封印の笛
「原典の内容は、単なる伝承なんかじゃなく、実際に過去に起こった出来事の記録だったってことだね」
唱が言い換えると、シフレーが首を縦に振る。
「さっき、歌呼のお嬢ちゃんがさらわれたと言っていたな。原典にも、魔王は一部の人間を自らの手先として使い、この世界を支配しようとしたという記述がある。おそらく、お嬢ちゃんの力も利用しようということだろう。言ってしまえば、光の巫女や国王なんかも利用されているんだろうな」
唱の隣で、ランテが怒りに震えていることが伝わってきた。そして、相変わらずYAMAはそんなランテに気づきもせずにほっとしたように言う。
「ということは、やはり、マーニちゃんはすぐ殺されるようなことはないな。その点は安心だ」
「でも、マーニはそうとしても、コモードさんは……歌の力があるわけでもないのに、一体何のために……」
ランテの怒りが爆発しないよう、唱は必死に話題をそらせた。しかし、そんな唱の気も知らないシフレーはあっさりと言う。
「氏はお嬢ちゃんとも親しいんだろう。であれば、残酷な話だが、きっとお嬢ちゃんに力を使わせるためだろうな」
シフレーの言葉に、ついにランテは声を荒げた。
「つまり、コモードさんを傷つけると脅して、あの子に無理やり歌を? ……もう、夜まで待っていられません! 私、行きます!」
余計に地雷踏んだ!
唱は慌てて、今にも飛び出そうとするランテの腕を引っ張った。
「待ってください、ランテさん、気持ちはわかります! でも、今、感情的になって突撃しても、捕まるだけですよ! たとえ待っても、確実に助ける方法で行かないと」
必死になだめ、ランテはやっと落ち着きを取り戻した。
ランテの様子に驚いていたシフレーが、コホンと咳払いした。
「……何か、気に障るようなことを言ってしまったかな。すまない。で、話の続きだが、私がショウを探していた理由は、これを渡すためだ」
そして、彼女は首から下げていたものを外して唱に手渡した。
「これは……?」
渡されたのは、小指ほどの大きさの茶色っぽい筒状のもので、筒の側面に小さな穴が一つ開いている。材質は、動物の骨か牙のようだ。
「あれから、何か手がかりがないかと思って、故郷に戻っていたんだ。そして、壊された神殿でこれを見つけた。これは元々、魔王を封印していた壺の首に括り付けられていたものだ」
「じゃあ、魔王の封印と関係があるんだね」
「ああ。それはおそらく、封印の笛だ」
「封印の笛……? 魔王を封印する力があるってこと?」
「――魔王を壺に閉じ込めし救世主、高らかに笛を吹く――原典にはこう記述がある。つまり、魔王を入れ物に閉じ込めた後、笛を吹くとその中に封印できるってことだろう」
クリワの四人が顔を見合わせる。
「魔王を入れ物に……悪魔を魔除けのガラスケースに入れるみたいなことかな?」
「それなら楽勝だぜ! 何せおれ達、悪魔捕まえまくってたからな」
「悪魔の時は、僕がラップで操作して入れてましたけど、魔王もそんな感じですかね? そもそも、魔王に歌が通じるのか心配ですが」
「参考までに聞くが、魔王が封印されていた壺ってのはどのくらいの大きさだったんだ?」
YAMAの質問に、シフレーは両手を大きく広げた。
「幅は私が両手を広げたくらい、高さは大人の男の背丈くらいは優にあったな」
「でかっ!」
「んなもん、どうやって持ってくんだよ!」
「こりゃ、魔王を入れ物の近くに誘導しなきゃならないってことだろうな……」
「そもそもそんな大きい入れ物が都合よくあるんですかね……」
困惑したクリワ達に、シフレーが苦笑いする。
「残念ながら、原典には魔王がどのようにして壺に入れられたかの記述はない。それに、私は魔王を見たことがないから、大きさもわからない。こればかりは、その場になってみないとわからないだろうな」
「つまり、ぶっつけ本番ってことか。なかなか緊張するね」
唱は苦笑いして、笛を首にかけた。
「ありがとう、シフレー。頑張ってみるよ」
「私達も共に魔王と戦いたいところだが、おそらく力不足だろう。救世主のお前に全て任せてしまってすまない。その代わりと言っては何だが、お前達が城に潜り込むところまでは全面的に手伝おう」
「本当に? それは助かる!」
計画を話すと、シフレーはすぐに納得した。
「なるほど、了解した。ではまず、オルケスに入るための隠し門とやらの内側に仲間を待機させよう。あとは城に入る時だな。どの門から入るにしろ、門番を何とかする必要がある……まぁ、この辺は何とかなるだろう……あとは、監獄塔か」
「シフレー。監獄塔については知ってるのか?」
YAMAに問われると、シフレーは首を横に振った。
「いや。正直、私はそこまで詳しくはない。誰か、詳しいやついるか?」
シフレーが仲間達に呼びかけると、モレドが手をあげた。
「おれ、少しわかるかもしれないです。城の女性が色々教えてくれたんで――」
「もう、彼女でいいじゃねぇか」
RYU-Jinのぼやきが聞こえなかったように、モレドはところどころ思い出すようにしながら話し始めた。
「ええと、今から何十年も前に地下で火事があって、それから内部は使われなくなったらしいんですが――」
「ああ、それは聞いたことがある。確か、地下にいた囚人が焼け死んだんだよな?」
「そうです、そうです。罪が重いほど下の階に入れられてたそうですけど、地下階にいた囚人は、ほとんど助からなかったらしくて」
「わぁ、怖い! 魔王の前に、オバケが出そうだね!」
「ということは、地下は何層にもなってるということか」
「そういうことだと思います。ちなみに、地上階は政治犯とか王族、貴族みたいな身分の高い人が捕まった時に入れられる牢があったらしいですよ」
「はぁ、やっぱ、こういうとこにも格差があるんだな。ヤダヤダ、地下のやつらは燃え死んだのによ」
「それが、そういうことでもないらしいですよ。一説によると、政治犯を怯えさせて罪を白状させるためだったとか」
「ん? なんでそういうことになるんだよ」
モレドは、顔を恐ろし気に歪めて言った。
「今は鐘しかないですが、昔は監獄塔の屋上に処刑台があったらしいんです。屋上には井戸みたいな穴が開いていて、そこから死体を下に降ろしていたんだそうで……地上階だと、処刑があったかどうかも、よくわかりますからね。そりゃあ、明日は我が身かって、ビビっちゃいますよ……」
「……なるほど。素晴らしく合理的な建物だな」
半分呆れたように、RYU-Jinがモレドに言う。
「お前、予想外によく知ってるじゃねぇか。ってか、お前の彼女も相当すげぇな?」
「はい。彼女、噂話とか大好きなんで。なかなかの情報通ですよ」
得意げに言うモレドに、唱達は皆、心の中で呟いた。
間違っても、変な別れ方すんなよ――!




