3話ー③
機嫌を損ねたレティの反応を見て顔を遠ざけたモニカは眉を下げる。
「何か言いたいことがある顔ね…」
「はい。第6の君にはかなり良くして頂きました」
レティは同じ背の高さのモニカを見つめて言い切る。
「そんな殿下を邪険にはできませんわ!」
「……そう」
少し声を荒らげたレティに向かってモニカは落ち着いた様子で、一見冷たい態度を取った。他の第6の君付きの使用人達が大声に振り返り2人の険悪感に困惑しているようだ。
「あなたの心遣いは素晴らしいわ、だけれどそれを人に押し付けないことね」
「貴方達はそう言い訳をして殿下に対して不当な扱いをするのですね」
諭すように言うモニカにレティは侮蔑を含めた目線を寄越す。モニカはレティの批判的な態度に反感を覚えたようで顔を顰める。
「ならば聞くけれど王と定かでもない一王子に命を掛けることができる?重症を負って二度と社交の場にでることができない体になることが許されると思う?そこまでして情を掛けた者はこの世に居らず、王となった者は兄弟に対していくら心を砕いたと知っても一蹴するだけよ」
その表情には悲壮感が浮かんでいたようにも捉えれる。
「それならば何不自由無い体のまま次の職場へ配属された方がずっといい」
怪我を負って辞めていく気のいい仲間達を遠目で思い出しながら答えたような切実な確信が読み取れる切なげな表情だった。
「でもだからって……、殿下は貴女達の主人なのではないのですか?」
「えぇ、今だけのね」
モニカの皮肉が含まれた声色にレティの中に不快な気持ちが広がる。それが表情や言葉に棘を出したようで言い争いはエスカレートして行く。それは他の第2の君や第11の君に仕える人達が近くを通る時、思わず見てしまう程だ。
「殿下は従僕や侍女達にも優しく平等に接し、政治や風土、魔法の分野に関してまで詳しい聡明な方です。貴方も彼に助けて頂いたことは無いのですか?」
「無いとは言えないわ」
眉間に皺を寄せてモニカに反論する目線を向けると彼女も次第に初めの悠然とした穏やかさが消えていく。
「なら恩を仇で返すのですね」
「些細なことばかりよ」
レティの言葉をモニカは鼻で嘲笑する。それはどこか自嘲でもあるように感じるものだった。
「些細な親切を自然と積み上げていける方が第6の君なのです」
「…だけれどわたし達使用人と距離が近いことも魔法―殿下は魔術まで扱えるときくけれど、これは不安要素でしかないわ」
レイティはノアが幼い頃から努力をしているかを近くでずっと共に過ごす中で見て来た。第9の姫が誇示するのに対して彼は何一つレイティにどれほどの知識を有しているのか、どんな魔法が使えるのか教えなかった。
だけれど、レイティとノアとフィンクスとの3人でお茶会を開いた時に会話に困ることは無かったし、レイティが見落としていたり、知らないような知識を教えてくれることもある。
なによりレイティとノアが最初に出会ったレイティかまだ魔力操作すらままならなかった第4の姫のお茶会時―当時11歳だった彼は既に花を咲かせる魔法か魔術が使えた。
「魔力を自由に複雑な操作できれば魔力暴走はより強力になるし、使用人達との距離が近ければそれだけ巻き込まれやすくなるのよ」
第9の姫はずっと魔力操作ができなかったが、最後は魔力の膨張により偶然によって扱えるようになったとの噂だ。それも相まって姫付きの侍女は重症を負った。
魔力暴走で今世1番の被害を出したのは37歳まで生きた第1の君だ。彼はノアよりも幼い頃にして魔術に精通し、お忍びで魔法学園の魔術研究部に入り浸っては何度も謹慎の刑を受けた。そんな彼の最期は甚だしく、周囲3メートル範囲に及ぶ全てのものを破壊してこの世を去った。優等生で1番初めの王子としての認知度は高く、周囲には人が常に集まっていたらしくそれが仇となった、56年前―レイティやノアが産まれる前の話だ。
「それは唯近付きたくないだけの言い訳に聞こえます」
たとえ前例があったとしてもそれを理由にしてはならないと思った。使用人達はそれを理解し同意した上で王宮での職と誉れ、他所より高額な給金を手に入れることができるのだ。さらに離宮勤めの使用人達へは王宮の中でも割高で、万が一の際には手当金が出る制度までが整備されている。
だから手を抜くことは許されていない、そしてモニカ達侍女も恐れているからと言う理由で手を抜いている訳では無さそうだった。思いやりを配れる程の余裕が無く、自分たちの今日の安全のため作業的に必要な世話を進めてきただけに過ぎない。それをこうも言われれば普段温厚なモニカも憤りたくもなる。
(ノアにだって感情があるわ)
人の気持ちを全く察せれない一部の龍もいるが、少なくともノアは感受性に長けた印象がある。人が悲しんでいれば寄り添い、困っていれば励ましてくれる彼が自身に厭悪を感じ取れないわけが無い。
「あなたは知らないからそう言えるのよ。そこまで言うならば侍女の仕事を全部代わって頂戴。そうすればあなたが世話をするのだから文句なんて無くなるでしょう?」
レティが拳を握りしめて批判しようとすると先にモニカが口を開く。モニカが言った内容に驚きを隠せないが、同時にその提案はレイティにとって有難いものだ。
「わかりました」
そう呟くと提案してきたモニカの方が仰天したようでノアの部屋の方向に向けて翻したレティを止めようと手を伸ばしたが空を切る。「ちょっと待って」と声を掛けたが、レティの脳内にはこれからしなければならない必要最低限リストが至急作成されており、モニカの声は聞こえなかった。
「………真っ直ぐで真面目な子ね」
既に階段を登ってしまい視界からいなくなった突然配属された自分より年下に見える同僚を思い独りごちる。彼女の後ろで経緯を見ていた第6の君付きの他2人は呆然としていたが、そのうち1人が動く。
「つ、ま、り、もう魔力暴走気味の王子とは会わなくていいってこと?ラッキ〜」
楽観的に軽い口調でそう言うときつく巻いたツインテールを揺らしてその場を離れようとする。
「そんなの駄目だよ!わたし達のお仕事は第6の君のお世話なんだよ!それを放棄したりしたら…」
弱気なもう1人の侍女はおどおどとした様子で必死にツインテールの侍女を諌める。
「んじゃあ、ルリアちゃんはあの王子に命を掛けても仕えていたいわけ?」
「それは……」
口篭るルリアと呼ばれた侍女をみてツインテールの侍女はし忍び笑いをする。
「第6の君はお優しい方だったから是非とも王様になって欲しかったんだけどな〜、残念」
「まだ殿下は死んでないよ!」
天を仰ぎながら思っても無いことを饒舌に口走る彼女に小動物のように震えながら訴えているが、言葉遣いは惨いものだ。
「え、でももう無理でしょ」
呆気に取られた様子でルリアを見ながらそう言うが、言外にまたか〜と言う悲痛な嘆きが隠れていた。
「あーあ〜、どうせなら第11の君に付きたかったな〜、あの方となら気が合いそうだったのに」
ツインテールの侍女は第6の君付きになる前は第10の姫に7年間仕えていたが、3年前に第10の姫の命は尽き第6の君の配属へと変わった。移転先の職場環境に不満は無いが、こうも直ぐに駄目になると嫌気が差してくる。彼女は未だに手放すことができず机の引き出しに入れている第10の姫から貰った押花の栞を思い出す。
しかし、第6の君は彼女達の予想に反して回復していった。それはレティの懸命な働きによるものか、将又王宮医師の診断通りただの風邪だったのかは定かでは無い。