1話ー①
本日2話目です。
若葉が茂り初夏の風を運ぶ季節。可憐な花々と木々に囲まれたひっそりとした庭園の隅に位置する白い構造物。その下でこれまた白い硬い椅子にクッションを敷いて座っている美少年と美少女が合わせて3人。
「このマカロン美味しい!」
そう言って机の上に並べられていたマカロンを次々と口に放り込むプラチナブロンドの美しい真っ直ぐな光り輝く艶のある髪に長いまつ毛に縁取られた翡翠色の瞳を持つ可愛らしい少女。
「食べ過ぎだろ、太るぞ」
少女の様子に眉を寄せて苦言を言うこれまた艶のある濡羽色の髪と透き通った一見冷たい印象を受ける漆黒の瞳を持つこれまた美少年。
「美味しいならよかった、今が旬のサーモルティエ伯爵領の新しい特産品でマカロンを作らせてみたんだ」
ゆっくりとシーサーにティーカップを優雅に置いて言ったのは先程小言を言った少年と対照の色の光によって7色に輝くシルバーブロンドに長いまつ毛に囲われた垂れ目の中の瞳もまた純白であり、どこか儚げな雰囲気を持つこれまたまた美少年。
「サーモルティエ伯爵領の新しい特産品…まさか!カカオ!?」
「うん、気に入ったなら良かったよ」
少女は目をキラキラさせてまた1つお皿から茶色い、いやチョコ色のしたマカロンをフォークに刺し顔の前に持ってきて観察する。
口に入れた瞬間ふわりと漂った独特な風味と苦めな味わいに砂糖の甘さの相性が素晴らしくいい。砂糖とカカオの分量の比によっても苦味を変えれるのがまたいい。
「サーモルティエ伯爵領での祈りは既にすんだのか?」
「恙無くね。カカオはその時お礼に頂いたんだ」
サーモルティエ伯爵領は大陸の南側に位置しており年中降水量が多く気温が高いのが特徴だ。そのため植物の生育には適しているが、土があまり良くなく20年に1度王族が直々に祈りを捧げに行く。
ドラゴニスタの王族、それは世界で唯一龍の血を引く存在でその力は失いかけていると言っても痩せた土地を肥沃な大地に変えるほど力は強大だ。それ故に他国は大陸ひとつ丸々を支配するドラゴニスタを敵に回すことはしない。おかげでこの国は平和だ。
「早くカカオが出回って欲しいわ、まだ試食の段階だなんて…」
「レイティはミナミノ公爵家独自のルートでカカオを入手していなかったっけ?」
レイティと呼ばれた少女が肩をすくめると濡羽色の少年がすかさず確認を入れる。
「でもほんの少量よ…」
カカオは元々サーモルティエの辺境の村で食べられていた地域独特の食べ物であり、1部の上層階流の間で美味しいと評判にはなったが、増産にはまだ数年かかる。そのため滅多に市場に出回らない幻の食材としての付加価値もつけて高値で取引されている。
そして貴重なその1部を入手しているミナミノ公爵家は言うまでもなくドラゴニスタ王国筆頭の由緒正しき高位貴族家のひとつであり、濡羽色の美少年はミナミノ公爵家と並ぶドラゴニスタ王国に2つしかない公爵家のもう1つ―クロウ公爵家嫡男、フィンクスだ。
レイティはフィンクスを横目に見つつお皿に乗った最後の1個のチョコマカロンを頬張る。濃厚なチョコ味わいが口いっぱいに広がる。
「ああ、幸せぇ〜」
レイティが目を細めて美味しいお菓子を食べれる幸せに浸っているとふと気がつく。
「陛下が頂いたものを私達が食しても良かったのかしら…」
「父上からの許可は頂いているよ。将来国を王族と共に支えてくれるであろう公爵家の2人に惜しみはないさ」
それを聞いてレイティは先程までの幸福な気持ちが嘘のように消える。
テーブルを囲む3人のうち最後に紹介する彼はドラゴニスタ王国の第6の君。龍の血を引き継げるのは13人中ひとりだけ、つまり王子王女の中で生き残るのは1人だけ。目の前にいる彼は明日いなくなるかもしれないのだ。さらに彼が死が身近にある運命を受け入れているのだからなお悲しい。
「そんな悲しそうな顔をしないで、今こうしてレイティとフィンクスと共にお茶が飲めることが僕にとって最も幸せな時間だから」
レイティは「そっか…」と呟いて無理に笑顔を作る。彼は困ったようなそれでもって嬉しそうな表情になる。フィンクスは終始無言で特に表情を作らず2人のやり取りを眺めていた。
その後、庭園に咲いた季節外れのガーベラの話や北の地にある巨大な湖の辺で起こった奇妙な干ばつの話など会話の内容はチョコレートの入手方法から変化していく。
日も傾いて来た頃合をもってお茶会のお開きとなる寸前、王宮が立つの方向から可愛らしいレースとリボンいっぱいのドレスを身にまとった王子の彼に似た、だけど歳は下に見える少女が小走りでこちらに向かってきていた。
少女の白銀の手入れが日常的に丁寧に施された緩やかなカーブを持つ髪は走る勢いによって揺れ、背景の太陽の光によって黄金に輝いていた。
「おねえさまぁぁぁ!」
そう大声を上げながら立ち上がったレイティに抱きついたのはお茶を共に飲んだ彼の3つ下の妹―ドラゴニスタ王家第9の姫だ。
王族は国王となる者以外名前を公開されない。王妃は言わずと分かる通り番である為であり、王子王女は元から名前など付けられ無い為だ。王子王女は王太子となったその時の儀式で初めて名前を与えられる。そのため一般に王子は第○の君、王女は第○の姫と呼ばれている。
「来ているなら教えてくださいませぇ!」
「ごめんなさい、貴方は今日大切なレッスンの試験があると聞いて…」
レイティは姫の頭を優しく撫でながら答えると姫は上目遣いでレイティを見るのを辞めて後を急いで追ってきた姫専属の侍女たちを見遣る。その横顔からは不満がよく読み取れる。
「試験は上手くできたのですか?」
レイティが姫の気分切り替えるよう促すと姫は再びレイティへ向き直り目を輝かせる。
「はい!先生からは合格を頂きましたわ!」
おねえさまのおかげですと敬愛の眼差しでレイティを見上げる姫の顔からは既に侍女への不満は消えた様だった。レイティは軽く首を横に振り、目を細めて口元を上げる。
「貴方はすごく頑張り屋さんですね、すごいわ!わたしは彼女に合格を頂くまで12年も掛かったもの」
すると姫は困った様に眉を下げてしまう。
「おねえさまに求められるレベルはわたくしのものとは比較にならない程高いわ…それを12年で先生を唸らせるなんておねえさまのほうがわたくしよりもよっぽどすごいわ」
レイティは姫を強く抱き締めて頬を姫の頭に擦り寄せる。ここに姫が未だ生きていることを確認するように。
「わたしは貴方が無事にまたひとつレッスンを終了させたことを本当に嬉しく思います。貴方のおかげでわたしはまた更に高みを目指そうと努力できます」
レイティの言葉に姫は嬉しそうに無邪気に笑う。
「ありがとう!おねえさまはあまり無理をなさらないでくださいまし」
「それに…」と姫は言葉を溜める。そしてレイティから視線を外しこの場に未だに退場せず静かにレイティと姫の様子を観察していた彼を見据える。彼と目が合った所で目線を外し再びレイティを正面から見る。
「それに、わたくしはおねえさまと共に国を治めてみせますわ。いつかおねえさまを超えてみせますの」
向上心と野心のある芯の通った澄んだ声にレイティは安心感を覚えた。彼女ならばこの世からいなくなることなく世界の中心で咲く美しい大輪の花になる、そう思わせてくれる。
強く結んでいた腕の力を抜いて1歩離れた場所で背筋を伸ばした。
そんな2人の横でフィンクスは完全に無視に呈し入れ直させた紅茶のカップに口を付け、終始一見穏やかに観察していた第6の君の彼の無機物のように白い瞳の温度は零度を下回っていた。