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2話ー⑲

 レイティは量の少ない書類を片付けて、夕日が照らす王宮の庭園に出た。王都で今年初めの雪を1ヶ月前に観察され、それ以降徐々に増えていく積雪量は低木を覆い、除雪された石が敷かれている庭園の道には薄く氷が張っていて1歩進む度に氷の結晶が潰れる音がする。


 晴天となった今日は雪と氷が夕焼けに照らされ暖色を主に虹色に輝く。初冬に付けた蕾は雪に覆われようとも鼻を咲かせ、庭園を訪れる人々に束の間の癒しを与える。


 レイティの仕事量は依然として少ないままだ。何度か訴えたのち戻してくれなさそうな雰囲気にレイティは諦めをつけ近頃は執務以外で何か役に立てないことは無いか模索した結果、彼女の1番役に立つことは休息を取ることだという結論に至った。雪解ける春に彼女のあにであるアノールは魔法学園へ戻るそうだから、安心させて見送るために今は体調を整え不測の事態に備える。


 小走りで離宮に向けて駆け抜けていると氷が太陽の熱で溶けた部分で滑りそうになる。体制を崩しそうになったところで風魔術を使い体を支える。


 それはそうとして今日急いでいる理由はレイティが握り締めている手紙の中の文章にある。


―第6の君が風邪をひいた―


 この文章が届けられたのは昼前頃だ。自堕落な生活は決して送ってこなかったノアが呼びかけに反応せず、心配した侍女が確認したところ高熱を出していたらしい。


 すぐさま宮廷医師が呼ばれ病状を確認したところ風邪という診断結果に至った。だがいくら龍を診るプロフェッショナルだとしても、王妃が13番目の子供を産んだこの時期だからか胸騒ぎが収まらない。ノアまでレイティの傍から居なくなってしまうのではと胸に重石が伸し掛る。


 見慣れた離宮の入口に立つ騎士に会釈してレイティは中に入る。階段を登り3階に到着し、階段から3つ目の部屋。そこがノアが幼い時から使用する部屋だ。部屋といっても一人一人の部屋は大きく、それぞれの個性が出る小部屋が4つに1番奥にあるメインの部屋が寝室だ。


 レイティはノアの部屋にノックをして入った後は彼の専属侍女に連れられて寝室に入る。細かな刺繍の入った天蓋の掛かったベットと、埃1つ被っていない棚やソファも置いてある。どれも高級品で揃えられ家具は使用感をそれほど感じない。唯一形が崩れ、人の気配がある寝台にレイティは近づく。


「ノア……」


 横たわり苦しそうな呼吸を繰り返すノアを見たレイティは7色に輝く白い髪を持つ彼がもう二度と瞼を開けず摩訶不思議な白い瞳を見せない未来、この世を手放してしまいそいな不安を感じる。


 レイティは寝台の側に立つと口を紡ぎ、手に持っていたお見舞いの小箱を案内してくれた侍女に手渡す。直接渡せたらと思っていたが、予想以上に深刻な状態にお見舞いの品のポプリは侍女に預けて飾って貰うことにする。


 部屋を出ていく前にもう一度ノアの顔を見る。いつが最後になるか分からない。第9の姫は突然として亡くなり、今年の晩秋、産まれて姿すら知らない末子の第13の姫は初雪が降る夜、静かに冷たくなったらしい。


―レイが僕を覚えている限りずっと一緒だよ―


 湖が見える山に囲まれた白い花畑の中でノアが言った言葉を噛み締める。


―彼らはいつか私達の前から居なくなってしまうのだぞ―


 古い幼い日、馬車の中でフィンクスに言われた言葉を思い出す。ノア達龍の血を王族の子供は高い能力の代わりに1人しか成人する事ができない、代償でもあり呪いでもあるそれは彼らの運命だった。そしてその運命を背負う彼らと関わり補助をし、そして見送るのが彼らが齎す豊かさに身を置く人々―レイティ達の定めだ。


 ノアに起こさないよう気をつけて「またね…」別れの言葉を言って彼に背を向けた時、布団が音を立てて動く。


「レイ」


 やけに鮮明に澄んで聞こえた声だった。目を見開いて大胆に髪を揺らしながら振り返るとそこには薄く目を開けた熱で頬が赤いノアが縋るように布団から腕を出してレイティの方へ向けていた。瞳は熱に魘されたようで朧気だった。


 レイティは急いでノアに近づく。ノアの眠る寝台に両手を着いて体を乗り出すと、半持続的に冷たい魔法具―保冷剤が動いたことで滑り落ちかけていたことが分かる。


「大丈夫?」


 保冷剤の位置を直そうと手を伸ばす。ノアの光の加減により7色に変化する瞳とそれを囲む長い睫毛、きめ細かな肌に美しい形をした口をもつ彼は美少年から美青年になっていたことに気がつく。


「ひゃ…」


 ノアが近づいてきたレイティの顔を両手で包むなんていう予想外の行動にレイティは思わず変な声が口から漏れる。慌て顔を離そうとしたけれど顔を捕らえる手の力が強くて動かない。彼女は寝台に着いている手に力を入れて体勢を整え、ノアの瞳を覗き込む。そこには熱で蕩けた白色の瞳があった。


「のあ…?」


 レイティの顔をじっと見つめていたノアは突然張り詰めていた空気が抜けたように破顔する。


「これがレイに触れていられる最後な気がするから」


 それはつまり動けるのが最後ということなのだろうかとレイティは解釈する。目から涙が溢れそうになるが、ノアが以前からレイティの笑顔が好きなことを知っているため顔をこわばらせて堪える。


「そんな顔をしないで、僕はどこにも行ったりしないよ」


 切なげな表情でノアはそう言う。


「以前にも言ったけど今こうしてレイと過ごせている日々が1番嬉しいんだよ」


 その声で悲哀を堰き止めていた堤が崩落し、折角堪えた涙が留めなく大きな粒を形成して流れる。ノアは困ったように眉を下げてしまう。


「私…ノアと思い出でしか会えないのは嫌………現実で会って一緒に過ごしたい」


 レイティは顔を包み込むノアの手の首を掴む。


「お願いだからそんなこと言わないで…!」


 病人に向かって酷い我儘を言っている自覚はあるが、止まらなかった。目を強く瞑ると頬と掌から普段より高熱なノアの体温が伝わる。この手が窓から見える雪のように白く冷たくなるのを想像したくない。


(もう友人を失いたくない…)


 秋の寒空の下、白く冷たくなった第9の姫に花を手向けたことを葉が全て散り、雪で覆われた今でも鮮明に覚えている。


 ノアは意表を突かれて息を呑む。しかし続ける言葉が上手く浮かばないらしく開き掛けた口も閉ざしてしまう。暫く両者沈黙を保っていたが唐突にノアがレイティの頬から手を離し外方を向き、激しく咳き込み出す。それと同時に身体中が痛いのか、苦しいのか自分の身を抱えて唸る。


「ノア!」


 レイティは大声で彼の名を叫んで寝台に乗り上げて近づこうとすると、彼は顔だけ無理矢理彼女の方へ向ける。


「レイ、他の人の目がある時は?」


 しっかりとレイティを見据えたノアは彼女に向かって咎めるように鋭い声でそう言う。レイティにはその声色が彼女をノアが拒絶を表しているように聞こえた。彼女は涙目を隠すために俯く。


 部屋にはポプリを片付け終わった侍女のレイティとノアを見ている目はレイティからでも分かるほど訝しげだった。ただ、彼女は随分前からあの位置に待機していた。突然その事を指摘したノアの意図をおおよそ理解して奥唇を噛む。


「第6の君……お身体は如何ですか?」

「とても悪いかな、折角お見舞いに来てくれたのはとても嬉しいけど遷したりしたら申し訳ないからまた元気な時に」


 ノアは名前を呼び直したレイティに満足そうに頷いた後、彼女に優しく微笑みかけてそう言う。レイティは否応なしに「はい」としか言えない言葉を返され、目を伏せたまま頷く。


 急激に冷えた心は離宮を出て肌で感じた氷の混ざった身体を凍えさす冷風が直接吹かれたように凍ってしまった。迎えに来ていた離宮の玄関ホールにいるミナミノ公爵家の侍女が茫然とするレイティに外套を肩にかけて、マフラーを首に巻いてくれたが、外の寒さは少しもましにならなかった。


 2話終了、次回から3話です!

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