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国王の過ち

 国王、マイスター三世は、真っ暗な階段を一人降りていた。


 悪魔と思しき闇どもが、まるで洞窟に住むコウモリのように壁に張り付いたまま、じっと自分のことを見つめている。

 ディレトーレからは、悪魔は自分にだけは攻撃してこないとは言われているが、今にも食いつかんばかりの視線を浴び、まるで、敵陣を一人進むかのような恐ろしさであった。


 果てしないほど続く階段を下り切り、三番目の入り口を入った先に続く廊下を行った奥に、一つの扉がある。ここは、死んだ囚人が呪いを生み出す存在にならないよう祈りをささげる祭壇室への扉だった。


 扉は開いている。くぐるなり、国王は中に向かって言った。


「ディレトーレよ。一体、何が起こっているのだ。そなたの話していた裏切り者の音楽騎士は、殺すことができたのか」


 壁に取り付けられたランタンの明かりの中で、囚人を馬車で運ぶための檻と、天井から吊るされている人間が見える。そして、その間に立つように、ディレトーレがいた。


「あら、国王様。このようなところにいらっしゃるとは、驚きですわ」


 ディレトーレは、ちらりと目線だけを国王に向けて言った。


 国王は、彼女の表情に、言い知れぬ不安を覚える。


「質問に答えよ。裏切り者は、どうなったのじゃ」

「国王様。そのような裏切り者など、取るに足らないほどの物が手に入りましたのよ。それに、ご安心くださいませ。裏切り者は、じき、コレにつられて自ら姿を現すでしょう」


 ディレトーレは、相変わらず体を動かさずに答えた。


 彼女は、よく、このように目だけを動かして会話をすることがあったが、その様子はひどく奇妙であり、人ならざる物のように見えて不気味であることを、国王は今更ながら感じるのであった。


 国王は、改めて、目の前の光景を見た。


「取るに足らないほどの物というのは……なんじゃ? そこに吊るされている者か? 余には、ただの下賤な太った中年男にしか見えんが……」


 ディレトーレが、薄く笑った。


「いいえ。この檻の中の少女ですわ。――今から、面白いものをお見せいたしましょう」


 そう言うと、ディレトーレは檻に近づいて行った。


「さあ、お嬢ちゃん。歌ってごらんなさいな。討伐隊にやったようにね」


 すると、檻の中から、威勢の良い金切り声が響いてくる。


「いやよ! ショウ様もいないのに、歌えるわけないわ! あんたが、この世界をメチャクチャにした犯人ね! 絶対に許さない。言うことなんか、聞くもんですか!」


 檻の中の少女、年は十一、二歳といったところだろうか。このような状況にも関わらず、ディレトーレに対して一歩も引く様子を見せず、意思の強さが感じられる。


 しかし、ディレトーレは全く気にする様子も見せず、くっくっ、と笑った。


「まぁ、元気がいいのね。でも、これを見てもそう言っていられるかしら」


 ディレトーレはパンパンと手を叩いた。すると、壁や床の影がぞわぞわと動く。いや、影に見えていたものは、悪魔だったのだ。


 闇の中からにゅっと飛び出るように手が伸び、吊るされている中年男の足に絡みつく。


「おじちゃん!」


 少女の泣き叫ぶ声が響いた。


「ダメだ。マーニちゃん。とにかく、その女の言うことを聞いてはいけない! あたしのことは気にしなくていい!」


 そう男は言ったが、その顔は恐怖にゆがんでいる。


「さぁ、いいのかしら。お嬢ちゃんが歌わないと、仲良しのおじさんが悪魔に食べられてしまうわよ」


 男の足は、すでに闇の中に溶け込むように消えていた。


「おじちゃん、おじちゃん……!」


 少女は、格子の間から手を必死に伸ばしている。


「マーニちゃん、歌っちゃいけない。絶対にダメだ……これ以上、あたしは君達に迷惑をかけられない……」


 男の体は、すでに胸の下まで無くなっていた。


 檻からめいっぱいに伸ばされていた少女の手が、すっと降りた。そして、部屋に歌声が響く。


 罪深き者が神に救いを求める歌だ。国王も、子供の頃はよく教会で歌わされていた。


 すると、空間から突然闇が生まれた。瞬きをするほんの刹那で、そこに、巨大な獅子の形をした悪魔が現れた。


「なんと……悪魔はこのように生まれるものか……」


 無意識に、国王は呟いていた。


 ディレトーレがパンと手を一回たたくと、男の体を食べていた悪魔が消え、男の体も元に戻った。男が苦しそうに言う。


「マーニちゃん、ダメだ……あたしのことは、いいんだ……」

「ダメよ……おじちゃん。あたし、おじちゃんが悪魔に食べられるのなんて、ヤダよ……」


 少女の泣き声を聞くと、ディレトーレは高らかに笑った。


「ほほほ。たかだか一人の何の力も無い平凡な者のために、なんと人間は愚かなことか」


 生み出された獅子の悪魔を撫でながら、ディレトーレが国王の方を振り返った。


「国王様、少し違いますわ。今の世界のように、空を闇の粒子で覆っていれば、悪魔というものは自然に発生するのでございます。人々の不安や恐れや、苦しみ、憎しみのような負の感情を餌にして。ですが、稀にこのように、強力な悪魔を生み出せる力のある者がいるのです」


 ディレトーレの話を聞いた国王は、ふと、子供の頃にうわの空で聞いていた神書のことを思い出した。


「まさか、あの神書が真実だったとはな……」


 何ともなしにそう言った、その瞬間だった。国王はディレトーレの真の目的を唐突に悟り、心の底から恐怖した。


 ディレトーレは、この日初めて国王に向かって顔を向けた。


「国王様。全てはもう、始まっているのです。もう、引き返すことなどできませんよ」


 そう言って、にたりと笑った顔は、この世の物ではなかった。


 国王は、自らが犯した過ちの重大さに恐れおののき、へなへなとその場にへたり込んだ。


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