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3話ー⑨

 これまでの火の熱さでは無く周囲には凍える冷気が立ち込み始める。それを同時にしてレイティは自分たちを取り巻く細かい水滴に意識を集中させる。


 この水滴達には魔力を感じる。水霊を作り出している姿の見えない何かの魔力なのだろう。第11の君がアノールを襲っている水霊以外の今出現している水霊を氷漬けにしたおかげで氷が溶けるまでの時間ができた。


 レイティの得意な魔術は防御魔術だが、その属性は風属性に由来する。この辺り一体の空気を風魔術で吹き飛ばす。魔法では不可能だが、魔術は創造の世界だ。本人ができると思ったことは魔力の浪費が酷くとも器の魔力が空になろうともできる。


 ならば、今レイティが風を起こして空気を巡回させられると思ったのならできる。目を瞑り、手を胸の前で組む。霧だけじゃない、氷が直ぐにも溶けてまた襲いかかってくる水霊達含めて全てを吹き飛ばす、そんな魔術を思い浮かべる。


 レイティの周りから順に水滴に含まれる魔力の持ち主が変更されていく。彼女は薄らと目を開ける。風と共に水滴が上空へと移動する。そのうち水霊を象った水すらも細かな水滴となって空へ舞い上がっていく。勿論アノールを襲った水霊も。


 霧が消えた空は晴れていた。未だに残る微かな水滴達が陽光に当たって輝く。太陽が顔を見せたと理解した瞬間レイティはアノールの方へ掛けていく。


「お兄様!」


 スカートに泥が付くのを構わずに膝を着いて急いでアノールの怪我の容態を確認する。怪我は酷いが息はある、肩を強く叩き呼び掛けるが返事が返ってこない。


 運び出したいが、他の人が全くの無傷ということはなく、足を引きずっている人が1人、それを支えて脱出するのに1人、レイティが無茶をしたように第11の君も少々無茶をしたようで立っているのがやっとな様子、素早く離れないといけない場に於いては補助が必要。レイティも似たような状態であることから全員で退避は困難に近い。


 レイティは今回の調査でできれば使いたくなかった魔道具に触れる。


(仕方ない、使うか…)


 幼なじみの黒髪の美少年が溜息を吐く幻影が見える。紫紺の紐に緑白色の石が1つ通るシンプルなそれはフィンクスが念の為を思って出発前に持たせてくれたもの。


「第11の君達は早く麓の村までもどってください!」


 彼らの方を振り返って叫べば、こちらを瞠目する。


「それではあなた方が…」


 王宮魔法使いが憂いを帯びた声でそう応える。その反応は当然で守護すべき主を放置して王宮へ戻れば、バッシングを受けることは目に見えて分かることをレイティが理解できないことがない。自分の命の価値は産まれてから正確に把握しているつもりだ。


「大丈夫ですわ!」


 そう言って手に持っているフィンクスから貰ったものを手を上げて見せる。王宮魔法使いの彼はそれが何か分からないようだったが、第11の君は頷いて「行こう」と声を掛ける。王子の言葉に反抗できる程の度胸は持ち合わせていないようで、後ろ髪を引かれる心情でその場を去っていく彼らを見送りながらレイティも緑白色の石に少しの魔力を注ぐ。


 これはフィンクスお手製の魔術具で魔力を流せば彼にレイティの危機的状況を伝えることができる魔法具も組み込んであり、それを元にフィンクスが魔術具を介してレイティの周囲にある人をどんなに遠くても彼の近くまで転移魔術で運べる。転移魔術を発動するのはあちらだから信号を送ってどれくらい掛かるかが分からない所が不満点だ。


 アノールを置いていかないように彼の手をしっかりと握る。後は待つだけだが、湿った地面に含まれる水分が振動しているのを見るに焦燥感に襲われる。


 不意に霊では無く生き物の気配がした。確認するとそこには水色の髪と金色の瞳に不健康な肌の色をした生き物が水に下半身を沈めて佇んでいた。男性でも女性でもないそれはヒトではないとひと目で理解した。ノアや第11の君よりもずっと濃く深いその気配に体が硬直する。


 凝視しているとそれに実体がなく半透明―幽霊という言葉が思い浮かぶ。魂という概念は無く、命あるものは魔力に依存するとされるこの世界に幽霊は存在しない筈だ。レイティの脳裏に幽霊なる言葉が浮かんだのは6年ほど前に300年前に書かれたとされる魂の有無について書かれた本を知っていたからで、他者が見ればその半透明なそれは現存する龍がドラゴニスタ王家以外に見つかったと騒ぎ立てる事だろう。


 生きて帰れたらの話だけど、と付け足す。両者微動だにしないが、それが魔力切れ寸前のレイティ達に牙を向けば抵抗する余地なく殺される。


 手に握る緑白色の石にフィンクスの魔力を感じ束の間安心感を得る。だが、それも直ぐに終わりを告げる。レイティが隙を見せたからかそれが寸前まで近づいていた。レイティを見下ろす表情は死んでいてそれでいて目玉が零れ落ちそうな程開かれていて、それがどういう感情によるものか分からないが不気味だと感じる。


 アノールの手を握り締めて早く転移魔術が発動することを願う。それが手を上げる、何をされるにしても恐怖でしかなく無事を祈って身を縮こませる。


《ネェ、ワタシノタイセツナモノヲシラナイ?》


 それが唇を動かし、レイティ達の方へ近づいてくる。だが、触れれる程距離が短くなる前に白光線がそれの細い首を掠めて長く伸びた水色の髪が散る。


「近づくな」


 呆然と眺めたそれは放った死に損ないのレイティに手を握られているアノールを初めて視界に入れる。それから自身の無造作に切れた髪と見比べる。


《この魔力知ってる。わたしを殺した奴等とは比べ物にならない程弱いけれど。ねぇ、私の大切にしていた骨を知らない?》


 先程よりも聞きやすくなった鳴き声でそう聞く。殺気を纏うアノールの代わりに硬直した首を何とか振って否定する。


《そっか》


 レイティ達に向けたそれの手に魔力を集めだした。攻撃を防ぐ為に、防御魔術をと思うがもう魔力が無い。下手に使えばフィンクスがレイティ達を転移させにくくなるから辞めた方がいい。


 それの手の内が光る。身構えたレイティ達を包んだ光はどちらの術か―――


 石の冷たく硬い感触に目を開ける。華やかでは無いが春の匂いがする空気。白い柱に影を作りながら差す光は温かな色を見せる、見慣れた王宮の一角。


 レイティとアノールは助かったのだ。


 2人を仁王立ちして見下ろすフィンクスはボロボロな様子にレイティの予想通り溜息を吐く。それが何ともレイティに安堵を齎した。緊張から開放された体は力なく倒れる。それをフィンクスに呼び掛けられて転移で帰ってくるレイティ達を待っていた侍女に受け止められた。


 第11の君達は無事に麓まで抜けれただろうか、フィンクスは自身の近くからや共にならば100人単位で知っている場所から場所ならば転送できるが、今回はフィンクスはまず、ルーナ地方を資料でしか知らない。さらに誰がいるかも分からなければ大人数をフィンクスの近くへ転移させるのはかなり難しいらしい。


 転移させれるのはレイティだけと基本考えろとの説明されていた。なのにできるだろうアノールまで転移させてくれたのだから有難い。転移魔術発動まで時間が掛かったのはその原因もある。


「もう少し早めに言ってくれればいいものを…」


 フィンクスは連れていかれる2人を見送りながら愚痴を漏らす。次渡すとなれば状況を知ることができるようにも改造を加えたものを渡そうと決意した。

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