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2話ー⑯

 レイティにノアと呼ばれる美青年―第6の君は先の見えない長い螺旋階段を登る。第6の君の石造りの階段を踏む足音だけが反響する。塔には螺旋階段の側面にすら窓が無く、暗闇であるが、彼は灯りで足元を灯すことなくしっかりとした足取りで進んでいく。


 この塔は代々番を大切にしまい込む為だけに使われた場所の1個だ。王宮の最北にある冬の空気が凍る季節ですら鬱蒼とした葉を付ける大樹が生える森林に囲まれた地にある一見古びた塔で、その塔の最上階にある部屋がドラゴニスタ王国の現王妃が住まうところである。


 第6の君は1番上の段まで登りきると古びてささくれが目立つ扉を叩く。鈍い音がして鍵が開く重い金属の音がする。錆が目立つ扉を開ければ数段の階段の後、人口的な灯火の明るい光が上部から降り注いでくる。


 そこは古びた外装には似合わない程塵一つない綺麗でドラゴニスタ王国王族の贅が感じられる豪華な部屋に着く。窓の原型が感じられれる閉じられた木製の雨戸の側にあるベットの上で第6の君の母親であるその人が腕にまだ生え始めて間もない短い白い毛が生えた赤子を抱いていた。


 赤子は長く白いまつ毛が縁取る瞳は閉じられ心地よさげに眠っていた。その子を抱く母親は薄灰色の長く少し巻いた艶やかな髪にアメジストのような紫色の瞳は腕に抱いた子を見る為に少し伏せられていた。


 高い鼻に形の取れた少し垂れ目な目、厚い唇は彼女を13人の母親だとは思わせない魅力的な女性とさせていた。しかしそれは当然とも言えることで、魔力をほんの少量しか持たない彼女がドラゴニスタ国王に嫁いで来た21歳から一切見かけの歳は取っていない。第6の君と比べたって兄弟としか見えなかった。


 第6の君が着く頃には既に第2の君と第11の君は到着しており、彼が1番最後だったようだ。ベットの縁に立って慈しみの感情がこもった目を王妃に向ける男性―王子達の父親である国王が揃ったところで顔を上げる。


 白い髪は灯火に照らされて不思議な光の色合いを見せ、王子達へ向けられた白く澄んだ瞳は第6の君が彼の息子であることをよく表していた。


「来たか」


 その声で王妃は王子達へ目線を向ける。日に当たらない肌は不健康な程真っ白で伏せていた目は正面から見ると虚ろで焦点が合っていないようだった。


「ご出産おめでとうございます、母上」


 無表情で何も言葉を発さずただ王子達を見ている王妃へ代表して第2の君が祝いの言葉を言う。ただし、第2の君の声色と表情の中に喜び感情は含まれておらず、儀礼的であることは一目瞭然である。


「…………お兄ちゃん達ですよ、あたしの天使」


 暫く王子達を見つめて沈黙した沈黙の後、王妃は腕に抱いていた赤子に対してそう呼びかける。


 天使はドラゴニスタ王国外で一般的に信仰されている女神教の神の使いだ。王妃は女神教の聖都がある国の下級庶民だった。


 情報が現在から90年以上昔にはなるが、王妃が幼少期過ごしたかの国は女神の遣いとする教皇を頂点とする聖職者からなる身分制による支配を強く受ける宗教国家だ。聖職または国政に携わらない者は全て下位とされ、さらにその中でも彼女は下級庶民であった。


 マナーは疎か文字すら読めず、苦しい生活を強いられていた彼女は麗しい王族との結婚に舞い上がった。それは教会から異端者と登録され、親に反対されて亡命するように母国を去る決断をさせるほどの出来事であった。


 龍とはいえ他国の王族だというのに何故これ程この結婚が歓迎されないのか、それは元来龍の本質にある。龍は女神教の聖典の中で厄災を招く総称であった。龍が飛躍する暗黒の時代、人を救い平安を齎したのは女神であるとされている。


 つまり龍は女神教の信者達からすれば悪以外の何物でもない。このことはドラゴニスタ王国の重要禁断知識として、王族とミナミノ公爵家、クロウ公爵家、そして海外を旅し実際に目にした渡航者以外知らない口外禁物の事実である。


「ねぇ……、あなた達は何番目のあたしの子?」

「2番目です」

「6番目です」

「11番目!」


 また赤子からゆっくりとした動作で顔を上げ、王妃は王子達に問う。王妃の質問に対してこの中で1番長く生きた第2の君から順に答える。


 王妃は発言する王子達を順に見ていく。その際、第6の君を見る目つきは少しばかりきつくなり、最後に元気良く声を出した第11の君を見る目つきは緩く、眩しいものを見るように細められ、口元には笑みを見せる程には表情筋を動かす。


 穏やかな空気に変化するかとも思えたが、それは無かった。何故なら自身の大切な番がたとえ息子であったとしても自分以外に笑みを向けることを彼女の夫が許したりなどいないのだから。


 王妃が第11の君に笑みを向けた瞬間、部屋の空気が彼女の夫の威圧により重くなる。比喩では無く事実として膝が震え立つことさえ困難となるのだ。真正面から威圧を受けた第11の君は案の定膝から無抵抗に崩れ落ちる。


 第2の君と第6の君は第11の君を特に気にする気配は無い。目線も寄越さ無い様子は彼らの関係が他人以下である事がよく分かる。第11の君は額に汗を浮かばせ、その原因を作った国王は冷たい目を標的に寄越す。


 王妃は国王の行動に一時の間呆気に取られたようだったが、直ぐに状況を理解する。ここで第11の君の心身を心配して自らの夫を諌めるのは悪手であることは90年龍の番として過ごしてきた彼女が想像するのは容易い。


(ならば…)


 王妃は腕で眠る赤子の第13の姫を守護するように抱え込む。そして夫を上目遣い気味に見上げる。


「あたしの我儘を聞いてくれてありがと」


 その言葉でようやく国王は第11の君から視線を外す。王妃を探るように無表情で見つめる。


「子供達が元気なところを見てみたかったの、これで憂いが一つ減ればあなたのことだけ考えれるわ」


 王妃にとって子供が傷つけられるのは見ていられなかった。そして後半の言葉だって嘘ではなく、この閉じられた場所ではそれしかできない。


 王妃は国王に向かって見惚れるほどの満面の笑みを見せる。国王は何かを納得したようで目を細めて続いて顔を破顔させる。そして「そうか」と短く相槌を打つ。それを確認してから王妃は再び王子達の方へ顔を向ける。


「あなた達の元気に成長した姿を見れて本当に嬉しい」


 彼女はそう慈愛を込めて言う。彼女が横目に国王を確認すると今度は静かに満足気な表情をして親子のやり取りを眺めているようだった。

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