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CM撮影

『さぁ、今日は父さんの手作りだ!』

『あなたの手料理も久しぶりねぇ』


 それからしばらくして、ようやくCMの撮影が始まった。

 今回は『あじまろ』というカレーの商品。

 父親が休日に珍しくカレーを作り、家族総出で味わうという台本で進められる。

 母親が待ち焦がれる娘達を微笑ましそうに眺めながら食器を並べ、父親がカレーの入った鍋を食卓の真ん中に置く。

 そして、お腹を空かせた姉妹がその鍋の中を見て笑顔を浮かべて美味しそうに頬張り、最後に商品名を―――というのが一連の流れだ。


 もちろん、カレーはできたものを用意。

 考えてみれば当たり前だが、何度もリテイクが入ってしまう可能性があるのに一から作ってなどいられない。

 それに、一から作る時間も役者やスタッフにも与えられていない。

 まぁ、カレーなら冷めても温め直せば出来立てのように見えるから出来立てじゃないにしても問題はないだろう。

 細かい部分は編集と撮影部の仕事だ。


 役者に求められるのは、あくまで出来立てを作り、美味しそうに食べる演技のみ。

 一家が仲睦まじく、団欒の中でカレーをさも自然なように出して晩餐にすることが求められている。

 父親役の男の人も、母親役の人も見事な演技だ。

 傍から見ている人間が演じていると分かっていても、まるで今から家族で食べるのだと思ってしまう。

 流石はあの歳まで役者として活躍している人達だ。学べることが多い演技である。


『うわぁ~、お父さんが作ったカレー、すっごく美味しそう!』


 加えて、姉さんも姉さんで凄い。

 元はモデル。演じる側などあまりやってこなかっただろうに、見事に『カレーを待ちわびる子供』をこなしている。

 無邪気な姉という立ち位置が素の姉さんに近いからかもしれない。違和感が少なく、自然にあの空気へと溶け込んでいた。


 だけど―――


『美味しソうだネ、オ姉ちゃんっ!』

「はい、カット!」


 何度目か忘れてしまった中止の声が入る。

 それと同時に、役者の動きが全て止まった。


「綺紗羅ちゃん、固いよ。オーバーなリアクションなんかいらないからさぁ、もっと自然に動いてくれない?」

「は、はい……すみません」


 綺紗羅と呼ばれる少女が申し訳なさそうに項垂れる。


 ―――姉さんも他の二人もしっかりと演技ができている。

 ただ、問題はこの綺紗羅さんだ。

 監督が言っていたように、リアクションがオーバーすぎる。演技ということに意識が集中してしまっているからか、カメラの位置も気にしすぎているし、表情もどこかぎこちない。

 それは緊張か、はたまた慣れていないからか。

 先程からリテイクをもらっている原因の多くは彼女であった。


「んー……そろそろ一回休憩挟もうか。水分補給とか大事だしねー」


 監督がそう口にすると、それに続いて「休憩入ります!」という声が入った。

 役者の人達は一旦セットからはけ、隅っこに移動して各々マネージャーから水分をもらったりする。姉さんも神辺さんのところへ行き、台本と水をもらっていた。

 そして、例の綺紗羅さんは―――


「……もうっ」


 ……何故か、俺の横へやって来た。

 あくまで傍観者で見学しているだけの俺の周りには誰もいない。というより、極力邪魔しないように誰もいない場所に立っていた。

 しかし、何故わざわざこっちに来る? マネージャーはいないのか?


(まぁ、マネージャーがいるかいないかは置いておいて……一人になりたかったんだろうなぁ)


 あれだけ自分のせいでリテイクを食らっているのだ。

 申し訳なさから一人になりたいと思うのも無理はない。

 その証拠に、隅っこに来て座った彼女は黙々と台本を読み続けている。

 CMということもあってそれほど頭に入れる部分もないのに。

 けど、見た目からして今の俺と変わらない年齢……増長してしまいそうな年頃だというのに、とても一生懸命だ。見ていれば伝わってくる。


「お疲れ様です」

「……あなたは?」


 俺が声をかけると、綺紗羅さんはどこか訝しむような目でこっちを向いてきた。

 その瞳にどこか怯んでしまいそうになるが、我慢して念のため姉さんがこっちに来てもいいように用意しておいた水を差し出す。


「姉さんの……御崎優亜の弟で葵って言います。もしよかったらこれ、どうぞ」

「……ありがとう」


 どこか警戒しながらも、おずおずと水を受け取ってくれる綺紗羅さん。

 あれだけ喋り続けていたのだ、きっと喉でも乾いていたのだろう。


「でも、ごめんなさい。今は話しかけないでくれる? 集中してるから」

「…………」


 そう言って、彼女は再び台本に目を落としていく。

 一秒たりとも無駄にはしたくないのだ。そういう空気が伝わってくる。

 そして、その空気と同時に───


『これで何回目だよ……』

『他の役者はちゃんとやってくれてんのに』

『これだから《《コネ入りの社長令嬢》》は』


 周囲から聞こえてくる愚痴とさり気ない圧。

 外野の俺のところにまで聞こえてくるぐらいだ、恐らく綺紗羅さんにだって届いているだろう。


(あんまりいい気分じゃないよなぁ)


 ふと、昔の記憶が蘇ってくる。

 ただ座っているだけなのに周囲から陰口を叩かれ、馬鹿にされる。

 あの時の俺は確かに何もしなかった人間だ、言いたいことも分かってはいた。

 けど、今の彼女はどこからどう見たって『頑張っている側』の人間だ。

 馬鹿にするのは違うだろう。

 ただ、それと同時に実力主義の世界でもある。

 言われる筋合いも少なからず生まれてしまうのは確かであった。


 しかし、感情はそれとは別なのだ。


「もっと……」

「なに?」


 そのせいか、俺は拒絶されたのにもかかわらず口を開いてしまった。


「考え方、変えた方がいいですよ」


 ……外野が口を出すなんて違うって分かってるんだけどなぁ。

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