人によく道を聞かれるのはナメられてるってこと?
ぼくはよく人に道を聞かれる。
「すみません、郵便局に行きたいんですけど……」
「公民館がどこかって分かります?」
「ここらへんにコンビニってないですかねえ」
正確に数えたわけではないが、月に2~3回は聞かれてると思う。同じ日に二度道を聞かれたこともある。
外国人に尋ねられた時は焦ったが、とりあえずどこに行きたいかは聞き取れたので、紙とペンで何とかなった。
ぼくはそんな自分に疑問を持つことはなかった。そう、あの日までは……。
ある日、ぼくは友人とファミレスで食事をしていた。
これといったオシャレをしてないぼくに対し、友人は髪を茶に染め、ジャケットを着崩して、普通以上チャラ男未満といった風貌。
ぼくはカルボナーラを頼み、あいつはハンバーグステーキを注文する。
取り留めのない雑談を交わしつつ、こんな話題になった。
「そういや、待ち合わせ場所でお前、おじさんと話してたけどあれ誰?」
「ああ、あれは道を聞かれてただけだよ」
ぼくは大型スーパーの場所を聞かれていた。難しい道ではないので、すんなり答えることができた。
「あー、お前って道聞かれやすそうなタイプだもんな」
友人の言葉に引っかかったぼくは聞き返した。
「どういうこと?」
「いや、ほらお前……ナメられるタイプだろ。道とか聞きやすいじゃん」
友人の表情に悪意はなかった。侮蔑などの意図も感じられない。
「ナメられるタイプ」というのも「お前って平和主義者じゃん?」「お前ってタカ派というよりハト派じゃん?」ぐらいの意味で使ってるというのは察せられるのだが、やはりいい気分ではない。
すぐに話題は切り替わったが、そこからのカルボナーラはあまり美味しく感じられなかった。
***
家に帰ってからも、友人の言葉が引っかかっていた。
お前……ナメられるタイプだろ。
そうなのか?
ぼくがよく道を聞かれたのは、そんな理由だったのか?
道に迷った人は、ぼくのことをナメてるから、ぼくに道を聞いたのか?
いてもたってもいられず、ぼくはノートパソコンを開いて、インターネットで検索してみた。
「道を聞かれやすい人」と――
すると出るわ出るわ。
ナメられてるから、とか。
格下に見られてるから、とか。
無害そうだから、とか。
ぼくは今まで道を聞かれやすい自分を誇りにすら思っていた。人徳みたいなもののおかげだと。だけど、なんてことはない。ナメられてるからだったとは。
自分がピエロだったことを自覚し、目に涙すら浮かびそうになる。
だけど、よく考えたらそりゃそうだ。
土地勘のない場所で、知らない人に何かを聞くというのはとても勇気のいる行為だ。そんな勇気のいる行為をするんだから当然相手は選ぶ。
弱そうな奴、格下っぽい奴、害がなさそうな奴……すなわちナメている奴に。
初めて来た土地を歩いてる。どこを歩いてるか分からない。道を聞かなきゃならない。さて、目の前には――
オタクとヤンキーがいました。
サラリーマンとヤクザがいました。
スライムと大魔王がいました。
どっちに道を尋ねる?
みんな、オタク・サラリーマン・スライムを選ぶに決まってる。安全そうだから。ナメているから。
ぼくはなんだか腹が立ち、洗面所の鏡の前に立った。
そこには中肉中背の、整髪料すらつけてない、頼りなさそうな青年の姿があった。我ながら無害そうで、弱そうで、ナメられそうな外見だ。
「変わってやる……!」
鏡に軽く拳をぶつける。
「ぼくはスライムじゃない……!」
***
さっそくぼくは近所のディスカウントストアに向かった。
怖い人がよく着てるイメージのある派手なアロハシャツを購入、それとワックスとサングラスも買った。
自宅に戻り、アロハとサングラスを身につけ、ワックスで髪を逆立てる。
鏡を見ると……うん、ちょっと弱そうだけどなかなか怖そうなお兄さんに仕上がってるじゃないか。少なくともぼくだったら、鏡に映ってる男に道を聞いたりしない。
ちょっと違った自分になったつもりで、ぼくは町へ出た。
***
住宅街を肩をいからせながら歩く。
サラリーマン風の男が避ける。
主婦が避ける。
小学生たちが避ける。
ふふふ、いい気持ちだ。以前のぼくだったらこんなことはなかったろう。前のぼくはナメられオーラのせいで引力を発してたけど、今のぼくはその逆……えぇと、斥力を発しているのだ。周囲から避けてくれる。まるで生まれ変わったような気分だ。
なにやらきょろきょろしている眼鏡をかけた男がいた。もしかすると、目的地を探してるのかもしれない。さっきまでのぼくだったら、道を聞かれてただろうな、と男を見る。すると、あっちから目を逸らした。絡まれると思ったのかもしれない。何もしてないのに強くなった気分だ。もうぼくはスライムじゃない!
ファストフード店でハンバーガーとコーラを買い、ぼくは駅前のベンチに腰掛けそれを食べる。食べ方も今の恰好に見合うよう、ちょっとワイルドにしてる。隣を空けてあるのに、誰も座ってこない。みんな、そんなにぼくが怖いか。恐ろしいか。
ぼくがスライムから進化した大魔王気分を堪能していると――
おばあさんがうろうろしていた。
明らかに道に迷ってる模様。人通りは多いのだが、誰も気にかけない。無情におばあさんの傍を通りすぎる人々。といっても人にはそれぞれ事情があるのだ。おばあさんを助けない人を「冷たい人」と評するのはフェアではないだろうが。
誰かに道を尋ねたいが、気弱そうなおばあさんはそれもできないようだ。まるでぼくを見てるようで辛くなる。心の中で謝りながら、ぼくはベンチから立ち去ろうとする。
「……」
だけど気になってしまう。
かといって、ぼくも自分からおばあさんに話しかける勇気はないので、サングラスを外してアロハのボタンを閉めて、おばあさんに近づいた。これならだいぶ怖くなくなったはずだ。
案の定、おばあさんは話しかけてきた。
「あの……ちょっと道をお聞きしたいんですけど」
「なんでしょう?」努めて柔らかい口調にする。
「市民会館に行くにはどうしたら……」
「えぇと……ちょっと説明しづらいんで、一緒に行きましょう」
ぼくはおばあさんを市民会館まで案内した。
「助かりました。本当にありがとうございました……!」
「いえ……」
おばあさんはぼくに礼を言うと、市民会館に入っていった。
結局ぼくは道を聞かれ、案内までしてしまった。
――とてもいい気持ちだった。
***
ぼくは家に帰るとワックスで逆立てた髪を洗った。サングラスをしまい、アロハシャツも脱いだ。
やっぱりぼくらしくないと感じたのだ。
そして、鏡に映った自分に言い聞かせるように独りごちる。
「いいじゃないか。いくらでも道を聞かれたって。聞かれたら答える。ただそれだけさ」
髪を洗ったついでに顔を洗い、タオルで拭く。
そしてさっぱりして前を向くと、ずっと迷ってたぼくの前に、光り輝く道が見えたような気がした。
完
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