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2話ー⑤

 東から入る光が強さを増し、そして日が傾き茜色の光がガラスから透けて入ってくる頃。フィンクスがおもむろに立ち上がり、レイティの方へ近づいて来る。


「私はそろそろ帰宅するけど、レイティはどうする?」


 話しかけられたレイティは書いていた手を止め、フィンクスを見上げる。


「これが終わったら帰りますわ」

「わかった」


 フィンクスは執務室を出ていき、それを見送ったレイティも各地の例年とほんの微量違う降水量の資料を確認した後、部屋を出た。執務室には既に半数が帰宅しており、残りの半数が忙しく手を動き回っている。「お疲れ様です」と声をかけると彼らは会釈を返してくれる。


 部屋の扉を閉め、ポケットに入れていたミナミノ公爵家家紋である神話時代、王族の祖先と親しかったとされる2対の内の一体の龍が描かれた懐中時計で時間を確認する。


 身分証明書ともなるこの懐中時計は手放せない大切なものだ。そして無くしたり、盗まれたりした場合はレイティの元へワープしてくる魔法陣が蓋の裏に埋め込まれている優れものだ。


 基本夕方になると皆家に帰る。しかし、上級文官や将来側近になる事が決まっているレイティやフィンクスなどは王宮の中に個室が用意されている。


 執務室に残った更に半数が今日はその個室を使うだろうが、どんなに忙しくなってもレイティやフィンクスは家に帰っていた。理由としてフィンクスは幼い妹が家で待っているらしく、レイティはONとOFFの切り替えの為であった。レイティにとって王宮は仕事の場だ。


 白い大理石で造られた廊下を優雅さが欠けない程度の早さで歩き、これまた白い大理石に細かい彫刻と装飾が素朴ながらに施された扉を開くと茜色の光が目いっぱいに入った。裏口とはいえ王宮である。3段の階段の下に広がる夏の光で元気に緑の葉をつける木々が生い茂る森の合間に見える夜に向けて夕方から咲く花が蕾を膨らませていた。


 石畳の道の端に設置された古木のベンチを見るといつもそこに座って待ってくれているフィンクスの姿が見当たらなかった。


(先に帰ってしまったのかしら…)


 レイティは肩を落として階段を降り、馬車を停めている場所へ向けて踏み出す。


「お姉様!」

「姫様!?御機嫌よう」


 聞き慣れた可愛らしい鈴を転がしたような声が聞こえ、驚き振り返るとそこにはレイティを抱きしめる白銀の頭、第9の姫がいた。


「御機嫌よう!お姉様!お会いできて嬉しいですわ!」

「わたしもよ。久しぶりね、元気にしていたかしら?」


 レイティはそう言うと第9の姫を抱きしめ返し、頭を撫でる。


「はい…」


 第9の姫はレイティの言葉に先程までの元気が消える。レイティは驚き、もしかすると何か隠しているのかしらと心配になり第9の姫をまじまじと見つめてしまう。顔色も抱きしめたレイティの身長より頭1.5個分小さな体の体温も不審な点は見当たらず、身体が強ばる。


「お姉様が忙しいと聞き、お茶にお誘いできなかったのです」


 第9の姫はレイティを上目遣いで見上げると甘えるように距離を詰める。レイティは第9の姫の言葉を聞いて安心し、姫の可愛さに撫でていた手を止め思わず笑ってしまう。


「だからこうしてここまで足を運んでくれたのですわね。ありがとう、嬉しいですわ」

「はい!夕方なら差し支えにならないかと思って」


 第9の姫は嬉しそうに頬を緩める。黄金の瞳は歓喜が現れていた。


「あの!良ければ、夕食を一緒に食べませんか?」

「それは…」


 馬車までの道を会話しながらだけだと思っていた矢先、突然そんなことを提案されてどう対応しようか困る。夕餉ならばミナミノ公爵家に伝達しなければならないし、お世辞にも今日着てきた服は王族と晩餐できるような立派なものでは無かった。


「ミナミノ公爵家には既に連絡は付けていますわ!それに今夜の晩餐はわたくし個人のものです、いつもひとり寂しく食べている友人と共に食べてくださいませ!」


 王族は食事を家族共にしない。元々家族としての認識が気薄な王家。国王陛下は番と食事し、王子王女は私室でひとりで食事をする。王子王女は偶に複数人でテーブルを囲むこともあるが、そこにいるのは兄弟達の姿ではない。


 レイティは2日前にフィンクスと共にノアの食事に呼ばれる程には頻繁に行っていたが、第9の姫にこうして呼び止められたのは初めてだった。


「そうね、ではお邪魔しようかしら」

「わぁ!嬉しいですわ!」


 第9の姫はレイティから離れると石畳の上、日暮れの空の下、ドレスを膨らませながら一回転する。白銀の長い髪が朱色の光を受けてオレンジ色に輝く。レイティは近頃の蒸し暑さもあって髪を全て結い上げていた。姫はレイティの手を取る。


「でも、次からは前日に言ってくれないかしら?そうしたら貴方との会食が楽しみになって一日をより頑張れるから」

「…分かりましたわ、次回は1週間前に言いますわ!」


 そうすれば1週間わたくしとの約束で毎日が楽しみで仕方なくなるでしょう?と言う第9の姫は落とした肩を直ぐに上げる。


「こちらです!」


 そう元気よく言うと第6の君はレイティの手を引いて森の奥へ進んでいく。日が落ち、途中から足元が暗くなった為、レイティは魔法で光の玉を出す。小さな光の玉が彼女と姫を照らしながら浮遊する。


「可愛いですわね!」


 光の玉を見た時の第9の姫の反応は光の玉以上に周りの空気自体を明るくしてくれるような無邪気なものだった。レイティは姫の様子に笑っていくつか色を変えた光の玉を出す。


 王族は魔法も魔術も教えて貰えない、公務も執務もしてはならない。何故ならば優劣を付けてはいけないから。魔法を習得するにはどうしても独学で身につけるか、産まれながらにして才能を有していなければならない。王となる龍と決まれば勿論のことながら学ばなければならないが、王子王女の間は誰も教えてはくれないし、教えてはならなかった。


 なので、王族は膨大な魔力を秘めていながら使えない者が殆どで、今代使える王族は番は情報が露出しない為不明だが、陛下と第6の君―ノア、第12の君、そして既に亡くなった第1の君だけだ。

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