2話ー④
蒸し暑い空気が充満し、強い日差しが降り注ぐ緑豊かな夏。レイティとフィンクスは慌ただしく執務室に押し込められていた。
執務室の中は空気を冷やす魔術具により室外とは比べ物にならないほど涼しいが、息を着く暇無く次々とこなしていかないといけない彼らには気温など気にする余裕はない。
「レイティ様、こちら御願いします」
そう言われて差し出された書類に目を通す。どうやら夏前の数年に1度の大雨で発生した水害によって壊れた橋の修繕が遅いとの苦情だ。
「船の数が足りないのかしら」
比較的大きな街を繋ぐ街道上の橋は直ぐに作り直させたが、それでも修繕には時間が掛かる。それまでの中継ぎとして水上運輸を推奨したが、人員が不足しているのか、橋の両端の街では過密状態が続いている。
この街だけでは無い、水害により破損した橋は大小合わせて50は超える。さらに低地では河川の氾濫により作物が泥に埋もれてしまった地域も複数あり秋の実りに影響が出てくる。問題が山積みの上にこうしたクレームが来るのだからたまったものじゃない。
レイティは溜息をついて1枚目の橋の修繕に人員増加を求める書類にサインをし、2枚目の大型荷物を運搬する用の巨大船製造は目を通すだけに済ませておく。内容を読めば今から最新モデルを設計とある。その巨大船ができる前に橋は修復されるだろう。
だけれど大型貨物船の最新モデルの構造は画期的だ。今回は否認するが、今後に期待。
確かアノールが耕地の被害確認の為に3日後にでも周辺を訪れる予定だから彼に転移魔法陣の設置を頼むことにする。レイティはそのことについての提案書を作成する。
ただ転移魔法陣はかなり不都合が多い代物で、1つ目に作成時に魔法陣に注ぎ込んだ魔力の量によって使用回数が制限される。魔力の継ぎ足しは不可能だ。2つ目に生物を転移させることが不可能である。もし生物を魔法陣を率いて転移させれば必ず形が歪んでしまうのだ。
しかし、この不便さは仕方が無いことである。何故ならば余程魔力量が少量でもない限り、魔力を持つ者の殆どは転移魔法が使えるからだ。転移魔法は魔法陣のような制約は無く魔力と不確定要素が無ければ物も人も遠くまで運ぶことができるからだ。
それにより転移魔法陣を使用するのは魔力無し、若しくは微量の庶民だ。魔力を有している者達が必要の無い魔法陣の研究に熱心になれる筈が無く今に至る。
レイティが書類を渡すと受け取った官僚は部屋を出ていく。あくまでレイティもフィンクスも将来国を支える公爵家の子息令嬢であるから執務を手伝わせて頂いているだけで直接的な決定権は無い。
フィンクスの方を見ると彼は真剣に取り組んでいるように見えるが幼い頃から彼をよく知っているレイティに言わせれば面倒くさそうな表情に見えた。
執務の内容は2人に与えられたもの。なのでフィンクスが取り組んでいる書類をレイティが見ても大丈夫だ。レイティは手を止めて椅子に付いているタイヤを動かし、ゆっくりと背後から手元を覗き込む。
―古代の龍の化石発見について
「なるほど」
思わず飛び出した声にレイティは口を手で塞ぐ。フィンクスは執務中に邪魔されることを嫌うことをレイティは知っている。だが、レイティの方へ振り返ったフィンクスは面倒くさそうに溜息をつくだけで怒ってはいなかった。
「本物だと思うか?」
「発掘地域は?」
レイティは怒られなかったことに安堵しながら質問を質問で返す。フィンクスは書類の発見地を指さす。
「ルーナ地方ですか…」
ルーナ地方は120年程前に龍の化石が発見された場所だ。それ以来白骨を見つける度にこうして龍かもしれないと騒ぎ立て、王宮に報告が上がって来る。龍は元来死を迎えると光の粒となり天へ還るとされている。土に残るなどある筈がないのだ。龍の化石発見には国王陛下も大変驚いたと聞く。
だが、本物はその120年前の1回のみだ。それ以降の化石は全て違う生物だった。絶滅した生物の化石ならばまだしも、つい3年前は家畜の鶏の羽を翼竜の羽だと提示して来た。流石に痺れを切らした官僚達はルーナ地方で発見された化石の取り扱いを停止していたが、あまりの再開申請の多さに1週間前再開したばかりだ。
そしてこの化石は再開申請をした1番の肝である。また偽物である可能性が大きいが、龍の化石は非常に貴重であり、その価値は計り知れない。更に偽物排出地域であっても1度は本物が見つかっている。よって再開したからには無下にはできないのだ。
レイティは次に発見された地層の色や周辺環境を確認したが、王都周囲にはないルーナ地方特有の紫系統の土壌と青や銀の葉をつける植物が書かれてあるのみで特に変わった所はない。
「うーん…本物かわからないですわね、骨の一欠片を送って貰うのはどうでしょうか?」
「私もそう考えたところだ。だが、これは後回しでも良いだろう」
レイティは同意の意味を込めて頷く。フィンクスはレイティを見て、龍の化石発見についての書類にその事を書き込み端へ置いた。レイティもフィンクスが次の書類を手に取るのを見送って元の位置にもどった。