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2話ー③

レイティは驚いて硬直してしまう。どうしようも無い愚かな質問をしてしまったと悟る。王族について学習した後ならば彼が王族で理由有って規則により名前がつけられていない事が分かる。だけれど、その当時の彼女には分からなかった。


「じゃあ、ノアって呼んでいい?」


 この名前は神話時代の聖典に出てくるある天龍の一柱。膨大な力を持って慈悲によって人々を暗黒竜から守ったという心優しい龍の名前だ。たまたま最近読んでいる話に出てきただけであるからレイティにとってそれ以上の名前の意味は無かった。


 だけど無名の美少年は大きく目を見開く。その様子は新しい発見のような大切なものを貰ったかのようだった。そして口で何度も吟味するように呟く。


「うん!」


 この時初めてレイティは美少年―ノアの本心からの笑顔を見ることになる。花開いたように破顔する彼のシルバーブロンドは空の澄み渡る空色と若葉の淡い黄緑色、風に運ばれてきた花弁の鮮やかな色に彩られて神秘的な色合いを見せる。細められた長い睫毛に縁取られた7色の白い瞳は光を受けて輝きレイティを見つめる。


「レイティって君のことだよね、それじゃあ僕はレイって呼んでいい?」

「もちろん!うれしい!」


 形の良いノアの唇から紡ぎ出された言葉はレイティにとって最高に嬉しい響きを持つ言葉だった。「あ、でも…」とノアは神妙な顔をして口の前に指を持ってくる。


「このあいしょうは2人だけのひみつね」

「…わかった!」


 この時の嬉しい出来事に浮かれていたレイティは何故彼が秘密と言ったか、理由を考えずに頷いた。ノアは安堵してレイティの可愛らしい様子を見て頬を緩める。


「レイティ、ここにいたのか」


 背後からアノールの呼びかける声に振り返る。アノールは疲弊と悔みが混ざった表情をしていた。レイティは小さく深呼吸して頭を下げる。背中をノアが押してくれた気がする。


「………ごめんなさいっ!」


 アノールは身長差あるレイティを勢いよく、だけれど親愛を込めた優しい手つきで抱きしめる。


「レイティが謝ることじゃない。兄の私は恥をかくかもしれないお茶会に参加することを阻止しようとしたが、そうではなくて兄は妹の参加したい願いを応援して少し早くてもマナーの講師を付けることを願うべきだったからな」


 悔しそうなアノールの声色を聞いてレイティは堅く口を結ぶ。そして大きなアノールを短い手ながらに背中に回す。


「ところでお前はここで何していた?」


 アノールの言葉でこの場にノアがいることを思い出してレイティはアノールから体を離して元見ていた場所へ振り返る。だけれど、そこにあったのは春の風のみ。ノアはいつの間にかいなくなっていた。


「ここにね、とっても綺麗な少年がいたの。七色に耀く白い髪でね…」


 レイティは虚空を見ながらそうアノールに訴える。


「そうか……王宮にいる少年ということは、多分その子は…………王子様だ」


 レイティは目を輝かせて両手を唇に当てる。アノールはレイティの様子を見て頬を緩める。


「いい出会いがあったのか?」

「うん!」


 レイティが元気よく返事するとアノールは彼女の頭を撫でる。


 その日からレイティは今度こそ失敗しない為、お茶会で嘲笑った人達を見返す為、マナーを猛特訓した。その甲斐あってマナーの講師を12年でしかもその講師が教えた生徒の中で最年少で唸らすことができた。


 しかし、再び第4の姫主催のお茶会が開かれることは無かった。なぜなら姫はレイティがのノアと出会ったお茶会の9ヶ月後、自身の魔力を抑えることができず暴走させこの世を去ってしまったからだ。


 葬式に参列し、最後に見た第4の姫はノアより銀色で7色には輝かない手入れされた髪に銀色の長い睫毛が生えた瞼は閉じられている。春の鮮やかさとはかけ離れた弔れた画一的な白い花は彼女に似合わない気がした。






 目を開く庭園に面した外の風が通り抜ける廊下は西に傾いた太陽の光が線を作りながら照らしている。レイティは素敵で儚い記憶を思い出し口元を緩めてステップを踏みながら歩く。第11の君を護衛していた騎士の数人がこちらを奇妙なものを見る目付きで確認してきたが気にしない。


 ステップを踏んでいるうちに楽しくなったレイティは水平に一回転する。レイティが着ている水色のドレスが膨らんで重ね着している白いレースたっぷりのスカートが少しばかり見えてグラデーションを作る。


「レイ」


 そうレイティを呼ぶのは彼だけだ。レイティは声のする方を向く。その勢いで彼女のプラチナブロンドの長い髪が揺れる。


「ノア!」


 目が合った2人は互いに表情を緩める。


「遅いから心配して来ちゃった」

「あ………ごめん、第11の君の可愛らしい姿にちょっと見とれていたの」


 レイティが肩を落とすとノアは倒れてないなら良かったと肩を優しく叩く。そして指を口元へ持ってくる。


「あと、それから他の人の目がある時は?」

「うっ……」


 周りを確認すると第11の君の護衛騎士の他に廊下を歩く王の側近候補達がいた。レイティは手に持っていたノアに届ける書類で顔の前に壁を作る。ノアはそんなレイティの様子を面白そうに笑う。


(ノアはいつでもわたしのことを『レイ』って愛称で呼べるのに…)


 そう心の中で悪態をつく。そんなレイティの心の中を知ってか知らずかノアは笑うのを辞めて、優しい出会った時と変わらないいつもの優しい表情でレイティに手を差し出す。レイティはノア拗ねた振りをしてそっぽを向いて手を重ねた。


 2人が出会ってから36年。同じ春の風がまた花弁を運んで来てくれるだろう。そしてその温かな風が2人を何百年と包むことを願わずにはいられなかった。

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