3話ー⑦
足で蹴る土壌は紫色の砂埃を上げ、木々の銀と紫、緑と様々な異様な色の葉を生い茂げさせ、木の幹は平凡な薄茶色かとも思えたが、銀のラインが光る異様な森、ルーナ地方。ここにレイティは兄の優れた魔術師であるアノールと共に訪れていた。
目的はルーナ地方の異常現象の調査。冬を乗り越え、一部標高の高い地域を除き雪が溶けて厳しい寒さから暖かくなるにつれて新芽が一斉に芽吹きだした季節。漸く追われていた執務にも目星が付いた為、騎士団を派遣して押し止めるだけであったルーナ地方の異常的に魔物が増加している原因を探ることができる。
しかし状況は明るいものではない。昨年の洪水を受けて堤を作る案が採用され、秋に下見をするための調査団6人程が派遣されたのだが、その調査団助かった1人を除いては川を計測する際に何らかの魔物によって惨殺されていた。
川の付近の拠点としていた村の住民が帰りが遅いことを心配し、夕暮れの道をランタンで照らしながら川へ続く道を出たところで草むらに埋もれて負傷の酷い調査団の1人を発見。一命を取り留めた彼は震える声で「水霊を見た」と証言。
霊は龍が作り出した下僕、ドラゴニスタ王国を治める王族は霊を創造できる程の能力をかなり昔には失っている。だとすればこれはかなり危うい状況だと言える。
調査団に同行した王宮魔法使いは水魔法の手慣れだが、水から生まれた水霊に勝てるはずが無く遺体で見つかった。水霊は実態が無いため物理攻撃が効かない。魔法で倒すにも一定以上の火魔法、氷魔法が必要で、他にも無茶な方法はあるが水霊らが自由に水へ還り生まれとする為強敵と言える。
幸か不幸か冬が到来し、川の表面に薄く氷が貼った為水霊が発生しなくなり、他の霊が発生しないことから主に水属性の龍だと知れた。ちなみに王族の祖となる龍は神話時代は全属性を使えたと伝わる。
今回の調査では麓の川の村付近を住処とする水霊の討伐とルーナ地方の森に入り川の源流へ移動して根源を確認と討伐を行う。川に沿って源流まで移動したいところだが、雪解け水が流れて水量が増加している上に水霊の出現も甚だしいとの報告が上がっているため、危険だと判断した。
調査予定は既に様々なトラブルによって変更が成されている。1番大きなトラブルと言えばそう、今ルーナ地方の森林内を歩くレイティ達の後ろを追いかけてくるノアに似た純白の髪にアメジストのような瞳を持つ11の君が馬車に積んでいた持ち物に紛れて付いてきたことだろうか。
彼は王城を密かに出て1度ルーナ地方に訪れて謹慎を受けていたが全く反省していないようで発見時は焦った様子を見せたが今では緊張が充満する場の雰囲気に似合わない楽観的な笑顔で楽しそうに会話しながらここまで着いて来る。
だが、彼が着いてきたことで助かったこともあり、第11の君の実力が公開されたことは無かったが、水霊の討伐は彼の火魔術のおかげで速やかに完了することができた。業火とも呼べる巨大な火の塊を扱うその姿は美しく、けれども残酷で人へ向けば抗う術は無いとさえ感じる。
「ふぅ〜、とーばつかんりょー!」
「まだ終わってないぞ」
狼を一体火槍で串刺しにして焼き付くすが、狼は6から8匹で群れを作り行動する。既にアノールと第11の君で5匹倒した。しかし、これも異常現象の一環なのだろう、周囲の木の物陰には確認できるだけでも10匹分の赤く光る目がある。
「えぇ…、そろそろあきたー。ここで一気に森ごと焼いちゃだめぇ?」
「駄目だよ、第11の君は狼と共に死ぬことをお望みかい?」
アノールはあやす口調で第11の君を諌める。消火に時間を要することになるし、調査が困難になる。さらに火を入れればこの異常現象を引き起こしている原因が逆上する可能性が無いわけではない。
駄々を捏ねる第11の君に向かって体長が3メートル以上ある狼が遅いかかる。レイティは素早く第11の君と狼の間に防御魔術を展開する。狼の鋭い爪が防御魔術のシールドに当たり酷い音を鳴らす。
第11の君は驚いたようで怯むが立ち直してレイティが防御魔術解除後、忽ち火魔術で自分を襲いに来た狼の体に大穴を空ける。
レイティは属性の中でも風属性、水属性との相性が良く、防御魔術を得意としていて、心許ないが回復魔術も扱える。後方支援としてこの場に招かれているだけではなく、普段王都に引きこもりがちになる彼女の見聞を広めるためでもあり、120年程前に龍の骨が見つかっていることから龍の気配や龍力をよりよく知る者を連れて確認したかったためでもある。だが、後者の役割は第11の君が着いて来ているので、レイティまで森に入る必要は無かったが、本人が行かないことを拒絶した。
第11の君を呆れた様子で見る余裕のあるアノールを後ろから赤い目を光らす鈍く光る銀色の毛を持つ3匹の巨大な狼が襲いかかる。
「おにいさま…!」
そう声を上げてレイティが防御魔術を展開させる間もなく、アノールは狼達の方へ振り返って肩腕を右から左へ振る。するとそれに合わせて狼も右から左へ吹っ飛ぶ。見れば鋭く尖った細い岩石が3匹分の頭蓋骨を貫いて近くの崖に刺さっていた。
その後ややあってその場にいた狼は全て無事討伐が完了した。当たりは狼の血の海があってその中心に砕けた死体が転がる。
「ひぇ…」
レイティは戦闘が開始してからとうに足に力が入らなくなっていて座り込んでしまっている。ここまでの惨い戦闘と目の前に広がる惨殺された死体に吐き気がして片手を地面に着き、俯いてもう片方の手で口を抑える。
(完全に足でまといよね、わたし…)
こちらに近づいてくる足音を聞きながら必要でも無いのに無理に着いてきたことを反省する。彼らは自分の身も然ることながら始まって早々に座り込んでしまったレイティのことも護りながら立ち回る必要ができてしまった。
「大丈夫か?」
「一応…」
レイティの体調が悪そうな様子にアノールは心配そうに声を掛ける。
「血の臭いに他の魔物が寄ってくる前にここを離れる必要があるんだが……歩く余力はあるか?」
「なんとか?」
アノールは辺りを見渡した後、そう言った。腰が抜けて立ち上がれそうにないレイティの腕を掴んで引っ張るが、足に上手く力が入らない。立ち上がりすら難しそうなレイティを見て溜息を吐き、彼女の体を軽く持ち上がる。
「一緒に行きたいと我儘を言ってしまってごめんなさい…」
「全くその通りだ」
レイティが縮こまって謝罪を口にするとアノールは肩を竦める。
「だが、止めなかった私も悪いな。妹が箱入り娘だということをすっかり忘れていたよ」
森の深淵部に向けて歩みを進めながら後悔の表情を見せる。レイティは狼を討伐した場所から離れた異臭が引いたところで地面へ降ろしてもらう。森林特有の地面の感触を感じながら紫と銀と緑が彩る木々の下を歩く。