大群
しばらく、全員無言で階段を降りていた。
さっき、突然現れた魔王と、その行動に、皆それぞれに恐怖を覚えたからだろう。誰も、気軽に言葉を発しようという者はいなかった。
唱は考えていた。
魔王が現れた理由。たぶん、国王を消すのが目的だったんだろう。だけど、あの時。ランテさんが弓矢を放ってくれたあの時。間違いなく、魔王はおれを狙ってた。
それに、魔王は唱のことを「お前が“悪魔を消滅させる”音楽騎士か」と言った。魔王は、唱の存在を認識していたのだ。
つまり、おれを指名手配したのは、国王じゃなく、魔王だったんだ。だとしたら、たぶんその理由は……
唱の歌の“もう一つの力”。
天井を見上げると、唱は拳をぎゅっと握りしめた。
「ん? どうしたんだ、ショウ?」
唱の様子に気づいたYAMAが声をかけた。
「え? あ、いや、その……」
唱が答えようとした時、少し先にある横穴から、すごい勢いで何かが飛び出してきた。
「うわぁっ」
先頭のTaiyoが驚いた拍子に尻餅をついた、が、すぐに歌い出す。Kassyの声が響いた。
「悪魔、来ましたね!」
「やっぱりな。あれで終りってことはねぇと思ってた!」
倒れたTaiyoを立ち上がらせながらRYU-Jinも言った。
歌っていたTaiyoが、ふいに手で合図をする。それを見たKassyがラップを始めると、Taiyoは振り返った。
「やばいよ。どんどん集まってきてる。すごい数。たぶん、マーニちゃんが悪魔を呼びだした時より多いと思う。しかも、かなり強いやつばっかりだ」
「了解っす。歌います」
すぐに歌い始めたニシモに、Taiyoが親指を上げる。
「ありがと、助かる。カッシー、ニシモが時間稼いでくれてる間に作戦会議しよう」
全員、ニシモにくっつくように集まる。狭い階段の上では、なかなかにつらい状況だった。
YAMAが言う。
「おれ達は、この通り、足場の悪い階段の上で戦うことを強制されてる。しかも、この塔の構造上、おれ達のいる場所は四方八方から狙われ放題。完全に不利だ。」
「それに、ここで足止め食らってるわけにもいかないぜ。マーニちゃんとコモードさんが心配だ。少しずつでも進まねぇと」
「リュウの言う通りだ。全員まとまって、悪魔を倒しながら進む。陣形はこう。ニシモを中心にして、おれとリュウが守る。先頭はショウ。悪魔を倒しながら進んでくれ。その後ろにカッシー、ペザン。ショウを補佐してくれ。ランテさんはペザンの後ろ。ニシモの隣でもあるから一番安全だ。殿はタイヨウ。背後から来る悪魔は任せた」
「了解。でも、移動することでおれの射程距離から外れる悪魔が出るから、注意してね」
「そこはペザン。お前が気を付けてくれ。頼むぞ」
「なっ。お、おれがか? し、仕方ないな、このペザンを頼りたいのはよくわかる。よし、任せとけ!」
いや、頼りたいとかそういう問題じゃないでしょ。
きっとニシモが話せる状態だったらこう言っただろう。唱は苦笑いしながら、先頭に移動する。
「ショウ様、お気をつけてくださいね」
背中から、心配そうなランテの声がかかる。唱は、手をあげて答えた。
全員が配置につくと、唱達は壁に体をくっつけるようにしながら、お互いが離れないように気を付けながら少しずつ移動を始めた。
相手が普通の悪魔であれば、唱にとっては好都合だった。
よし、これも魔王を倒す第一歩だ。
唱は大きく息を吸い、一気に歌い出す。やがて、ニシモの歌で近寄れず周囲にうようよしていた悪魔達が、悲鳴と共にキラキラと消えて行った。
悪魔は次から次へと襲ってきた。倒したと思っても、すぐ、横穴から悪魔が飛び出してきて道をふさぐ。素通りすることもできないため、そのたびに立ち止まって倒さなくてはならなかった。
おそらく、こちらの戦力をわかっていて、絶え間なく襲うように、ディレトーレが指示したのだろう。
以前、襲われた村をペザン達と共に助けたことがあったが、あれとはわけが違った。あの時は、まだ倒す悪魔の数の見当がついた。しかし今は、一体、どれくらい相手にしなければならないのかがわからない。終りの見えない状況は、唱達の心に大きな負荷を与えていた。
「くっそお、きりがねぇ! こんなんじゃ、下まで降りるのに何時間かかんだよ!」
RYU-Jinがぼやくのも無理はなかった。
唱達は、少しずつ移動はしていたが、その進みはひどく遅いものだった。特に、横穴を超える時が難関だった。全員がまとまって無事に通過するには、穴の中から出てくる悪魔を全て倒す必要があり、とにかく時間を取られた。
くそっ。時間かかり過ぎだ。ニシモだって、いつ歌えなくなるかわからない。早く、下へ行かないと……
次第に、唱の心には焦りが生まれていた。
戦い始めてからどのくらいが経過した頃だっただろうか。目の前の横穴から悪魔が出てこなくなったのを確認し、
「よし、大丈夫です。行きましょう」
と、唱が声をかけながら横穴の前を急ぎ足で通り過ぎた時だった。
「わぁぁっ!」
背後で悲鳴が上がる。
「どうしました? カッシーさん?」
振り返ると、横穴からたくさんの黒い塊が飛び出してきた。そして、その下にカッシーがひっくり返っている。
しまった! まだ残ってたんだ!
ぎょっとした時、自分がニシモの力の圏外になっていることに気づいた。
「唱! 戻れ!」
誰かが叫んだが、すでに、その中の悪魔の何匹かが、唱の方に手を伸ばしていた。
まずい、おれの歌じゃ間に合わない――
と思った瞬間、目の前でボォッと火が燃え上がった。
――ビギャアアアアアアァァァァァ!
つんざくような悲鳴。紫色の炎の中で、悪魔がのたうち回っている。そして、やがて燃え尽きて無くなった。
神に祈りし、我が友よ。
歌が聞こえた。
え? これって、まさか――
見上げると、階段の途中に黒衣の騎士が立っていた。
「お前、フオゴじゃねぇか!」
RYU-Jinの声で、全員、驚いて突然の助っ人に注目した。
しかし、フオゴは眉一つ動かさず、いつものように淡々とした口調で言った。
「話は後だ。まだ次々に来るぞ」
唱は、大きな荷物を肩から降ろしたような、そんな安堵感に包まれた。安心したせいか、不思議と力が湧いてくる。
少し焦り過ぎてたな。よし、フオゴが来てくれたんなら大丈夫だ。気合い入れ直していくぞ。
唱は、再び声を張り上げた。




