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3話ー⑩

 春の生暖かい風が耳に当たり、プラチナブロンドを泳がせる。木々は新緑の若葉を見せて動物達は新しい出会いを求めて旅立つそんな季節にレイティは山の絶壁に建つ白く美しい神殿を訪れていた。


 この神殿で龍化の儀が行われてから早いことに2ヶ月が経とうとしていた。神殿の壊れた柵のデッキの向こう側、落差約100メートル下の雪は溶けて第2の君の遺体が発見された。雪のおかげか損傷や腐食は酷くなく恙無く葬式が行われて今は他の王族の兄弟姉妹と共に土に眠る。


 訪れた目的はノアとフィンクスと久しぶりにお茶会をしようとのお誘いが来た為。この瑞々しい季節によく合う若葉色から碧色へと端にいくに連れてグラデーションになっているドレスを白い薄めのブラウスの上から身に纏う。髪をハーフアップにしてフィンクスから貰った時からずっと大切に使い続ける黒いリボンで飾れば完璧だ。


 神殿にお茶会を開けるような場所が有るかと訊かれれば無いが、テーブルと椅子を外へ出し、テーブルクロスを敷いて趣味の良いお菓子と紅茶を並べて、そこに3人集まればそれだけで十分贅沢なお茶会の完成だ。


 背の高い薔薇が咲く低木を曲がれば芝生の上にレイティが望むそれらが並んでいる。長い期間神殿に閉じ込められる王子王女の精神面を考えて作られた狭い庭園なのだが圧迫感を与えない。


 ノアはレイティの姿を認めると陽だまりのような微笑みを見せる。


「来てくれて嬉しいよ」

「わたしもノアにまた会えて嬉しい!」


 そうノアが言ってレイティは笑みを返す。フィンクスはレイティが到着した直ぐ後に姿を現したことで、最後となるとはこの時はまだ知らない幼なじみ3人のお茶会は始まった。


「ここまで足を運んでくれてありがとう、本当は僕が王宮に帰れたら良かったんだけど…」


 ノアが申しあけなさそうに言う。未だ龍化が確認できていない、国王が成功したと言ったから失敗していることは無いだろう。しかし、儀式終了から龍化までの期間があまりにも長い。時差で起こる龍化は2000年前から少しづつ観測されるようになり、今では殆どがそうで時間も伸びてきている。記録された中で最長でも1ヶ月であるから龍の力はかなり弱まってきていることを物語っている。


 そして龍化が終了するまで通常は神殿の結界の外に出ることは禁止されているが、王宮の結界のように制限するものではなく補助が目的であるから出ようと思えば出ることは王宮から出るよりも簡単だ。


 ルーナ地方への調査後、第11の君は帰城した際に教育係からこっぴどく叱られたらしい。だが、第11の君が来てくれたおかげで助かったことも多く、問題も起こらなかったのでフェローを入れさせて頂いた。


「よかったらこれを…」


 お茶会がスタートして始めに切り出した話題は龍化の儀が終わってからずっと渡したかった組紐だ。龍化の儀から今日までノアに会ったのは初めてだった。王宮ならば何気なく会う機会はあったが、王宮から離れてしまった神殿ではなかなか難しい。手紙に添えて送ることも可能だったが、どうせなら手渡しで贈りたかった。


 ノアに渡すのは黒色と翡翠色と白色の紐で紡がれた組紐。ずっと友達でいられるように、忘れないように、繋がっていられるように、との願いをを込めて作ったものだ。


 ノアは組紐を見て少し目を見張った後、嬉しそうに頬を緩めて「ありがとう」と感謝を述べて受け取る。レイティはノアが受け取ったのを確認すると、袖を捲って右手の手首周りを彩る組紐を見せる。


「こうして手首に巻いたら会えなくなっても忘れないかなって思って」


 ノアはレイティの手首に巻かれた組紐を見て目を細める。彼は静かに紅茶を飲むフィンクスの袖から見える右の手首にも同じようなものが巻かれていて紐が光を反射して鮮やかに光る。


「なるほど」

「結んでもいい?」


 レイティが組紐を受け取れるように両手をノアに向けて差し出す。だけれどノアはレイティに結んで貰うために組紐を預けたりせずに穏やかに首を振る。


「大丈夫だよ」


 そう言って魔術で小さな風を起こして器用に組紐をレイティやフィンクスと同じように右手首で結び目を作る。


 断られる可能性を少しも考えていなかったレイティは気が動転すると同時に違和感を感じる。これまで出会って過ごして来た31年の経験からノアは人からの好意、少なくともレイティからのものは断ったりしなかった。


「そっか…、細かい魔力操作上手いね!」


 行き場を失った手で誤魔化すように紅茶を飲む。いい香りがして口に広がる風味はレイティの好きな種類で自然と顔が綻ぶ。甘いお菓子を食べようかとテーブルの上を見ると、並ぶお菓子を見るとこれもまた好きなものが並べられていた。


「チョコレートケーキ…!」


 その1つに濃い茶色で表面がコーティングされたものがある。16年前、市場に出回り始めたこのお菓子の原料のカカオは今ではすっかり富裕層の庶民にまで広がった。入手が容易になり、カカオを使用したレシピも増えて珍しくなくなったとはいえレイティはチョコレートのお菓子を好む。


 切られた一欠片のチョコレートケーキにフォークを入れるとコーティング部分のチョコレートは感触良く割れて中のチョコ色をしたスポンジとクリームはふんわりと切れる。口に入れれば苦味と甘みが絶妙なバランスで広がる。


「美味しい…!」


 蕩ける表情で言うとレイティを観察していたノアが面白そうに笑う。それを聞いてレイティは自分が幼稚な反応をしてしまったことを自覚して恥ずかしさで赤面する。


「よかった、チョコレート菓子が上手いシェフに作らせた甲斐があったよ」


 微笑んでそう言うノアは光の加減で七色に輝く白い髪と瞳に整った顔立ち、所作も美しく滑らかでいつ見ても綺麗だと思う。そこまで考えてレイティは違和感を抱く、細められた瞳が常の無機物のような冷たさを感じなかった。だけど、それは良い変化でより一層彼の表情が豊かになったと感じた。


 チョコマカロンから以後同じシェフが作ったお菓子がお茶会に必ず一品並ぶようになった。国内有数の大貴族であるミナミノ公爵令嬢にお菓子が気に入られたとでそのシェフは大出世をしたのだがそれはレイティには知らない話だ。

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