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熱く、冷たい戦い

 真っ暗な夜闇の中、監獄塔はぼうっと浮かび上がるように大きくそびえ立っていた。


「ふぅ。何とかここまでは見つからずに来れたな」

「シフレー達のおかげだね。ここまで何の騒ぎにもならなかった」


 唱は改めて、シフレー達に礼を言った。


 RYU-JinとYAMAが、モレドに感心している。


「しっかし、お前の彼女、マジでやっべぇな。酒で門番眠らしちゃうなんてよ」

「飲ませた酒……この国で一番強い酒だったよな……確か、名前が“悪魔の涙”だっけ? なかなか皮肉がきいている」

「ここの門番、酒癖悪いやつが多いですからね。ちょっと差し入れすりゃ、こうですよ」


 モレドが得意げに胸を張った。


 唱達は、真夜中になったと共に作戦を開始したのだった。オルケス脱出の時にも使った隠し通路から中に入り、シフレー組に紛れ込みながら城まで移動してきたのだ。そして難関と思われた城への潜入も、モレドとその恋人のおかげで、難なくクリアできたのだった。


「ショウ様、急ぎましょう。早く行かなければ、マーニも、コモードさんも……」


 珍しく焦った様子のランテが言う。唱はうなずいた。


「そうですね。――じゃあ、行きましょうか。監獄塔の中へ」


 改めて、唱は監獄塔を眺めた。


 監獄塔は、おおよそ三十メートルくらいの高さがある石造りの塔だった。

 前に見た時はそこまで気づかなかったのだが、まるで塔にぐるりと巻きつくように、階段が取り付けられている。中に入らずとも直接屋上に行けるのだろう。


 その屋上には、死者のために鳴る鐘が静かに鎮座している。改めて見ると、巨大な鐘だった。


 そして、唱達の目の前には、固く閉ざされた鉄製の黒い扉があった。今から、ここを開けて中に入るのだ。


 この感じ……セレナドの悪魔屋敷の時みたいだな。


 前に似たような状況は経験したとしても、やはり慣れはしない。陰惨な歴史のある建物は、それだけで負のオーラをまとい、唱達を圧倒するようだった。


 唱がごくりと唾を飲み込んだ時、黙って監獄塔を仰ぎ見ていたTaiyoがぽつりと言う。


「この中……相当いるね。たぶん、この扉の向こう、悪魔の巣窟だよ」


 その言葉に、皆、しばしの間、黙り込む。


「……まぁ、こんなとこじゃあな、そりゃ悪魔やお化けもいるだろうよ」

「魔王に一歩近づいた感はあるな」

「ひとまず、僕とタイヨウさんでいつものように悪魔を動けなくします。そしたら、ショウ君お願いします」


「いや、ちょっと待て。お前達はなるべく力を温存した方がいい。私達が何とかしよう」


 そう言うと、シフレーは後ろにいる仲間に合図をした。


「はわわ……わ、私ですか? あの、その、が、頑張ります……」


 小柄な少女がおずおずと前に出てくる。


「レスティちゃん! またあの技見れるんだね。よろしくね!」


 TaiyoとKassyは嬉しそうだ。


「それと、ピックとモレドと私、この四人で中に入ろう。私達が1階を制圧したら、お前達は下へ進め」

「……本当に、何から何まで、ありがとう……」


 唱が言うと、シフレーははにかんだように微笑んだ。


「何を言うか。私達は、救世主のお前にこの世界の運命を託すことしかできない。せめて、これくらいはさせてくれ」


 唱は苦笑いした。


「ははは……この世界の運命、って言われちゃうとピンとこないな。おれは、ただ、大切な人を助けたいだけだから……」


「それでいい。お前がお前のために進むことによって、世界が救われる。素晴らしいことじゃないか」


 シフレーは唱の肩をぽんと叩くと、表情を変えて扉の前に立った。


「よし、行くぞ。レスティ、モレド、ピック。準備はいいか」

「はい!」


 扉を開けるのは、もちろん力自慢のランテだ。


「では皆さん、行きますよ……んんん……!」


 ランテの力によって、扉にかけられていた古びた鍵は、嫌な音を立ててはじけ飛んだ。そして、不気味な音を立てて扉がゆっくりと開いていく。闇の口が徐々に開いていく。


 モレドが歌い始め、中に入った。その後にピックが続く。


「わわ、わ、私、行きます……!」


 ぷるぷると震えながら入っていくレスティは、正直、とても悪魔を倒せるように見えはしない。


 しかし、すぐに彼女の歌が聞こえて来た。


「わぁ、レスティちゃんの戦い、見たいね」


 ウキウキした様子でTaiyoが扉の中を覗き込み、続けて皆様子をうかがった。


 シフレー組の戦法は、悪魔の攻撃が効かないモレドが囮になって悪魔を誘導し、悪魔を弾き飛ばすピックが盾となりながら、攻撃組のレスティとシフレーが決めるのが定番の形だ。

 今も、ピックの影になるようにしながら、レスティが歌っている。


 レスティの歌は、フォークダンス曲を彷彿とさせるものだった。リズミカルで、思わず踊り出したくなるような歌だ。

 それを、彼女は今、かなりのスピードで歌っている。

 それと同時に、悪魔が激しいボディブローを受けて次々に壁にたたきつけられていく。


 レスティの攻撃は実際に悪魔にダメージを与えるため、攻撃を受けた悪魔は皆苦しそうにもがいている。


「出ましたァ! 畳みかけるようなパンチのラーーーッシュ!」

「これは防げない! 防ぐことができない、どうする悪魔!?」

「おーーっと、ここでカウンター! レスティ選手、猛烈な一撃ィィィ!」

「決まったぁ! 強烈な左フーック! 居並ぶ悪魔どもをことごとく蹴散らしていくゥ!」


 ドアの隙間に顔を突っ込んでクリワと唱達が大騒ぎしていると、背後からシフレーの呆れたような声がした。


「お前達、さっきから何を言っているんだ? さぁ、どいてくれ。私の出番だ」


 唱達が道を開けると、シフレーが中に入っていく。


「ここで真打登場だァ! 氷の女王、シフレーェェ!!」

「さぁ、シフレー選手、この大量の悪魔に、どうとどめを刺す気なのでしょうか!?」

「面白い試合運びとなってきましたねェ!」


 塔の一階は、中央が丸く空洞になっており、その周りが広いバルコニーのようになっている作りだった。レスティの攻撃によって、大量の悪魔が壁際に張り付くように倒れている。


 シフレーは高らかに歌い出した。


 良い木こりと悪い木こりの歌。


 ふと、唱は、この曲をランテが歌っていたあの夜のことを思い出した。まるで小さな子供のように、ランテに甘えていたマーニのことも。


 必ず助けてやるからな。待ってろ。


 唱は、拳をそっと握りしめた。


 パキパキと固い音がして、壁がどんどん凍り付いていく。もちろん、凍っているのは悪魔だ。


「ふぅ。この中は声が反響するから、いつもより効果が速かった気がするな」


 シフレーが歌を止めてひとりごちた時には、塔の見えるところは全て氷になっていた。


 唱達は様子をうかがいながら中に入った。途端に、真冬の夜のように冷たい空気が体を刺してくる。


「すっげぇ。まるで氷の城だぜ」

「うわっ。息白いよ!」

「寒っ! 冷蔵庫の中みたいですね!」


 唱も白い息を吐きながら塔の中をぐるりと見回し、天井を仰いだ。


 シフレーが唱達を振り返った。


「さぁ、行け。この氷は、十分くらいしかもたない。その間に、進めるだけ進むんだ」


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