2話ー②
レイティは突然現れた美少年に驚きつつ小さく頷く。
「そっか」
美少年の返事はあまりに素っ気なかった。表情を緩めもせず声をかけて来た時と同じ声トーンで淡々と。まるで感情がない形が美しく設計された彫刻のようだと思った。
「体調がわるくないならよかった」
そう言って美少年は泣いているレイティをその場放置して立ち去ろうと屈んで覗き込んでいる体制から元の姿勢の良い立ち姿に戻ってレイティから目を離す。
「まって…」
レイティは立ち去ろうとする美少年の上着の裾を縋るように掴む。美少年はレイティの行動に振り返って不思議そうな顔をする。
(体調は悪くない、動くこともできる。今日は姉上がお茶会を開いていただろうからそこの招待客だろう。迷子なのだろうか?それともやはり体調不良で歩けないのだろうか?)
美少年の脳内は大体こんなことを考えていたのだからレイティがどうして人気の無い場所で泣いていたのか、どうして自分が立ち去るのを拒んだのかの回答に辿り着けなかった。
「立てる?」
「うん…」
美少年はレイティに手を差し出す。その姿は王子さながらで陽の光を受けて輝く髪が美しいと子供ながらに惚れそうになる。しかし、手を差し出した彼の方は全くそんなことを気にもしておらず、まず立ち上がることが出来るかの確認程度だった。
「よかった、歩ける?」
そう言ってお茶会会場方向に向いて1歩踏み出そうとしたがレイティは返事をせず歩き出そうとしない。それどころか掴んでいる手を強く掴んで自分側へ引っ張って抵抗する。
「歩けないの?だいじょうぶ?」
美少年は慌てて振り返る。そして王宮の医務室まで運んだ方がいいかなと審議していると、レイティが大きく首を振る。
「ちがうの、もどりたくない!」
「…もどりたくない」
美少年は復唱して意味を吟味する。レイティは難しげに考え込む彼を見て不安に襲われる。2人の間に沈黙が流れる。遠くて近いところから流れてくる花の匂いがやけに鼻についた。
「…その、ごめ…「わかった」」
気まずい空気に耐えれなくなり謝罪の言葉を告げようとした時、美少年が言葉に重ねて言った。「え」と彼を見ると先程までの難しい顔から最初の仏面顔に戻っていた。
「僕もちょうど口のうるさいきょういく係からにげて来たところなんだ。いっしょにここでかくれていよっか」
美少年は口の端を微かに上げ悪戯をする表情をする。レイティは彼の優しさに今度は嬉しさに涙が出てしまう。
「ありがとう」
そうレイティが言うと美少年は微笑を浮かべた。それは穏やかでどこか作ったようなものだとレイティは感じ、自分の身勝手な事情に振り回してしまったと申し訳なる。
暫く無言だったが、美少年が気を使ってか話題を振ってくれる。単なる世間話だったがまだ社交界デビューを果たしていなく普段兄と幼なじみ兼婚約者であるフィンクス以外の子供と初めて話したレイティには彼との話は良い刺激となった。
甘い花の香りと温かい風が鮮やかな花弁を運んでくる。同時に遠くから賑やかなお茶会の音を拾う。
『まぁ、レイティ様はお可愛いこと』
第4の姫の冷笑を浮かべた表情で言った言葉を思い出す。周囲の他の招待客はレイティを冷えた目で見て忍び笑いが聞こえる。友人と会話していたアノールは慌てた様子でレイティの側に寄り、場を鎮めたが明らかにレイティはミナミノ公爵家に恥をかかせてしまった。
「わたし、わがまま言っておちゃかい参加したのにしっぱいしちゃった…」
レイティは俯いて顔に影を作る。美少年はレイティの震えた小さな声に顔を向ける。先程までの明るい雰囲気から仄暗くなってしまったが彼は気にする素振りを見せなかった。それどころか優しげな表情で耳を傾ける。
美少年の様子にレイティは安堵を覚え、直ぐ今日のお茶会の酷い失敗の話をしてしまった。纏まりのない幼稚なレイティの話を彼は相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
レイティは全て吐くことができてすっきりしたが、単なる初めて会った知らない人の後悔を聞かしてしまったことに気が付き恐る恐る彼の顔色を確認する。
「そっか、話してくれてありがとう」
ゆっくりと目を合わせてくれる美少年の顔は相変わらず優しげな表情だった。背を向けていた低木に体を向ける。そして近くにあった蕾を両手で覆うと蕾の周囲が仄かに柔らかな緑色の光が包む。
「今回取り返しのつかないしっぱいをしちゃったんだよね」
「うん…」
美少年は手元に集中していて、額には少し汗が浮かぶ。
「なら、次までにマナーをかんぺきにして今日わらっていた人たちを見返そうよ」
「そんなことできるかな…、みんなわたしよりずっと年上で…」
レイティは俯いてドレスの裾を握り締める。
「できるよ」
はっきりとした言葉に跳ねるように顔を上げる。そこにはレイティを真っ直ぐと無機物みたいに澄んだ瞳を向ける彼がいた。
「だってマナーを学ぶのはこれからでしょう?先に諦めてどうするの」
そうかもしれない、レイティはそう感じた。彼の言葉には妙な力があって不思議と前向きになれる。レイティは微かに笑ってしまった。それを見た美少年もまた目を細める、右手でレイティの頬をさらりと撫でる。髪が持ち上げられて顔の横を爽やかな春の風が通り抜ける。
「それに君はわらっている顔がかわいい」
頬を撫で終わった右手が頭に先程彼が魔法で咲かせた花を乗せる。レイティのプラチナブロンドによく合う鮮やかな奇跡とも謳われる青色の薔薇だ。レイティの瞳の中に色とりどりの花弁と共に写る美少年はきっと世界で1番美しい。
「レイティー、どこいったのー!」
遠くからレイティの名を呼ぶ兄のアノールの声が聞こえる。少しづつ近づいてくる声に肩が竦む。
「人はきちんとあやればゆるしてくれることが大多数だよ」
慰めの言葉にレイティは力強く頷く。彼には勇気づけられてばかりだ。自ずとそれぞれ立ち上がる。彼にアノールが向かって来ている方向へ優しく背中を押されるけれど、レイティはふと美少年の名前を訊いていないことを思い出し踏みとどまる。彼の方へ向き直ると不思議そうな顔をする。
「あの!名前、おしえてほしいです…」
初めは勢いよく出た声だったが次第に小さくか細い声になっていく。それでも彼は最後まで聞いていた様でレイティの言葉の意味を理解した時、困ったように整った形の眉を下げてしまう。
「……ごめんね、ぼくには教えれる名前がないんだ」
暫くの沈黙の後、意を決して口を開いた彼の返答は切ないものだった。