絶望をもたらす者
「ペルデンさんが本当は悪魔を倒してなかったとすると、アイザッツさんも、悪魔を倒してると言えるか微妙になってくるな」
ペルデンの葬儀の夜のことだ。ぽつりとつぶやいたYAMAの言葉に、RYU-JinとKassyが驚いた。
「ちょっと待てよ。それじゃあ、討伐隊ダメダメじゃねぇか」
「じゃあ、フオゴ君はどうなんでしょう? そもそも、悪魔が倒せたっていうのは、何をもって言うんですかね……」
聞いていたTaiyoが、うーんと唸った。
「おれの感覚だと、アイザッツさんはペルデンさんとおんなじ感じがするな。で、フオゴ君はショウとおんなじ感じする」
「おんなじ感じ? 何か共通点があるってことか?」
「出た。タイヨウの天才的直観」
YAMAとRYU-Jinが言うと、Taiyoは悩まし気に眉根を寄せた。
「えーとね……ショウとフオゴ君が悪魔倒す時はね、なんか、目の前の“何か”の存在が本当になくなったような感じがするの。で、ペルデンさんとアイザッツさんの時はね、ただ“何か”がその場からいなくなっただけっていうか……」
「つまり、ショウやフオゴの時は悪魔が死んだ感じがする、みたいなことか?」
「そうだね。それに近いかもね」
聞いていたRYU-Jinは心配そうな顔をした。
「タイヨウの直感は当たるからなぁ。だったら、アイザッツさんも危なくね? ペルデンさんみたいに喰われなきゃいいけど」
その光景は、誰もが信じられなかっただろう。
今まで悪魔討伐隊を率い、最前線で悪魔と戦ってきたアイザッツの無残な姿を見て、その場にいた者は皆、絶望を感じたはずだ。
馬で去ったはずのアイザッツは、今、何匹もの悪魔に四肢をつかまれ、貪り喰われながら恐ろしい悲鳴をあげていた。
「どういうことだ! なぜだ! なぜ私の、私の歌が効かぬ! そんなことが、そんなことがあるものかぁ!」
唱達も、一瞬、何が起こったかわからず、その光景を見つめた。
おそらく、移動していたアイザッツを悪魔が見つけて襲ったのだろう。そして、アイザッツと彼の馬を捕まえて、唱達のいる戦場に戻ってきたようだった。
馬はすでに足しか残っておらず、唱が気づいた時には、最後の一本がやけに頭の大きい人型の悪魔に飲み込まれる瞬間だった。
「アイザッツ団長!」
先に反応したのはフオゴの方だった。唱の真横を、すごい勢いでフオゴが通り過ぎて行った。慌てて、唱もその後を追う。
アイザッツさんの歌が効かない――あの時の不安が現実になってしまった……
走りながら、唱は葬儀の夜にクリワがしていた会話を思い出していた。
おそらく、アイザッツの歌は、悪魔を霧状に粉砕する“だけ”の力だったのだろう。霧状となった悪魔は、今、再び新たな姿を得て現れたのだ。
唱が悪魔を射程圏内に捉えた時には、すでにアイザッツは頭しか残っておらず、悪魔が頭を取り合っている状態だった。
必死に唱は歌ったが、悪魔が消える前に、アイザッツの頭は悲鳴と共に、頭に角の生えた悪魔に飲み込まれていった。
くそっ。間に合わなかったか――
アイザッツの奪還は難しいとは思いつつも、一縷の望みをかけて唱は歌い続けた。
すると、目の前がパッと暗くなった。
はっとした瞬間、目の前で悪魔が断末魔をあげて燃えた。
「うわ! あちち!」
唱は思わず後ろに避けようとして、その拍子に尻餅をつく。
顔を上げると、フオゴがアイザッツを喰った悪魔を全て燃やしていた。気味の悪い悲鳴の合唱が耳を貫いた。
悪魔を倒し終わったフオゴは、歌を止めると、肩で大きく息をしている。
ああ、仇を取ったんだな……
その後ろ姿を見て、なんとなく唱はそう思いながら立ち上がった。
「フオゴ……ありがとう。おかげで助かったよ」
しかし、フオゴは振り返らずに呟いた。
「いや、おれはまたしても助けられなかった……」
やれやれ、と唱は肩をすくめる。
「でも、おれのことは助けてくれたじゃないか。フオゴが歌ってくれなかったら、おれは喰われてたよ。やっぱり、おれはフオゴの速さには勝てない。お互い、適した状況が違うだけってことじゃないかな」
唱がそう言うと、フオゴは意外そうな顔をしながらようやく振り返った。唱はフオゴに笑いかける。
「一人で全部背負う必要なんかないと思うよ。――ま、これは尊敬する人の受け売りなんだけどね。それじゃあさ、残った悪魔倒すの手伝ってよ」
そして、唱はフオゴと手分けして悪魔を倒して回った。そのおかげで、マーニの歌により生み出された大量の悪魔は、予想していたより早く全て倒すことができたのだった。
「全員、とは言えないまでも、七割くらいは救えたな」
「あの騒ぎだぜ。上出来じゃねぇか」
「でも、マーニのためには……全員何とかしたかったですけどね……」
「仕方ないよ。ショウが悪魔を倒し始めた時にもう食べられてた人いたし……あんまり気にしちゃダメだよ」
唱達は、少し離れた位置で、様子をうかがっていた。
元々は、捕まりそうになった唱を救うためにマーニが歌ってくれたのだ。悪魔を倒したはいいが、これで唱が捕まってしまっては本末転倒と、悪魔を全滅させたことが確認できた途端、大至急で逃げ出したのだった。しかし、幸いと言っていいのか、誰一人、唱に気を払う者はいなかった。
「討伐隊は、ほとんど大丈夫だったみたいだね」
「腐っても音楽騎士ってことか」
「動ける人は、倒れている人達の救助に回ってますしね」
「ああ、後はあいつらに事後処理は任せて、おれ達は退散しよう」
そして、唱達は馬を連れてその場をそっと後にした。
歩きながらちらりとマーニを見ると、まだ元気がないようだった。唱が、何と声をかけたら良いかと悩んでいると、明るい声がした。
「それにしても、マーニちゃん、すっごいね! この力、使いこなせるようになったら最強じゃない?」
Taiyoだった。マーニが、びっくりしたように顔を上げる。
「え、でも……悪魔が出ちゃうのよ……逆じゃない……?」
にこにこしながらTaiyoは首を横に振る。
「でも、おれ達、悪魔は倒せるから!」
RYU-Jinもふんふんとうなずいた。
「言われてみりゃあ、そうだよな。追われる身のおれ達にとっては、強力な武器になるぜ」
「一匹だけ出したりとか、大きさを変えられたりとかできるようになったらすごいです!」
「確かにな。ペザン達との戦いでも、悪魔の武器としての有効性は証明できた。実際に攻撃するのに使わなくとも、攪乱することにだって使える。訓練する価値は十分にあるかもな」
「本当に……? あたしの力、呪われた力じゃないの……?」
マーニは、信じられないといったように、目をキラキラさせていた。
唱はほっと胸をなでおろした。
「よし、マーニ。みんなもそう言ってくれてる。これから訓練頑張ってみるか?」
そう言うと、マーニはぱっと笑顔になった。
「うん! あたし、頑張る! ショウ様とみんなのために、頑張るね!」
その瞬間、視界を黒いものが遮った。
それは、ほんの一瞬だったが、黒いものが見えなくなった時――
マーニの姿も消えていた。
え?
何が起きたかわからず、呆然と辺りを見回した時、頭上から悲鳴が聞こえた。
「いやあぁぁ! ショウ様ぁぁ!」
巨大な黒い鳥が、大きな足でマーニの体を捕まえ、飛んでいたのだ。
あれは……悪魔……!
気が付いた時には、マーニははるか上空に連れ去られていた。
「みんなぁ……ショウ様……お姉ちゃん……お姉ちゃあぁぁん!!」
悲痛な叫びがこだました。




