう言うと、アンジーは更に色めき立つ。
「あ、あ、あれってただの噂話なんじゃ無いの⁈ 」
「…事実よ。」
そう断言する教諭、よろめくアンジー、思わず支える俺。
「その昔天才召喚士が召喚したドラゴンをこの共同異空間に置いたまま死んでしまって、以来ドラゴンは共同異空間の主としてその最奥に生息している…って言う噂ですよね?」
モイラがそう質問を重ねるが、教諭の口は重い。
「大筋で事実…ね。天才召喚士のところは、かつて学園の設立当時に此処にいた召喚術の研究員。死んだんでは無く召喚契約の維持に失敗して。リカバリーが出来ないまま放置して、蒸発してしまったの。それきり誰にもどうにも出来ず、今に至るわ。」
「そんな…、無責任な。」
アンジーが俺の腕の中で呻く。
「共同異空間が消滅すれば、そのドラゴンはこっちに出て来てしまう訳ですね。」
「ええ、そうなるわね。ジュニアドラゴンではあるけど、それでも災害級だわ。学園はもちろん、この近隣の町や村も全滅…でしょうね。」
「そんなあぁ…」
絶望感に頭を抱えるアンジー、気持ちはこの場にいる全員が一緒だろう。そんな重い空気の中…。
「要は一刻も早く新しい魔結晶が欲しいんでクエ? ボニー様なら首都までくらいひとっ飛びでクエ。」
ネビルブの鶴の一声、カラスの癖に。反転、地獄に仏を見た様な視線が俺に集まる。ハッと気付いた様に俺から体を離すアンジー、今頃かいっ、少し照れ臭そうだ。
「…無理よ、召喚魔は召喚主から一定の距離以上離れられない様に契約で強制されているもの。」
と、教諭、一瞬差した光はすぐに消え、重苦しい顔に戻る教諭とアンジー。そこでモイラが提案して来る。
「あの…わたしが一緒に行くんじゃ駄目かな?」
え、一緒にって、俺がモイラを抱えて飛ぶ…って事? 俺を含め、全員がその可能性について思案を巡らす。まあ俺が気にしているポイントは他の人とちょっと違うかも知れないが。
「あ…危なくない? 落としたりしたら大変だよね。小柄とは言え人ひとり、更に帰りは荷物も増えるわよ。」
さすがに不安気なアンジー。まあ、多少はスピードは落ちるかも知れないが、積載能力としては問題無いと思う。しかし落としたら大変と言うのも確かだ。
「それならモイラに浮遊の魔道具を身に付けてもらえばいいわね、それは学園の方で手配出来る…。」
「ボニーって、この国の首都の場所なんて分かる? 増して魔法局なんて…」
「わたし、案内出来ます! うちの実家、商人ですから、そこは任せて下さい!」
と、モイラ。何やかや俺とモイラが行く流れは確定しており、どんどん外堀が埋まって行く。
マリーヴ教諭は緊急用の魔法通信で魔法局に連絡して事情を説明、その後数分で依頼の書状をしたためると、貴重であろう"浮遊のベルト"なる魔道具を強引に借り付けて来た。モイラがこのベルトを装着し、更にアンジーが何処からか借りて来たモコモコのジャンプスーツを着込み、フルフェイスのヘルメットを被ると、まるで宇宙飛行士である。こうしてギリ日没前に出発準備は完了した。夜間は避けて、早朝の出発を薦めてくる教諭。だがモイラは即刻出発すると譲らず、そのままバタバタと出発の運びとなった。
アンジーやマリーヴ教諭等一同が見送る中、浮遊のベルトを起動させるモイラ。宇宙飛行士がふわりと浮き上がる。慌てて捕まえる俺。
「もっとちゃんと捕まえて、ぎゅーって抱き締めて、離れない様に。」
言われるまま彼女を抱きかかえようとする訳だけれども、我ながら情け無い程ぎごちない。それでも何とか後ろから抱きかかえる感じでホールドする。分厚いジャンプスーツの上からでもモイラの柔らかさを感じる。腕の中にすっぽり収まってしまうサイズ感、いやが上にも大事に運ばなければという義務感を呼び起こされる。
「行こ、ボニー。」
「ああ。」
俺は翼を大きく展開し、空へと飛び上がる。
「うわあー!」
歓声を上げるモイラ。見送り一同と手を振り合うのも束の間、俺が速度を上げていくと、あっという間に学園は後方に豆粒程になっていた…。