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2話ー⑮

 泣き崩れるレイティを見ながらノアはどうすればいいか分からず眺めることしかできなかった。しかし、大切な友人が泣いているのを見ているだけにもできず言葉を探す。


 レイティが包み込んだ元々彼女の頬に添えていたノアの右手に縋りついているところを見ると抱きしめてあげたい衝動に駆られるが、生憎レイティはフィンクスの婚約者だ。既に成長期はほとんど終わっていてかつ婚約者のいる女性を抱きしめるのは憚られる。


「どうして…どうしてわたしは第9の姫の変化に気づけなかったのでしょうか…」


 レイティが小さく震える声でそう言う。第9の姫はあの日、夕陽が差し込むあの廊下で確かに命が尽きることを訴えていた。今振り返ればそんな気がする。


(なのに、わたしは彼女が疲れているだけだと思ってしまった…)


 もしかすると彼女の死の予感から目を背けたかっただけかもしれない。だから未来の話をした時、彼女が2人だけで旅行がしたいと言った希望に自身でも気付かない程の微かな安堵を覚えてしまったのだ。


「亡くなってしまった人とはもう二度と会うことはできない」

「えぇ、分かっているわ!」


 当然のことを敢えて口にするノアにレイティは憤った投げやりな返答をする。


「過去を振り返ったって虚しいだけだよ」


 ハッキリとした声で真っ直ぐとレイティを見てノアはそう言った。瞳は真っ白な無機質なノア特有の色を放っていて薄い紫色の幻影は消えた。ノアの魔力と共鳴して辺りを包んでいた浮遊する光の胞子だけが2人の間を飛び、ノアの髪を色鮮やかに染める。


 レイティは直ぐに言い返すことができず、開きかけた口を固く結ぶ。


「故人を偲ぶことは悪いことじゃない、とても大切なことだよ。だけどね、そればかりを重視していないで今レイを大切に思っている人達を見て欲しい」


 レイティは縋っていたノアの手を握る力を緩める。ノアは彼女の様子を見て目を細める。


「彼らはレイが知らないうちにいなくなってしまうよ。……永遠なんてないのだから」


 レイティは歯を噛み締める。ノアに言われるまで気づくなかった自分が情けない。彼の手を離し、ライカが肩に掛けてくれたブランケットを胸元へ引っ張るように握り締める。視界の中にフィンクスからの手紙が入る。


 そしてまた小さな桃色の短いルイーズからの手紙を手に取り、拙い文字で書かれた『おねえさま』の言葉をなぞる。今度はクロウ公爵邸を訪れる度に喜んでお出迎えしてくれる黒髪黒瞳の美少女が頭に浮かぶ。レイティは口を歪めて笑い、今度久しぶりにクロウ公爵邸にルイーズの大好物であるクッキーを手土産に持って訪れようと決意する。


 レイティは顔を上げる。涙は自然と止まっていた。


「ふふ、そうね…言われるまで気づかなかったわ。ノアはわたしの涙を止める天才ね!」


 思い出すのはレイティとノアが初めて会った第4の姫のお茶会での秘密の出来事。あの時もノアから元気をもらった。ノアは安心したように優しくレイティを見つめる。


「ねぇ……ノアは………」


 そこでレイティは言葉を切る。ノアはレイティが口を閉じたことを不思議そうに眺める。


「ノアはいなくなったりしないよね?」


 これは訊いてはいけない禁断の質問のような気がする。だけどどんなに残酷な回答が返ってくるとしても彼の口から聞いておきたかった。


 レイティは目を伏せる。髪と同じ黄金色の長いまつ毛が彼女の目の縁を彩った。長いようで短い沈黙が2人の間に流れ、光の胞子を含んだ空気だけが流れる。


「レイが僕から離れない限りずっと一緒だよ」


 レイティは思いもよらないノアの答えに狼狽する。そしてその後に口元と目元が緩み笑みが零れてしまう。


「どんなに離れてしまっても、レイは僕のことをずっと覚えていてくれるでしょう?」

「そうね」


 レイティは大切な友人であった第9の姫のことをこの後の人生で忘れることはないだろう。それはノアやフィンクスだって同じことが言える。


「なら僕はレイの中でずっと共に生き続けることができるよ」


 レイティは近くに居たノアに頭を預ける。ノアは突然のレイティの行動に仰天した様子だった。レイティは悪戯が成功したとばかりに忍び笑いをする。フィンクスの婚約者という立場以前に第9の姫が亡くなってからずっと心に重くのしかかっていたものが無くなり、途端に体に力が入らなくなったというのに近い。


 レイティはノアの胸板の上で息を吐く。暫くフリーズしていたノアはレイティの穏やかな表情を見て肩の力を抜く。そしてそっと空中にゆく宛を失っていた手をレイティの背中に回し優しく撫でる。


「ありがとう」


 レイティの口から漏れた温かさを持った微かな声はノアに届いた。ノアは優しく微笑むと「いや、友人なら心配して当然だよ」と言う。その時の表情はノアもレイティも穏やかで慈愛に満ちたものだった。


 空気が動き光の胞子が舞う。少し日が暮れた空色が湖面に写り、半透明なは不思議な虹色の薔薇の形をした花々すら染め上げる。その中でレイティは深い眠りにつく。ノアは眠ったのを見届けると彼女の背中を撫でるのを辞め、優しく2人の隙間を無くすように抱き寄せる。周囲に咲く花の色がより一層輝いたように見えた。

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