音楽騎士
ギィッ、と木のきしむ音が響き、扉がゆっくりと開く。
「さぁ、どうぞ。あそこにいます」
先生はそう言って、礼拝堂の奥を指さした。暗い部屋の中に、唱は足を一歩踏み入れる。空気はひんやりとしていて、埃のにおいがした。
礼拝堂の奥には祭壇があった。その周りだけロウソクが立ち並び、炎がゆらゆらと揺れている。
そして祭壇には、ガラスの大きな壺が置いてあった。その中で何かがうごめいているのが見える。
「似てる……あの、おれ達を追いかけてきた悪魔と……」
唱は、壺の中を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
壺の中には、たんぽぽの綿毛のようなものが、大小たくさん、浮いたり沈んだりしている。しかし、その綿毛の色は白くはなく、真黒だった。
単なる黒い綿毛というわけではない。綿毛の部分だけこの世のものではないような、まるで周囲の暗闇と一体化してしまいそうな漆黒だった。
その吸い込まれてしまいそうな黒い色が、さっき倒した悪魔にそっくりだった。
頭の後ろから先生の声が聞こえてきて、唱は振り返る。
「悪魔も、色々な姿をして現れます。ただ、彼ら――いえ、生き物なのかも定かではありませんが、あえてそのように呼ぶとしたら――彼らの唯一の共通点は、闇であることです」
「闇……?」
「彼らは、この世に存在する色をしていない。ほら、形を成してはいますが、実体があるようには見えないでしょう」
唱は再び壺の中をじっと見つめた。
「……おれが倒した悪魔もそうでしたが……なんか、影みたいですね。確かに、闇と言われれば、そんな感じがします。これを、先生が捕まえたんですか?」
先生は静かにうなずく。
「はい。私の他、教会の者数人で、あの日に捕まえました。教会に古くから伝わる、魔除けの歌で清められた神聖なこの壺を使って。しかし、他の悪魔については、私にはどうすることもできなかった……」
少しの沈黙の後、先生が唱を見やった。
「ショウさん。悪魔を倒すことができるそうですね。では、この悪魔相手に、やってみてください」
先生に言われて、唱は自信なさげに頭をかいた。
「いや、悪魔を倒すっていうか……自分でもよくわからないんですけどね。とりあえず、歌ってみろってことですかね」
「はい。遠慮なくどうぞ」
「遠慮というかですね……おれ、そもそも歌がうまくなくて、びっくりしないでくださいね……」
うう、これでもしさっきのがまぐれだったりしたら、ただ恥ずかしいだけだぞ。
冷や汗をかきながらも、唱は、さっきも歌った『森のくまさん』を歌い始めた。マーニが目をつぶって耳をふさぐのが見える。先生は、さすが神職というべきか、泰然として聞いている。
歌っているうちに、ガラス壺の中に変化が起こった。綿毛の動きがどんどん、どんどん激しくなる。やがて、またあの音が聞こえた。
――シュウウウウウウゥゥゥゥ――
さっきの悪魔が発した音とは少し違う。だが、同じ音だということはわかる。音がどこから聞こえてくるのかがわからない感じ、言うならば、見えないところから一気に音が広がってくるような感じだ。こんな奇妙な聞こえ方をする音は、今まで聞いたことがないものだった。
音がだんだん小さくなるにつれて、綿毛の悪魔はどんどん透明になっていく。
「おぉ……」
先生の口から驚いたような声が漏れた。
ガラス壺の中の綿毛の悪魔は、全て色を失い、きらきらとした光の粒になった。そして、不思議なことに、壺の蓋は閉まっているのに、光の粒が天に向かって昇っていくのだった。
よ、良かった……ちゃんと悪魔倒せて……
唱が安堵のため息をほぉっとつくと、先生が感嘆の声を上げた。
「これは素晴らしい。なんと素晴らしい力でしょう」
マーニがはしゃぐ。
「でしょ? すごいでしょ? ねぇ、先生、ショウ様は絶対、音楽騎士になれますよね?」
「ええ、マーニの言う通りですね。きっと英雄になられることでしょう」
二人の会話に、褒められ慣れていない唱はくすぐったくなった。
「いやいや、やめてくださいよ。英雄なんて、そんな大げさな。大体、音楽騎士なんていっぱいいるんでしょう?」
先生はゆっくり首を振った。
「いえ、音楽騎士の数は少なくはないと思いますが、実際に悪魔を倒せるほどの力を持つ騎士の数は、それほど多くないと聞いています。ですから、国中で音楽騎士を募集しているのですよ」
そう言うと、先生は唱の方に向き直った。
「良いでしょう。ショウさん、あなた様を音楽騎士に推薦する推薦状を書きます。ちょうど、もうすぐ音楽騎士第二次募集の締め切りです。推薦状を持って、首都オルケスに向かってください。明日、お役人に迎えに来てもらえるよう手配をしておきます」
えっ? いきなり?
唱は、唐突な展開に面食らった。