1話ー②
遅くなりました!
石畳で整備された王城とドラゴニスタ王国随一の王都を繋ぐ道上を丁寧に日頃から手入れされていることがひと目で理解できる美しい毛並みの馬が引く豪華な馬車の中でレイティとフィンクスは向かい合わせで座っていた。
道が整備されている上に貴族が乗車する馬車は決まって揺れや衝撃を少なくする魔術式が組み込まれている。更なる生活向上を狙う貴族が競って投資する為馬車の技術進歩は早い。
最近では馬が引かない馬車―馬がないので車なるものも微々ではあるが開発されかけている。しかし実用には長い歳月が必要そうだ。
柔らかいクッション性の高い座席にゆったりと腰掛け脚と腕を組むフィンクスは少しばかり不機嫌そうにレイティを見つめていた。
「王族と親しくするのは良いがあまり深入りするな」
「あれくらい良いではありませんか」
レイティはそっぽを向いて口を尖らせる。第6の君とお茶会をする度にフィンクスはレイティに同じことを忠告するため既に聞き飽きたセリフだった。
「今日会った彼らはどちらかは必ずいなくなる、いやどちらもいなくなる可能性だって十分高い」
「それがどうしたというのですか?」
フィンクスとのこのやり取りだって何十回目だ。どちらかがことを無視をして流すことができれば軽減できたであろうが、2人の仲はこの案件によって険悪へと向かっていた。
「話し相手が欲しいのならば私が付き合うことができる。生涯一緒にいることだってできる」
レイティは綺麗な顔を顰める。元来2人は婚約者、それは双方が産まれる前より親により定められていた。レイティはフィンクスのことを嫌いではなく、むしろ国を支える為に勉学に励む姿や王族以外には隔たりなく公平に接する点に着いては好感を抱いていた。ただこうして意見が対立しているだけだ。
「彼らはいつか私達の前から居なくなってしまうのだぞ」
「それが何だっていうの?いつ居なくなってしまうかもしれないとしても彼らだって今を生きているのよ!」
レイティは声を張り上げて逸らしていた目線を真っ直ぐフィンクスに向けて言う。
フィンクスは龍の血を引く王族を正しく見ている。彼らは自分達とは違う生命体だと考えている。それは龍の強力な力やヒトとは違うものの考え方や価値観、習性、これらを細部までよく知り考察することでその答えを出したのだ。そうでなければ、ヒトによく似た外形に惑わされヒトと同様の生き物だと考える。
だけれどレイティにとって龍の詳細をいくら知ろうとも違う生き物だとは理解出来なかった。龍には感情がある。全く思考回路が違うとも寂しさや喜び、愛おしさは感じることができるはずなのだ。だから龍の血を引くから直ぐ死を迎えるからと疎遠に置きながら龍として祭り上げられるのは自分勝手な考え方だと感じてしまう。
成長のスピードは魔力量の多いヒトと同じくらいなのだ。誰かに甘えたいだろうし、褒められたい、友達だって欲しいだろう。それを龍であるからと否定するのは龍を学ぶ前より王子王女達と仲良くしていたレイティにはしたくなかった。ただしこれらはレイティのエゴであることを忘れてはならない。
レイティは視界がぼやけ冷たい涙が頬を伝うのを感じる。きっとフィンクスと王族―龍について理解し合えることはないと感じてしまう。将来共に王となった王子か王女を支える使命を同じくしてすることができるのか不安が募る。
「もしフィンクスが親しくなった彼らがいなくなってしまうことを最初から恐れて正当な言い訳をつけて避けているのなら、わたしは貴方を軽蔑するわ」
フィンクスは苦虫を噛み潰したような表情をし、大きく息を吸い諦めたように目線を下へずらす。しばらくの間2人の間に沈黙が降りる。車輪の音すら聞こえない高性能な馬車内で唯一聞こえるのは微かな街中の騒音程度だ。
「…確かに私は親しくなった友人を失うことが怖い」
独りごちのようなフィンクスの形の良い唇から紡ぎ出された言葉は常に背筋を伸ばしているフィンクスにしては弱々しい声だった。
「失うことを分かっていなから、私や他の友人と変わらず彼らとも親しい友人でいれるレイティはすごいな…」
フィンクスは下向きがちな目線を少し上げると葛藤する苦しげな表情が見えた。
「…だけれど彼らが私達が仕える敬愛すべき君主である以前に龍であるということを忘れてはいけない」
レイティは奥歯を噛み締め飲み込めないフィンクスの忠告を正確に理解した。論を通す時に1度相手の主張を受け入れると自分の主張が相手に届きやすいとはきっとこのことだろう。
「……死の運命なんてなければいいのに」
死の運命が存在するからこそ王族は龍としての絶対的な力と威厳が実現できる。血を絶やすことなく、外に漏らすことなく現世に残る最後の神話を証明する存在と成り得ることができるのだ。
レイティの願いが叶うことはない。願いが叶えば王族への畏怖は形を失うことを確かめることなく理解することができた。王族への畏怖と尊厳によりひとつにまとまっているドラゴニスタ王国の安平を保つため、将来国を支える一柱となる者が言ってはいけない発言だったと自覚して無性に虚しくなる。
フィンクスは落ち込むレイティを眺めて席を自然とレイティの横に移し優しく宝物を包み込むようにそっと抱きしめた。
2話まで書き終わっているので定期的に更新します。よろしくお願いします(* . .)))