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俺と彼女のデビュー戦

 翌朝(よくあさ)(りょう)全体に起床(きしょう)時間を知らせるベルが鳴り響き、俺は目を覚ます。モイラも半目は開けたのだがしかし、彼女の寝起きはすこぶる悪い様で、ただ天井を見つめてぼんやりする事(しば)し、ハッとなって見回し、俺の姿を見付けて安心、そのまま再び眠りに落ちようとする。おいおい…。しかしそこは心得(こころえ)られたもので、数分後には更にけたたましく起床(きしょう)ベルが鳴らされる。

 それでようやく体を起こすモイラ。よたよたと起き出して部屋を出、かなり()ってから俺達の朝食を持って戻って来た。俺がそれをいただいている間に彼女は身支度(みじたく)を整えている。未だちゃんと目が()え切ってはいないのか、手際(てぎわ)が良いとは言えない。て言うかまた俺の目の前で着替えをおっ始めてる。今回も後ろは向いてるんだが、フラフラしていて色々と…、いや、今回はきちんとこっちが後ろを向くぞ! そして食事に集中だ。残念なんかじゃ…無いやい! ………。

 モイラの身支度が済み、食堂に食器を返しながら寮を出る頃にはようやくモイラも復活、俺は「一緒(いっしょ)に来てね。」の指示を受け、付いて歩く。

「おはようモイラ…って、もう連れてるの? (うれ)しいのは分かるけどさ…。」

アンジーである。どこかお(じょう)な感じがするモイラに比べ、この子は町娘っぽい。可愛いと言うよりは、綺麗(きれい)なお姉さんな感じだ。そのまま合流し、学園へ向かう。

 召喚獣(しょうかんじゅう)を連れ歩いている者は割と見掛(みか)ける。大抵(たいてい)は大型犬くらいの凶暴(きょうぼう)そうな召喚獣をこれ見よがしに(したが)えてイキって歩いているが、その内の1人が連れと大声で話しながらこっちの方へ近付いて来る。全くこっちを気にしていない、このままでは…。(あん)(じょう)、そのままモイラにぶつかって来るその召喚魔法士(まほうし)

「ひゃっ!」

思わずよろけるモイラを(かろ)うじてアンジーが受け止める。

「おう、小さくて気付かなかったぜ。」

そう言うその魔族の男は確かに大柄(おおがら)で、俺より幾分(いくぶん)大きいくらいか、そして態度も大きい。とにかく横柄(おうへい)で、俺がかつて高校生だった時分(じぶん)に苦手だった手合(てあい)だ。

「気を付けなさいよフリオ!」

アンジーが抗議(こうぎ)の声を上げる。が、そいつはどこ吹く風だ。

「あ〜ん? 俺様が通るのが見えたらそっちが()けろや人間! 特にそこのなんちゃって召喚魔法士なんぞは初めから端を歩けってんだ!」

うへぁ〜、やっぱり苦手だ。リアルで()()っていう奴初めて見た。でも周りの反応を見るとこいつの態度とか考え方とか、特殊(とくしゅ)って訳でも無いのかも。特に魔族仲間は(おおむ)ね賛成の様で、一緒(いっしょ)になってせせら笑っている者も多い。

「あんたいい加減(かげん)に…」

更に抗議(こうぎ)しようとするアンジーに、その魔族…フリオの連れている召喚獣がにじり寄る。でかい犬の様な、凶暴(きょうぼう)な肉食獣の姿の禍々(まがまが)しい(けもの)気丈(きじょう)なアンジーもさすがに後退(あとずさ)り。

「止めてよ、ヘルハウンドを近付けないで!」

モイラがたまらずに叫ぶ。(うけたまわ)りました! 俺はモイラ達とでかい犬…ヘルハウンドの間に体を(すべ)り込ませる。と、途端(とたん)鼻白(はなじろ)むヘルハウンドとフリオ。

「何だお前っ…」

どうやらこいつ俺の事をただの通行人の魔族か何かだと思っていた様だ。

「彼はねえ、モイラが召喚した魔神、ボニーよ!」

何故(なぜ)か本人より得意気なアンジー。

「なっ…、あのガリ勉だけのモイラが召喚に成功したのか? 魔神だって? ……はンッ、弱そうだな、本当に魔神か?」

「クワーッ!! 失礼なガキめ、お前の連れてる犬っころなんぞより100倍強いクエーッ!」

「わわ! 何だこのカラスはっ、アンジーの召喚獣か?」

「失礼ね、これはボニーのおまけよ! わたしの召喚魔はもっと可愛いわよ!」

「お前はお前で大概(たいがい)失礼でクエな!」

何やらネビルブの乱入ですっかり場外乱闘(じょうがいらんとう)様相(ようそう)(てい)して来たこの場の騒ぎに、警備の職員や教師連中まで集まって来てしまったので、その場は有耶無耶(うやむや)にお開き、何となく遺恨(いこん)を残す結果となったのだった。

 その日の授業は召喚魔を使っての模擬(もぎ)戦という事だ。この授業にまともに参加するのはモイラにとって初めての事だそうで、かなりの()り切り様である。

マッチングの問題が考慮(こうりょ)されて全体が召喚魔のレベルによって5つぐらいのグループに分けられているが、俺達が()り分けられたグループは恐らく最強グループなのだろう、連れられている召喚獣が皆ゴツい。

「サラマンダーに、フレスベルグに、ガープ、さっきの犬っころもおりますクワな。まあ、ザコですな。」

このグループはモイラ以外は全員魔族、それがネビルブの言葉を聞いて全員ピクリと反応し、こちらに怒りの視線を向けて来る。だからヘイトを()めるなっちゅうに。とは言え俺の相手はガープとかいう小悪魔、明らかにグループの中でも格下で、俺を目の前にしてちょっと涙目。それでも主人の命令が有れば(たたか)わなくてはならないのが召喚魔の(つら)い所だよなぁ。

 このグループは最も危険を(ともな)いそうだと判断されての事か、審判(しんぱん)役はマリーヴ教諭(きょうゆ)が自ら(つと)めている。(かたわら)には騎士の装束(しょうぞく)(まと)った女性…、人じゃ無い、教諭の召喚魔か? が(ひか)えている。

 開始の合図で最初の試合が始まる。両召喚士の指示(しじ)が飛び、鳥みたいなのと(くま)みたいなのが闘い始める。どちらも肉弾(にくだん)戦が主体らしく、熊がブンブンと風を巻いて腕を振り回すが、鳥はスイスイとこれをかわし、鋭い(くちばし)一撃(いちげき)を熊に打ち込む、そんな展開が(しばら)く続く。明らかに熊が劣勢(れっせい)になったところで教諭のストップが掛かり、女性騎士が2者の間にスッと剣を差し入れ、それで水入りとなる。

「何だ、じゃれ合って終わりクワ。」

「死ぬまでなんてやる訳無いでしょ。マリーヴ教諭が見てて、勝負がついたと判断されたらストップよ。召喚魔は道具じゃ無いんだから。」

と、いつの間にかこっちグループの様子を見に来ていたアンジーがネビルブの感想に反論する。

「そうクワねぇ、バグベアのご主人の方はそう思ってるか怪しいもんだグワねぇ。」

熊…バグベアの召喚主は、負けて帰って来た彼の召喚獣を(ののし)っている。その口汚(くちぎた)なさたるや、とてもじゃないが大事に思っているとは考え難い。

「あれは…まあ、召喚魔が傷付くと、それを治す為に召喚主の魔力が大量に消費される事になったりするから、多少は…ねえ。」

「お前でも負けて帰って来た(しもべ)にああいう風に言うのクワ?」

「ぜっっっ対に言わないっ!」

"何だそれは"と苦笑のネビルブ。いつの間にか仲良いなこいつ等。

 そうこうしている間に犬と火を吹くトカゲが闘い、(しばら)くの火の()き合いを効果無しと見るや、犬が早々に肉弾戦に移行(いこう)。動きは決して素早くは無いトカゲを翻弄(ほんろう)し、最後はその首筋に()み付いたところで水入り。死ぬには至らなかったものの結構なダメージを負ったトカゲの主人は激昂(げっこう)、更にフォロー不能の暴言を()いている。回復の為に結構な魔力を持っていかれたのが心外(しんがい)な様で、死ななかったのを喜ぶ様子すら無い。

「そりゃまあ、死ねば魔力の負担(ふたん)はゼロだクワらな。又新しいのを召喚すれば良いんだろうし。」

「うん、魔族の召喚士はそう考える人が多いみたい。」

 さて、次はいよいよ俺とモイラの番だ。「あの円の中に立って待機(たいき)して。」と、彼女の指し示す待機エリアに立ち、開始の合図を待つ。そして教諭の"始め"の掛け声。

 しかしここで経験の差が出た。モイラが開始の声の直後に「戦闘を開始して!」という指示を叫んだのに対し、相手の小悪魔の方は掛け声と同時に動き出したのだ。最初から(開始の声が掛かり次第(しだい)攻撃せよ)という様な指示だったのだろう。速攻(そっこう)の小悪魔の魔法攻撃、黒い炎が放たれ、初動の遅れた俺はこれを喰らってしまう。(あちっ!)となって集中を乱した俺に、小悪魔が更に魔法攻撃を重ねて来る。不意(ふい)打ちまがいの速攻がこいつの持ち味なんだろう。熱さよりも気持ち悪さのが先に立つ奴の黒い炎。大ダメージとはならないが、蓄積(ちくせき)して来ると不利になるかも知れない。とは言え魔法攻撃は受ける側も魔力で抵抗(ていこう)出来るという事をついこの間身をもって知った所だ。

 俺は自分の魔力を自身の中で活性化させ、外部からの魔力の影響を受けづらい状態を作り出し、結果として小悪魔ガープの魔法攻撃をほぼ無効(むこう)にした。これで後はトリッキーな動きで飛び回る奴を(つか)まえるだけだ。落ち着いて、動きのパターンを読み、ここだ! とばかりに奴をはたき落とす。ちょっと()れたか? 俺が振り下ろした手は奴をまともに(とら)える事無く、肩口(かたぐち)(かす)めるに(とど)まった。が、それでも体の軽いガープは大きく態勢(たいせい)を崩し、地面に墜落(ついらく)し、ゴロゴロと転がって行った。

 あ、やべ、これまともに当てると一発で死なせちゃうな。そう思い、次はどうするべきか考えていると、何とか復活した小悪魔は、今度は一切(いっさい)距離を()めず、魔法攻撃だけに切り替えて来た。ま、()かないんだけどね。膠着(こうちゃく)する戦況(せんきょう)

「ボニー、こっちも魔法を!」

モイラの追加指示。彼女の知っている魔法となれば、これだよなあ…。という事で、角に集中、角の間に()まった魔力を炎に変え、放つ。小悪魔はこれをかわそうとするが、俺の魔力そのものである炎を俺は自在(じざい)にコントロールする事が出来る。炎は難なく奴を(とら)え、昏倒(こんとう)させる。何か(わめ)きながら炎に包まれる小悪魔ガープ。

「それまで!」

マリーヴ教諭の静止の声を受け、女騎士が魔法で氷水を出してガープにぶっ掛ける。ヒイヒイ言いながら肩で息をするガープ、まあ見た目程大したダメージではないはずだ、加減(かげん)したからね。

「やったわねボニー、あなたの勝ちよ!」

初参戦、初勝利にモイラのテンションは高い。が、それを鼻で笑う声が…。

「何だ、魔神てのがどんなに強いのかと思ったが、ガープ辺りにやっとの事勝って、しかも()(そこ)ねてるじゃねえか。俺のヘルハウンドならガープなんて瞬殺(しゅんさつ)だぜ。」

やはりフリオだった。他の連中も同調してせせら笑っている。さっき負けてた熊やトカゲの主人まで。 一通りの模擬(もぎ)戦が終わって片付けに入ろうとしているマリーヴ教諭にフリオが話し掛ける。

「教諭!」

「…何ですか、フリオ・ブラード。」

「未だ時間の余裕が有りますし、今回初参加の魔神殿の実力をもっと見てみたいと思いまして、幸い俺の召喚獣は未だ無傷ですし、一度お手合(てあ)わせをお願いしたいと思ったんですが…あ〜もっとも魔神殿はガープの魔法攻撃を結構喰らってましたんで、そこそこダメージが残ってるでしょうから、無理かなぁ?」

「そこは…、モイラの気持ち次第(しだい)かしら。」

決断を預けられた格好(かっこう)のモイラは、フリオの挑発(ちょうはつ)に熱くなってはいるが、俺のコンディションを気にしているのも確かな様だ。こちらを(うかが)い見て来る顔が、まるで遠慮(えんりょ)がちにオモチャを()しがる子供の様なのだ。こらこら、そういうの覚えるんじゃ有りません、悪い女になるぞ!

 俺はとりあえず(すず)しい顔を作り、

「俺はダメージなど(もら)った覚えは無いな。」

と、強がった態度を取る。はい、()()()()()にあっさり(だま)される馬鹿な男の代表が俺です。しょうがないじゃん、経験値足りないんだよ!

「受けます!」

モイラが大きくそう宣言する。まあ、彼女が満足気だからいいか。

 そうして俺は、今度は()()()()、ヘルハウンドと対峙(たいじ)する。犬の方もトカゲとの一戦に勝利したばかりですっかりイケイケだ。なんか俺、()められてるのかも。やっぱりオーラが無いせいかなあ。

「なになに、これ、どうなってるの?」

「さっきの犬っころが生意気(なまいき)にもボニー様に挑戦して来たでクエ。今から対決クエ。」

自分の方の模擬(もぎ)戦を終えて来たらしいアンジーが再び観戦に加わり、不安気な様子で俺の方を見ている。信用無いな俺。

「始め!」

教諭の掛け声。今度はさっきの反省から、「"始め"の声が掛かったら戦闘開始して。」という指示を先に(もら)っていた俺は、すぐさま動く。犬の方は距離を取ったまま炎を()いて来る。俺の出す()き火レベルの炎に比べると格段(かくだん)威力(いりょく)は上の様だが、魔法では無い様で、ただ真っ直ぐ放たれて来るだけの火炎放射(かえんほうしゃ)は何とか避けられる。だがこちらの炎の魔法も()く気はしないし、(かみなり)魔法、エボニアム・サンダーはモイラには見せた事が無いし、上手く加減(かげん)出来るか分からない。そんな訳で、(ねら)うのは肉弾戦だ。

 犬の火炎放射を避けながら距離を()めて行く。さすがに無理に寄っている為多少は喰らってしまう。かなり熱いが火傷(やけど)レベル。遂には手の届く距離まで肉迫(にくはく)し、いざ肉弾攻撃(こうげき)! ところが向こうもそれは百も承知(しょうち)で、俺の素人パンチをスルリとかわし、俺の肩口に()み付いて来た! 奴の鋭い歯が食い込んで振り(ほど)けない、その状態のまま炎を()き出しながら離れるヘルハウンド!

「ゔあぁっ!」

さすがにたまらず苦痛の声が()れる。

「ボニー!! 」

モイラの叫びが悲鳴(ひめい)に近い。くそ、心配させちまってる。彼女は今自分が追加の模擬(もぎ)戦を受けた事を後悔しているのかも知れない。情け無い! 多分フィジカルなポテンシャルでは決して負けてない、問題は経験の差だ。奴の方が喧嘩(けんか)慣れしているのだ。このままじゃ駄目(だめ)だ、頭を冷やせ、熱くなったら向こうの土俵(どひょう)だ、喧嘩(けんか)じゃ勝てない!

 俺は全身を(めぐ)る魔力を更に1段階強く活性化させた、自身が息苦しさを感じる程に。この体は元々怪我(けが)回復(かいふく)は早かったが、こうして魔力を活性化する事により更に回復を早める事が出来るのは確認済みだ。肩口の傷が見る見る(なお)って行く。更に活性化した魔力を(まと)う事により、ヘルハウンドの()く強烈な炎もほぼ無効化(むこうか)出来たのだ。奴の炎を避ける必要が無くなった俺は頭も完全にクールダウン、ゆっくり、無造作(むぞうさ)に、奴の元へ寄って行く。無抵抗(ていこう)で炎も喰らい放題となった俺の様子を見て、魔族のギャラリーは()()れムード、逆にモイラ達の顔には血の気が無い。

「ちょ、どうしちゃったのボニー、(あきら)めちゃった⁈」

アンジーの言葉にいよいよ狼狽(うろた)えるモイラ。

「こ…こうさ…」

「クワーッ! ()らん事すなー!」

恐らく降参(こうさん)を宣言しようとしたのだろうモイラをネビルブが(せい)する。今回はナイスだ!

「で…でも…。」

「ここから反撃なんだクエ! 余計(よけい)な事言う間に良く見れ、もう奴の炎は少しも()いてないクエ。女教師も分かってて止めようとしてないクエ!」

そう言われてモイラは改めて俺の様子を(うかが)い見る。そんなモイラに向かい俺はニヤリと笑い掛ける。彼女に喜色(きしょく)が指すのを確認し、ヘルハウンドに向き直る俺。

「何アイツ、結構男前じゃん。」

「当然クエ。」

アンジーからもご好評をいただいた。益々(ますます)これ以上情け無い姿は見せられない。一方俺の前進が止まらない事にやや苛立(いらだ)ち気味の犬とその主人。

「炎、()いてねえのか? …くそっ、()れ!」

フリオの指示に、サッと切り()え飛び掛かって来るヘルハウンド。喉笛(のどぶえ)目指して襲って来る奴の(きば)を左腕で受け止めると、そのまま腕に食い付いて来て、()みちぎらんと歯を立てて来る。が、元々(かた)い俺の皮膚(ひふ)は、魔力の活性化で(はがね)の様になっている。違和感に気付き目を白黒させるヘルハウンド。俺は右手でその横っ面を()り倒す。「ギャンッ!」と子犬みたいな悲鳴を上げて左へ吹っ飛んで一回転するヘルハウンド。

 足元ふらふらのそいつの方に又ゆっくり近付いて行くと、奴は突然()ねる様に俺の後方に回り、後ろから俺の首筋を(ねら)って再び飛び掛かって来る。うん、お前トカゲとの一戦もそれで決めたよな、読んでたぜ! 俺はタイミングを見計(みはか)らい、振り向きざまに今度は左手で間近(まぢか)まで(せま)っていた奴の反対の(ほお)()り倒す! それにより今度は右の方へ吹っ飛んで、ゴロゴロと2回転。それでもまだ立って来ようとするが、立てずにいる様だった。

 そこでマリーヴ教諭の「それまで!」の声が掛かり、女騎士が剣を差し入れる。俺の勝ちだ。

 激昂(げっこう)したフリオが未だ立てないヘルハウンドを()り上げてマリーヴ教諭にたしなめられている中、すっかり白けたムードとなった魔族ギャラリー達が散って行く。あれ、これ、デジャブかな? でも…でも今回は…、()り返ると、そこには満面(まんめん)の笑みで俺を(むか)えるモイラが居る! アンジーとネビルブもハイタッチっぽい仕草で喜びを伝え合っている。モイラが俺に()け寄って左手を取り、やや心配そうにその腕を確認している。そう言えば、肩口もそうだが、最後に()まれたここも多少歯は食い込んでいた(はず)だが、既に何処(どこ)だったかも分からない。(なお)りが早すぎて気持ち悪い位だ。

「どうして魔族の学生はあなた達みたいに召喚魔との信頼(しんらい)関係を(きず)けないのかしら。」

そうこぼしながら、マリーヴ教諭がこちらへやって来る。女騎士も一緒(いっしょ)だ。

「魔法適性(てきせい)だけなら魔族は大抵(たいてい)優秀なのに、あれのせいで、召喚術師として大成(たいせい)出来るのは人族が圧倒的に多いのよね。」

「あのひと達には召喚魔を持つ資格(しかく)が有りません、あの子達が可哀想(かわいそう)。」

珍しくモイラが怒り顔だ。

「召喚魔はお友達じゃ無いわ。契約で(しば)って無理矢理使役(しえき)する訳だし、戦闘ともなれば矢面(やおもて)に立たせる事になる。だからこそ、最大限の敬意(けいい)(はら)う必要が有るし、奴隷(どれい)の様に扱ってはならないのよ。」

少し悲し気な、しかしきっぱりとしたマリーヴ教諭の言葉。

「全くよ! あたしも魔族なんかに使役(しえき)されるのは真っ(ぴら)よ。ねぇバルキリー(ねえ)さん。」

「まあ…な。敬意(けいい)の無い主人に(つか)える羽目(はめ)になったら、私も(ほこ)りに掛けて、何としてでも契約の強制解除(きょうせいかいじょ)をしようと試みるだろうな。」

アンジーの肩に乗っていた羽の生えた小さい女の子が、女騎士と話をしている。召喚魔って意外と普通に雑談(ざつだん)とかするんだな…。え、俺のこの質問された時以外勝手に(しゃべ)らない様にしてるのって、単なる無口キャラみたいになってる?

 何やら気が抜けた俺は、ついふっと浮かんだ疑問を口に出す。

「召喚契約の解除(かいじょ)って、召喚魔側からも出来るものなのか?」

そう口に出してからハッと気付く、モイラが泣きそうな顔で俺を見つめている、アンジーが憤慨(ふんがい)した顔で俺を(にら)んでいる、マリーヴ教諭と女騎士が警戒(けいかい)感を(あら)わにする。

「や、ちが、そうじゃ…そういう意図(いと)は無いんだ、あくまで興味本位で疑問に思っただけだ!」

俺はさあっと背中に(いや)な汗をかいた気分になって取り(つくろ)い、平静(へいせい)(よそお)った…つもりだったが…。

「ぷぷっ…」

アンジーが吹き出しやがった。(あせ)っていたのを見透(みす)かされたらしい。チクショッ! モイラは未だ涙目だが、教諭と女騎士はここで警戒(けいかい)を解いた。

「まあ、出来る時も有るって事ね。召喚術士の方が極端に弱ってたり、弛緩(しかん)し切ってたり、後は異空間に(ふう)じる時や封じてる間に何かのはずみで強制力が弱まる事が有るの。主人に対して不満の有る召喚魔は執拗(しつよう)にこのチャンスを(ねら)っているわ。」

そう言いながら魔族連中の方に視線をやるマリーヴ教諭。つられて見ると、もう誰も召喚魔を連れていない、朝はあんなにこれ見よがしに連れ歩いていたのに。

「もう皆んな戻したんだ。本当に自分達が威張(いば)る為の道具としか考えていないのね…。」

悲し気に(つぶや)くモイラ。マリーヴ教諭がそれに付け加える。

「これ以上魔力を消耗(しょうもう)したく無くて共同異空間に引っ込めたんでしょうね。あそこなら術者の魔力は消耗(しょうもう)しないから。ただ共同なんで、術者と召喚魔の(つな)がりが希薄(きはく)になりがちなの。契約の解除を果たして逃げてしまう召喚魔も割と多いわ。」

「シルフの話では、共同異空間の中では召喚魔の活動はかなり制限されて、眠っている様な状態で(ただよ)っているんだって。毛布にくるまって二度寝しているみたいな感じなんだっけ?」

アンジーに問われ、シルフが答える。

「うん、多分そんな感じ。(まわ)りの様子とかほとんど分からないし、魔力は消費(しょうひ)もしないけど余り供給もされないから、寝てるしか無いのよね。」

「あそこでは外部の魔力はほとんど入って来ない。自前の魔力でそれなりに活動出来る召喚魔にとっては契約から逃れる最大のチャンスだ。逆に入れっ放しで忘れてしまうという敬意(けいい)のかけらも無い召喚者もいるしな。(ちな)みに私も普段はそこだが、非常時にはご主人の専用の異空間で眠る事も有る。」

「何か(うわさ)では共同異空間の奥には忘れられたドラゴンが眠ってるとも言うわよ。」

教諭やアンジーに加え、シルフや女騎士バルキリーまで会話に入って来る。無口キャラを返上しようとした俺だが、女子が5人もいては口さえ(はさ)めず、目論見(もくろみ)玉砕(ぎょくさい)。ただの口下手キャラにランクダウンして終わったので有った。

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