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2話ー⑭

 レイティは仄暗い声色で発せられた言葉に仰天して第9の姫の顔を見る。


「わたくしは王女として課せられている教育をお父様の子供の中で1番早く終了させ、王宮の図書館にある本の3分の1を読破しました。昨日の食事会では最近お疲れのお姉様を癒せるよう栄養バランスを考えた食事を立案し、庭師に頼んで秋に咲く匂いのよいダリアの花を用意しましたわ」


 レイティは言葉に詰まる。王女教育は最低限とはいえどれも高度なものばかりで第2の君は王子教育を未だ終わらせていない、王宮の図書館の本はレイティでさえ4分の1程しか読み終わっていない。第9の姫がどれほどの努力をしてきたか近くにいたレイティは誰よりも知っていた筈である。しかし、彼女が言うまで気が付かなかった。


「…とても頑張っているのね、すごいわ」

「えぇ、全てお姉様に少しでも追いつきたくて、喜んでもらいたくて頑張ってきたことですわ」


 悲哀と皮肉を含んだ声を発して仄暗い瞳をする第9の姫を直視することは憚る痛々しさがあった。レイティは第9の姫からの夕食の誘いを安易な理由で断ったことを後悔する。


「嗚呼、そっか」


 第9の姫は俯いてしまったレイティを見て何かを悟った神妙な面持ちをする。


第9の姫(わたくし)ではいけないのですね」


 レイティは否定するために弾かれたように顔を上げる。


「ちが…」

「だってそうでしょう?第6の君とはこの1週間2回一緒に昼食を取っているところを見ましたわ」


 しかし弁解する間を与えず、レイティの声をかき消すように第9の姫は言葉を続ける。ノアと昼食を取ったのは全ての日で偶然に都合が良かったのだ。


 第9の姫は冷笑してレイティを見据える。いつも輝いている菫色の瞳は暗く冷たい。自嘲しているように見える笑は危うげで恐ろしいものだった。


「また……また今度、せめてこの冬を乗り切った春に長期休暇を取ってどこかお出かけしましょう…?」


 この冬は忙しい予感がする。秋の実りが少なくなった洪水地域での食料不足は免れないだろうし、人里に頻出するようになった魔物の被害も著しい。さらにドラゴニスタ王国で最も尊き方の妻である王妃が13人目の子を身篭ってから5年―ちょうど出産時期を迎えようとしていた。


 問題が片付けば1ヶ月程の休暇を取っても誰も怒らないだろう。


「そうですね」


 レイティの言葉に第9の姫は淡白に答えた。口元に冷ややかな笑みを浮かべ、絶望と願望が混じった瞳をした表情はとても歪だった。


「その時は2人だけで行きたいです」

「えぇ、もちろんよ!」


 レイティは即答する。忙しいが為に今日の食事会を断ったのだから、時間に余裕ができた時のことを断る理由が無い。それに、女子2人でする旅行は楽しそうだと思ったのだ。


 第9の姫は微かにいつもの明るい笑みを見せる。しかし、その表情にも憂いが浮かんでおり切なさが滲み出ていた。


 不意に肩を叩かれレイティは驚いて飛び上がるように振り返る。第9の姫はレイティの後ろにいる人の表情から自分が置かれた状況を理解したようで羞恥に耐えかねて視線を逸らす。


「場所を考えてくれないか」


 そこに居た人物―フィンクスは呆れたように溜息を吐く。見るとフィンクスの後ろには困り顔の同僚達の姿があった。同じ職場で働く同じ貴族とはいえレイティと同僚の間には歴然とした身分の違いがある。それ故に言い出せなかったようだった。


 レイティも第9の姫に続いて自分達が執務室の前にいたことを思い出し、恥ずかしくなってくる。紅くなった頬を隠すようにフィンクスから目を逸らして俯くと彼はレイティの頭を軽く叩く。


「私は帰宅の準備が既に終わったぞ。レイティはどうだ?」


 レイティは第9の姫に目配りをする。姫は首を振り、体の前で腕を振る。


「後日詳細を決めましょう?」

「ええ…」


 第9の姫の側までレイティが近ずいてそういうと姫は苦しげながらも頷く。


「わたしも帰れますわ」

「そうか」


 レイティが言うとフィンクスが頷く。彼が動き出すと、周りで固まっていた官僚達も帰宅し始めた。次いでレイティも動き出そうとすると、第9の姫に袖口を摘まれる。


 肩辺りに第9の姫の整った可愛らしい顔が思ったよりずっと近い位置にあった。そのままの勢いでレイティ側へ倒れてくる第9の姫を抱き止める。


「…おねえさま」


 レイティは第9の姫の様子を不思議に思う。振り返れば晩餐を断ったことを何故昨日ではなく、今日責めに来たのかすら可笑しい。


(彼女も疲れているのかしら…)


 第9の姫はこれまでも詰め込みすぎる癖があった。彼女が先程言った王女教育と図書館の例がそれにあたるだろう。弱った声を出した姫の顔色を見ようにも顔をレイティの胸に押し当てているため、黄昏に照らされた白銀の髪しか見えない。


「お姉様…いえレイティさま、どうかお身体には気おつけてくださいまし」

「ありがとう。貴方もゆっくり休んでくださいませ」


 レイティは第9の姫の背中を落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。


「はいっ!」


 顔を上げてレイティを見上げた第9の姫にはぎこちなさは残るもののいつもの笑みが浮かんでいた。


「レイティ?」


 廊下の先からレイティを呼ぶフィンクスの声がする。レイティは第9の姫から体を離して「御機嫌よう」とまたねの意味を込めて挨拶をする。別れの挨拶を交わし終わったところでレイティはフィンクスに追いつけるよう小走りで行く。


フィンクスに追いついた辺りで不意に第9の姫の方を振り返るとそこには辛さと悲しみ、そこに隠れた怒りが混じったような何とも言い難い表情を浮かべた姫が遠目に見えた。


しかし、フィンクスが裏口の扉を閉めることによって直ぐに視界が遮られる。フィンクスが怪訝な顔をするのを余所にもう一度扉を開けてみたが、そこに第9の姫の姿は見当たらなかった。

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