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あと一日

 結局、あのCMには何故か俺まで出演することになった。

 監督さん曰く「使わなければもったいない」とのこと。台本やら衣装やらスポンサーとの交渉やらギャラの話やら、よくもまぁ通せたものである。

 そのおかげもあってか、あれから色んな芸能事務所の人達から声がかかった。


 いわゆるコネ所属というものの話。

 あの一つの演技だけでここまでお声がけがかかるのかと流石に驚いた。

 大人の時は映画の端役から何本か仕事をもらってから話が届いたので、正直迷ってしまった。

 先に足を踏み入れて佐倉と同じ仕事仲間としての接点と入学と同時に『俳優』というステータスを得るか。


 悩みに悩んだが、結局断らせてもらった。

 やはり佐倉と同じ事務所の方が職場での接点も増えるし、『フォルテシモ』は働かせてもらっている間とても居心地がよかった。

 話をいただいたことにはありがたさしかない。それでも、やっぱり佐倉と同じ環境の方が大事だ。


 それから、サロンモデルやら身の回りの意識改革等を済ませ、いよいよ―――高校入学の前日になった。


「明日から入学かぁ……」

「なによ、辛気臭いため息なんかしちゃって」


 人混みの多い街景色が眺められるカフェテラスにて。

 一際容姿の整った少女が目の前で眉を顰めていた。

 確かに、出会ってすぐため息なんかでも吐けばそのような顔になってしまっても仕方ないかもしれない。


「ごめんごめん、明日が高校入学の日だからさ」


 明日はいよいよ佐倉と出会うのだ。

 高校の入学だけでは一度経験しているので緊張はしないが、その一つが大きな不安を生んでいる。


「まぁ、気持ちは分からないこともないけど」


 そう言って、長い艶やかな茶髪の少女がストローを回しながら同調する。


 ───会津綺紗羅あいづきさら

 俺の一つ上の先輩で、女優として事務所に最近所属した少女。

 この前『あじまろ』のCMで一緒になってからちょくちょく連絡を取り合い、こうして休日に遊ぶような間柄になった女の子だ。

 何回か会う内に、初めに使っていた敬語もなくなり、互いに下の名前で呼ぶようになったのは自分でも意外とは思うが。

 昔の俺であったらこんな可愛い子はおろか同年代の女の子ですらまともに話せなかったというのに。


「でも、葵が憂いることなんかないでしょ? 人当たりもいいし、顔もいいし、すぐにでも人気になりそうな感じだけど。それこそ『あじまろ』のCMがこの前放送されたんだから見た人は感心寄せてくるんじゃない?」

「人を見た目で判断しちゃいけないと思うぞ?」

「……見た目だけで判断したわけじゃないもん」


 頬を染めて手元のコーヒーを啜り始める綺紗羅。

 赤くなるような話などあっただろうか?


「そ、そういえば葵って結局どこの事務所に所属するとか決めたのかしら? あれから色んなところから話がきたんでしょ?」

「きたけど、断った」


 少し驚いた表情を見せる綺紗羅を他所に、俺もコーヒーを啜る。


「どうして? あなた、俳優志望なんでしょ? 今後活動するなら絶対に所属しておいた方がいいんじゃない?」


 もちろん、それはそうだ。

 所属しないとするとでは仕事の量が圧倒的に違う。

 仕事を回してもらえるような人脈や何をしなくても仕事がやって来る実績があれば別だが、そうでなければ事務所が持ってきてくれた仕事やオーディションを受けるのが普通だ。


「しかも、俺はまだ未成年だからね。仮に仕事がもらえたとしてもいちいち親の承諾書を取るのがめんどい」

「もしかして、御崎さんがいる『フォルテシモ』に入りたいから?」

「まぁ、そうだな」


 本当は佐倉がいるからなんだが……ここは言うべきではないだろう。

 言ったところで意味ないし、同じ業界の人間に言ってどこで話が広まるかは分からないから。


「御崎さんも御崎さんだけど……」

「うん?」

「弟もシスコンなのね」


 不名誉な。


「……いやいや、何を言ってんだか」

「姉の背中を追いかける構図ってそうにしか見えないわよ?」


 本心を話せないだけでここまで否定がし難いものなのだろうか?

 これまでの人生で一番勉強になったことかもしれない。


「ふふっ、あなたも可愛らしい一面があるのね。私の中ではなんでもできるイメージがあったわ」

「そんなことはねぇよ。俺も勉強することが多いし、まだまだだ」

「今度また演技教えてよ。スタジオ借りるから」

「……それはいいが、俺じゃなくても講師の人間とかいるだろ? なんだったら先輩俳優とかに聞けばさ」


 俺も活動し始めて数年は経っていたが、たったの数年だ。

 上を見上げればお歴々だっているし、積み上げてきた経験が凄い人だっている。

 才能があるという自負はあるが、教えるという観点では未熟もいいところだろう。


「同世代の方が聞きやすいのよ」

「言っておくが、先輩は綺紗羅の方だからな?」

「《《尊敬》》しているのはあなたなのよ」

「…………」

「今の目標は葵なのよ。だから、ね?」


 いたずらめいたような笑みを綺紗羅は浮かべる。

 その蠱惑的なものに、思わずドキッとしてしまった。

 だからからか―――


「……あんまり期待はするなよ?」

「ふふっ、ありがと♪」


 さてと、と。

 綺紗羅はコーヒーを手に取って立ち上がった。


「じゃあ、早速どこかのスタジオ探して教えてちょうだい。もしなかったらネカフェね」

「ネカフェはやめろよ、この歳で追い出されるとかご近所さんの噂になるだろうが」

「女優と二人きりで密室の方が噂されるわよ?」

「互いの知名度が上がってから言ってくれ、そのセリフは」


 けど、この前向きな姿勢は嫌いにはなれなくて。

 立ち上がった俺の心の中には、入学に対しての不安はいつの間にか消えてしまっていた。

 結局、この日はスタジオを借りて互いにみっちり演技の練習に没頭した。


 そして、いよいよ───リスタートが始まる。

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