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なんか、嫌だ

(※柊夜視点)


 クランクインしてから時間が経つのはあっという間なもので、もう一ヶ月の月日が経ってしまいました。

 キャストによってはすでにクランクアウトした人もおり、現場が少し寂しくなっていきます。

 ですが、感じる寂しさとは一変して撮影はクライマックスを直前に控えるところまで進みました。


『お前は俺と同じ場所には立てない』


 現場は校舎ではなく、今度はスタジオに。

 夕暮れが背景を彩る河川敷———なのですが、視界に映るのは緑の撮影シートのみ。

 画像をあとで張るのはよくあることです。タイミングよく映えるような夕陽が照らしてくれるとは限りませんし、スケジュールも合わせられることも少ないのですから。


『ど、どうして……』


 戸惑い、疑問を抱える。

 唐突に発せられた言葉に少女はただ現状を掴めずにいる。


 ―――そんな場面。

 茜が瑛士の苦悩の淵に触れてしまい、距離を置かれようとしている。

 声は震えさせましょう。瞳も少しだけ揺らしましょう。腕の力を抜きましょう。

 そうすれば、どの位置からカメラを向けられてもフレームには想像通りの茜が写りますから。


『そもそも、今までが間違いだったんだ』


 表情を歪ませ、力の抜けたような、諦めたような笑みでこちらを向く瑛士。


(流石は御崎さんです)


 キャラクターに強い意思を感じます。

 姿そのものは御崎葵のものであるにもかかわらず、こうして対面していると正真正銘瑛士というキャラクターにしか思えません。

 それほどまでに瑛士というキャラクターに説得力を持ち、頑固な自分の解釈を貫き通せるだけの力があるということ。

 これほど物語がハマる演技も珍しい。まるで《《何年も積み上げてきた経験》》があるように見えます。


 加えて、ここに至るまでの撮影で他のキャストのサポートも行っておりました。

 セリフがごもってしまった時は咄嗟にセリフを被せ、不自然な移動もすぐさまカバー。

 本当はキャリアを他者よりも積んできた私がするべきなのだと思っていましたが、蓋を開けてみればそんなことはありません。

 おかげでリテイクの回数は極端に低くなり、私も伸び伸びと演技ができました。


(あぁ、《《楽しい》》)


 レベルが高いから? それとも知人と共演しているから?

 この感情も本当に珍しい……久しく覚えていなかったこの感覚。どの撮影をしてもどこに行っても誰と遊んでも思うことはなかったはずなのに。

 ふつふつ、と。胸の内から弾むような高揚感が襲い掛かってきます。


 私は昔、こんな感覚をしていた時があったような気がします。

 子供の頃、それこそ役者になる前だったか……毎日のように外へ飛び出すと、自由な空間と新しい発見に胸を躍らしていたはず。

 今はどこに行っても、誰に会っても思うことはなくなったもの。


(……御崎さん)


 これも御崎さんのおかげです。

 御崎さんだからこそ味わえた。

 この感覚は本当に素晴らしい。

 一瞬、一時にしか湧かない感情なのかもしれません。

 カットが入ればすぐにいつもの無機質に戻り、どこで湧くか分からない感情にいつも通りの寂しさを覚えてしまうでしょう。

 恐らく、《《私はこの感情を自分では生み出せない》》。

 どうすればこの感情が生み出せるのか? なんとなくでしか違いが分からないこの感情の境はどこにあるのか───私には分かりません。

 分かっていたら、そもそも苦労などしていなのです 。


(だから、この感覚に酔いどれたい(酔いしれたい))


 願わくばずっと。

 今まで感じてこなかった年月の分だけ、この感情を味わっていたい。身を投じて流れるまま任せてみたい。


『お前は一般人で、俺は異端。あの生徒会に足を踏み入れ、腰を下ろした瞬間に運命は決まっていた』


 一歩、また一歩、と。

 瑛士が悲痛な表情を浮かべたまま近づいてきます。


(あと何分続きますか?)


 まだ終わりませんよね? まだまだ続きますよね?

 一度終わってしまえば次は何も思えないかもしれないのです。

 たから、このまま。


『俺とお前は違う』


 ずっと。




『《《お前は違うんだ》》』




 ………。

 ………………。

 ……………………………………………えっ?


(セリフ、が……違う)


 ここでは『だからもう関わるな』と、突き放すセリフが入るはず。

 まさか、あの御崎さんがセリフを間違えたのでしょうか? これまで一度もミスをしていなかった御崎さんが?


 少し視線だけ逸らすと、監督や皆様も少し戸惑い始めていました。

 恐らくここでリテイクをするのか迷っているのでしょう。

 ただ、そう迷っているのは―――この雰囲気と言葉がイカせるようなものであるから。

 このまま進めたとしても、恐らく場面に違和感は生まれない。


『違う……?』


 止めないのであれば、私が止まるわけにはいきません。

 すぐさまアドリブを入れます。


『そうだ、お前は違う』


 しかし、御崎さんはセリフを戻すことなく言葉を続けます。

 ……まさか、ここでアドリブを入れてくるとは。

 ですが、これはこれで面白いです。

 どう転がるのか、少し見てみたい気持ちも―――


『分かってるだろ、お前も。俺だけじゃない……《《お前は誰とも違う人間だ》》』

『……えっ』


 あ、れ……?

 おかしい、ですね。

 なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで───


(あの感情は、一体どこへ……?)


 フッ、と。先程まで酔いどれていたかった感覚が突然消えました。

 それどころか、今度は胸の内には黒くおどろおどろしい何かが込み上げてきます。


 なんですか、この感情は。私は知りません。

 真っ直ぐに見つめてくる御崎さんの瞳が、その感情から私を離してくれませんでした。


(……いやっ)


 なんか、この感覚は……嫌だ。

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