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???③

 ふと、視界が一気に明るくなる。


「あ、れ……ここは?」


 見慣れた、《《自分の借りた》》部屋のリビング。

 その真ん中のカーペットの上で私は呆然と立ち尽くしてしまっていた。

 寝ていたわけでもないのに、どうして私は目が覚めたような感覚になっているんだろう?

 さっきまで別のところにいたような……でも思い出せない。

 それどころか、自分の前後の記憶がすっぽり抜けているような気がする。


(なんだか、不思議な気持ち)


 よく分からない。

 何か《《大事なことがあった》》気が───


「……哀しかったような、嬉しかったような」


 よく分からない。

 このなんとも言い表せない感覚が、胸の奥にこべりついてしまっている。

 それでもずっと立っているわけにはいかなくて。

 私はとりあえず顔でも洗おうと、リビングの扉へと向かおうとする。

 その時ちょうど、扉が開いて一人の女性が顔を見せた。


「あら、どうしたの柊夜? そんなところに突っ立っちゃって」


 どうしてここに綺紗羅さんがいるんだろう?

 しかも、外着ではなくグレーとホワイトのオシャレな部屋着を着て。


「ううん、どうして綺紗羅さんがここにいるのかなーって」

「おかしなことを言うわね。昨日、解散場所が近かったから泊まらせてもらったんじゃない」


 ……あ、そうか。

 そういえば昨日、仕事終わりで私の家が近かったから泊まりに来たんだった。


「しかも、なんだか口調が変わってるし……」


 雰囲気も、と。

 綺紗羅さんは私に近づいて顔を寄せてくる。


「そ、そんなことはありませんよっ!」


 そうだ、どうして私はこんな口調なんだろう?

 でも不思議と違和感がない。

 礼儀正しく振舞っていても、そうでなくても───使い分けられる。明確にどっちがどっちかなのかが理解できる。


 今思った。

 いつの間にか、《《私は私を見つけられている》》。

 なんで? どうして? あんなにも見つけられなかったのに。


「そう? ちょっと昔の柊夜に戻ったような気がするけど……まぁ、いいわ。あなたも早く準備しなさい」

「え、準備?」

「あなたも今日、これから仕事でしょ? 《《御崎葵》》と」

「ッ!?」


 その言葉を聞いた瞬間───胸の奥が一気に熱くなった。

 これが何故だか分からない。けど、気がつけば……足が勝手に動いていた。


「ちょ、ちょっと柊夜!?」


 急いでリビングを飛び出した私の背中から綺紗羅さんの慌てるような声が聞こえてくる。

 だけど私はそれを無視して靴を吐き、玄関を開けて駆け出した。

 エレベーターを降りて大通りでタクシーを拾って、そのまま『フォルテシモ』の事務所へと向かう。

 エントランスに入ると、周囲から色んな声が耳に届いた。

 急いで飛び出してきた私の格好が変だったのか? それは分からないけどどうでもいい。


(どこ……!?)


 どこに行けば会えるの?

 そう思っていると、エントランスに見知った人がいるのを見かけた。


「すみません!」

「お、おぅ……柊夜ちゃんじゃないか。どうしたの?」


 スーツを着て戸惑っているのは神辺さんという人だったはず。

 確か、彼のマネージャーで───


「御崎さんはどこにいますか!?」

「葵くんかい? だったら、二部の事務所にいるけど」

「ありがとうございます!」


 私はすぐさまお礼を言ってその場から駆け出した。

 二部の事務所は階段を上がって左の突き当たり。

 中を走るなんて真似はしたくないけど……勝手に動く。


(御崎さん……!)


 どうして私がこんなことをしているのかも分からない。

 柄にもなく走って、今すぐ見つけなくてもいい姿を探すなんて。

 でも、無性に会いたくて……胸の中がいっぱいいっぱいで。


 階段を上がると、すぐさま突き当たりの部屋へと向かう。

 扉を勢いよく開け放ったからか、中にいる人達が一斉にこっちを向いた。

 だけど、そんなのどうでもよくて。

 室内を見渡し、彼の姿を探す。

 そして───



「どうした、佐倉? そんなに慌てて……撮影まではまだ時間があるぞ?」



 横のソファーで座っている、スーツを身に纏った御崎さんの姿を見つけた。


(あぁ……)


 いた。

 いたよ。

 もう会えないのかと、声も聞けないのかと。

 何故かそんなあり得ないことが現実だったような気がして。

 それでも現実ではないのだと、今目の前の光景こそが現実なんだとようやく安心してしまって。

 気がついた頃には私は御崎さんに駆け寄って……そのまま胸に飛び込んだ。


「お、おいっ! 佐倉!?」


 ……本物だよ。

 この温かさと声は、間違いなく本物だった。

 もう二度と伝えられないと何故か思っていたのに。

 抱いていた哀しさが一気に消えて、今は人生で味わったことのないほど喜んでいる。

 それは勝手に流れてきてしまった涙が証明していた。


「……御崎さん」


 ───伝えないと。

 もう伝えられないのだと、後悔する前に。


「私は」


 顔を上げて、潤んだ視界の中……私は口を開いた。



「あなたのことが大好きですっ」



 御崎さんは私にとって───《《特別な人》》なんだから。


 これだけは、本当に伝えたかった。



 ♦️♦️♦️



「……ぃ、さ……ら」


 遠くから、そんな声が聞こえてくる。

 なんだろうと、目を開けるとそこには《《学生服》》を身に纏った御崎さんの姿が映った。


「おい、佐倉」


 ゆっくりと周りを確認する。

 どうやら私は車内にいるようだ。


「着いたぞ、学校に」


 ───あぁ、そうか。

『一つの林檎と五人の狼』の撮影が終わって、間に合うからと午後最後の授業を受けるために学校へと向かっていたんだった。

 その道中で私は疲れて寝ちゃっていたみたい。

 今日は確かに色んなことがあったし、いつも以上に本気だったからかな?


「ありがと、御崎さん」

「気にするな」


 寝顔、見られちゃったんだよね……少し恥ずかしいな。


(でも、もっと見てほしい)


 御崎さんには、私のことを。

 女優としての私も、仮面をつけている私も、見つけてくれた私も全部。

 そして、できることなら御崎さんのことももっと見せてほしい。

 ふふっ、そう思っちゃうって……本当に御崎さんのことを好きになっちゃったんだなぁ。


「しかし、気持ちよさそうに寝てたが……いい夢でも見られたのか?」


 車を降りて、御崎さんがそんなことを尋ねてくる。

 私も車を降りて彼の横に並んだ。


「うーん……そうだなぁ」


 あまり覚えてはいないんだけど、これだけははっきりと分かる。


「《《いい夢》》、だったよ」

「そっか」


 本当にいい夢だった気がする。

 後悔していたことも、苦しんでいたものも全部がなくなって、幸せな気分になっていた。

 ちゃんと、私がそう思えるほどに。


「これからどうしよっかなぁ」

「どうするって?」

「口調とか、かな? 今までとキャラ違うでしょ?」


 見つけてもらった私でいるか、今までの私でいるか。

 もう戻れない……なんてことはないはず。

 だって、御崎さんのおかげで自分の境が───よく分かってきたから。


「どっちでもいいんじゃねぇの? 俺はどっちの佐倉も好きだしな」


 ドキッ、と。

 その言葉だけで胸が跳ね上がる。

 顔に熱が上がってしまいそうだったけど、すぐに平静を装った。

 前までいつも身につけていた佐倉柊夜という役も一緒に。


「……ふふっ、では元に戻しましょうか」

「その心は?」

「それは───」


 私は御崎さんの正面に周り、思わず浮かんだ笑みを向けました。



「《《君だけに見せる私》》……というのも、存外素敵だと思いませんか?」



 だって、あなたは私の───特別な人、ですからね。

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