2話ー⑨
夏の盛りを過ぎた夜。まだ日中は冷房の魔道具が欲しい程暑いが夜になれば窓を開けるのみで快適に過ごせる気温となっていた。木々の葉は未だに青々と輝いているが、直ぐに秋が訪れ色を変えるのだろう。
そう思える日にレイティは深い青色のドレスを着て王城へ訪れていた。深い青色といっても腰あたりから裾へいくにしたがって薄くなるグラデーションとなっている?さらに純白の飾りの真珠と銀の刺繍が施されており、胸辺りは大きなリボンが飾られている。レースもたっぷりと使用されており豪華な装いとなっていた。
先に馬車から降りたフィンクスがこちらに手を差し出してくる。彼の今晩の装いも質のいい生地が使われたと分かる黒いスーツで着こなされている。ポケットチーフにはレイティが来ているドレスと同じ色のものが入っており、2人の仲が良好なものだと周囲に知らしめる為のものだ。
レイティがフィンクスの手に自分の手を重ねると自然な動きでエスコートしてくれる。レイティも彼の動きに身を委ねると女性が美しく見えるエスコートをするのだから、凄いと思ってしまう。
「ありがとう」
馬車から降りたところでレイティより背の高いフィンクスを見上げてお礼を伝える。ストレートな濡羽色の髪と漆黒の瞳、肌は髪や瞳と対比させるように白くきめ細やかだ。顔立ちは整っており、世の女性が色めくのも納得の麗しさだ。彼はレイティのお礼に笑顔で答える。
遠くで黄色い悲鳴が聞こえたが、フィンクスの麗しさに引けを取らない間近にいる婚約者のレイティにはそんな彼の評判よりも耳に付けられた翡翠色のピアスに釘付けになっていた。
「そのピアス、わたしが昔プレゼントしたもの…まだ置いてくれてたんだ…」
まだノアとも出会っていない幼い頃、魔術の使い方をアノールから教えて貰ったレイティが何度か失敗して初めて作り上げた魔術式が組み込まれた翡翠色の魔石を職人に依頼して加工して貰ったピアスだ。
金の縁どりだけのシンプルなデザインの翡翠色のピアスがフィンクスの耳朶で光っている。
「婚約者がくれた大切なものだからな」
「そっかぁ…」
レイティはフィンクスが真面目な顔で言うものだから思わず笑ってしまう。彼はレイティの様子を他所に昔を懐かしげにピアスに触れる。
レイティがフィンクスに真心を込めて贈ったものはこのピアスだけだ。他のプレゼントに一切気持ちがこもっていない訳ではないが、婚約者の義務として贈ったものや執務関連で交換したものばかりだった。その唯一の贈り物を大切にしてくれているという事実に嬉しくなる。
翡翠色の魔石に込められた魔術式は防御だ。作り上げる際に既にレイティの魔力が取り込まれている為、命の危機に瀕した際に作動し回復魔術を、それから1時間半魔術式を中心に直径3メートルの範囲に無効化シールドを形成する。水と土、風の3属性で制作したから初めて作ったにしては上出来の代物だ。
だが、現在ではさらに優れた防御の魔法陣を作ることができるし、魔法や魔術を使用してはいけないパーティの際には個人で準備して見えない位置に念の為に持っている程度だ。突然ピアスという見える位置にしてきていることに疑問を持つ。
「いつもは付けていないので驚きましたわ」
「傷がつかないよう大切に保管していたんだ」
レイティは笑ってフィンクスの瞳を見る。嘘はついていないが本来の理由でも無いようだ。
「耳に物が付いている感覚が嫌なだけでしょう?」
「バレたか」
フィンクスは声を上げて笑う。それにつられてレイティも笑ってしまう。和やかな雰囲気が訪れたところで、本日のパーティ会場へ続く扉の前に到着する。
「リボンは………しているな」
「えぇ」
フィンクスはレイティの弱い照明を反射して仄かに煌めくプラチナブロンドのハーフアップを装飾するために使われているリボンを確認する。
金糸で細かい模様が刺繍された黒いリボンは光の加減によりそこに刻み込まれた魔術式が浮かび上がる。このリボンは婚約のリボンと呼ばれ、婚約をした際に男性が女性に証として贈るものだ。
リボンは贈る側の魔力の糸で刺繍を施す。フィンクスがレイティに贈ったリボンの刺繍の意味は『永遠なる友情』。これを初めて見た時のレイティの母親は愛する気は無いのか、とクロウ公爵家に苦情を言いに乗り込もうとした程だ。だけれどレイティはこの刺繍が気に入っていた。
そしてつい最近リボンに付け加えられたのが魔術式だった。フィンクスが組み込んでくれたもので防衛と健康維持、軽い回復が行える優れものだ。
フィンクスはリボンとレイティのプラチナブロンドをひとつまみ掴み手のひらで流す。
2人のやり取りが終了したところで会場への扉が開き、中から眩しいほどの光が目に入ってくる。
「クロウ公爵子息フィンクス様並びにミナミノ公爵令嬢レイティ様がご到着されました」
高らかに宣言された声を聞き届けた後、全身の神経を研ぎ澄まして完璧なる淑女を演じる。それはフィンクスも同じで見本のような動作でエスコートを行う。先に到着していた他の貴族達が年齢性別問わず誰もが感嘆の息を吐く状況が存在していた。
2段ある階段を降り、人が空ける道を通り王宮で開かれるパーティの定位置に付くと、開けられていた道は塞がられ老若男女関わらず多くの人に囲まれる。
相手が悪い思いはしないよう丁寧に、1人の挨拶に時間を掛けすぎないようスピーディーに。それをモットーに適切に対応していると、直ぐ、本日の主役が登場する時間となった。
「第2の君がいらっしゃられました」
本日の主役、そしてフィンクスがわざわざピアスを付けた理由、それは行うはずのない生誕祭。第2の君が会場内へ入場された。パーティ会場内の貴族達は一斉に膝を床に着き深々と頭を下げる。
レイティとフィンクスも頭を垂れるが膝は床に着けない。なぜなら2人が最上礼をするのは国王と王太子だけなのだから。