2話ー⑱
「そうだね、だけど僕はまず困るということが無いようにするかな」
「それかっこいいね!」
レイティのことを触れられ第6の君は困ったように眉を下げて愛想笑いをする。第11の君はそれを見て面白そうに目の奥を光らす。
「でも、おにーさまには僕の気持ちがわかるはずだよ。おにーさまも僕も大切なものを持っている」
第11の君の言葉に第6の君は不快なものを見る目を向ける。第6の君にとってレイティは玩具では無い。
「そんな不機嫌にならないでよ…、おなじだからおにーさまの気持ちはよーく分かるけどさ…、第一興味無いし、力じゃ絶対叶わないから取らないよ」
取る取らないの問題では無いと心の中で反論するが、第6の君の機嫌に関係なく第11の君の減らず口は喋り続ける。第11の君は急降下していく第6の君の瞳の温度を楽しそうに瞳を輝かせる。
「レイティはノアのものだもんね!」
それを聞いた瞬間激昂の感情が押し寄せる。
(レイは僕のじゃない、僕はただの友人でレイは他の誰のものでもなくレイ自身のもの)
頭に血が上ったように熱くなってその熱は体を伝って手先へと移動する。右手を第11の君に向けて上げた時には既に遅く、見えない何かに押さえつけられ這い蹲り、口から赤い鉄の臭いがする液体が床に染みを作る。
冷酷に第11の君の苦しむ姿を見ていたが、ふと、暗黒な塔の中を風が抜ける。
―ノアって優しいね、並程度の人が憤慨するところを許して適切な励ましを贈れるのね―
関心した声で話す光の下のレイティの姿が頭に浮かぶ。周囲には花が咲き、同時に甘いいい匂いが鼻を掠める。
「っ…!」
急激に体温が下がり思考も冷静になっていく。目を見開き第11の君を痛めつけた自分の手を見つめる。身体が震える。自分の身体の筈なのに自分の制御が効かないような、自分が自分で無くなってしまったような、そんな恐怖を感じた。
身体を塔の壁に預けて右手の手首を左手で強く掴み、肩で息をする。暗く高い塔の天井を見ながら息を整えることでなんとか平常を保つ。
「ゲホッ……」
塔の中を反響する大きな音で第11の君を見ると、彼は床に手を着いて口から血を吐く。その姿は苦しげで血の混じった咳を何度も繰り返す。
「さすがに1日に何度も威圧を浴びるものじゃないなぁ、しかもおにーさまのは慣れていない分たちが悪い」
「ごめん」
苦悶を顔に浮かべながら体制を立て直す第11の君が苦笑い混じりに言うのを聞いて、第6の君はそちらを向き咄嗟に謝罪の言葉を口にする。
「いや、僕も悪かったよ。敢えて神経を逆撫ですることを言ったわけだし」
こうなったのは当然かぁと仰ぐ第11の君はその場に頭を掻きながら立ち上がる。かなり気分が落ち着いてきた第6の君もよろめきながら壁から体を離す。
(レイが助けてくれた)
レイティとの温かな思い出でに触れなければ今頃実の弟を殺すまではいかなくてもそれに近い状態にしていたかもしれない。第6の君は人を殺めかけた右手を胸に当てる。
(それにしてもどうして…)
―どうしてあんなにも激情に飲まれてしまったのか、これが解せない。普段の自分なら不快には思ったが訂正を入れて愛想笑いで流せる程度のことだ。怒ることじゃない。そもそも憤り、力でもって言い聞かせる行為はしてはならないこと、そう学んだ。
「いこっ!」
第11の君は先程までの陰鬱な空気を感じさせない明るい声で人懐っこく笑うと未だに唖然とする第6の君の脇を通って先へ行く。
「…レイティは僕のものじゃない、彼女は彼女のものだよ」
暫く気まずい空気の中、無言で2人靴音を鳴らしながら階段を降りていたが、それとなく第6の君は呟く。どことなく拗ねたような声色をしているなと自嘲する。
「そっか……さすがおにーさまだね!かっこいい!」
前を歩く第11の君は顔だけ寄越して笑う。そこには敬愛の表情が見て取れたが、第6の君は半眼にして彼を見返す。
「思ってもいないことを言うのはあまり褒められた行為じゃないよ」
第6の君がそう言うと、第11の君は良い形をした唇を歪める。苦笑しているようにも見えたが、アメジスト色の瞳に浮かんでいるものはこの場にある何事でも無いことを第6の君は見逃さなかった。少しの間の沈黙がその言葉を肯定しているようだった。
「おにーさまにこれが効かないなら王宮を出る方法を聞き出すのはむずかしそーだなー」
第11の君は棒読みな上にわざとらしく肩を落とし、一瞥を第6の君に寄越す。
「おにーさまもその気持ち悪い思想辞めたらいいと思うよぉ、そのうち誤魔化しきれなくなるだろうから」
妙なことを言うと第6の君は唖然とする。その姿を見て言った本人は悪戯が成功したかのように可笑しげに笑う。
「君は魔力探知できるよね?」
話を切り替えるように発せられた言葉に第11の君は突然の質問に始めは首を傾げながら頷いたが、遅れて第6の君の意図に気がついたようで嬉しそうに飛んで振り返り第6の君を期待の眼差しで見上げる。
「もしかして教えてくれるの!?」
「うん、ただし誰にも言わないでね」
主語が無くても王宮に張られた結界を抜ける方法だと分かる。表情や目に浮かぶ色から第11の君が本当に教えて貰えるなんて少しも考えていなかったように見えるが、一方で全て予想通りで始めから掌の上で転がされているような気にもなる。
長い螺旋階段を降りきった頃には既に方法は伝授し終え、重い苔の生えて錆の酷い金属の扉を開ける。外から眩しい太陽の光が目に入る。王宮に最北にある森林は手入れを忘れ去られた木々が葉を無造作に広げ、足元に生える草は秩序を忘れたかのように伸び広がる。辛うじて歩ける1本の細い獣道から国内最大の大きさを誇る建物に向けて足を進める。
残され忘れされたように朽ちた塔を少し離れた位置から見上げる。恐怖と孤独に心を閉ざしながらてに諦めたような表情をして静かにやけに豪華な鳥籠の中で過ごす青白い肌をした薄灰色の女性がいる。第6の君は拳を握りしめる。
(僕は絶対閉じ込めたりしない)
心の中でそう復唱する。冷たい北風が吹いて頬に当たり、それと同時に微かな花の匂いがした。