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救い

「よぅし、この辺だいぶ減ってきたぜ。次はあっちに行くか」

「おい、ショウ。声の調子大丈夫か。タイヨウに喉ドリンク渡されたけど――」

「いえ、ドリンクの方は大丈夫です。水を少し……」


 ランテから渡された水筒の水を一口飲むと、唱は額の汗をぬぐった。


 もう何曲分くらい歌っただろうか。この騒音の中ではいつもより声を張り上げなくてはならず、喉をだいぶ傷めてしまった気がしていた。


 今はちょっと吐くから無理だけど、後で喉ドリンク本当に飲まないといけないかもな……


 そんなことを思うほどに、唱は焦りを感じていた。


 唱達の奮闘により、悪魔はその数を半分ぐらいに減らしていた。しかし、やはり間に合わず喰われてしまった者達も多く、人の数も減っていた。特に、悪魔から身を守る術を持たない兵隊達が、多く犠牲になったようだった。


 早くしなくちゃ……ああ、本当、こういう時、フオゴみたいにすぐ決められれば……


 そんなことを思いながら移動していると、横から聞いたことのある声がした。


「わぁぁぁ、フオゴさん! 助けてくださぁい!」


 見ると、少し先で、巨大な蛙のような悪魔に下半身まで飲み込まれた仲間の前で、立ち尽くすフオゴの姿があった。


 目の前で、悪魔に飲み込まれていく仲間を見ながら、フオゴは呆然としているようだった。その表情からは、恐れや怒り、とまどい、悔しさ、悲しみが見て取れる。


「おい、ショウ、何してる。早く行くぞ!」


 立ち止まった唱に気づき、RYU-Jinが振り返る。


「待ってください! あそこにフオゴが……」


「フオゴぉ? んなもんほっとけよ、逆に捕まっちまうぞ。そもそも悪魔倒せるんだから……って、おい。あいつ、なんで悪魔やっつけねぇんだ?」

「いや、たぶんフオゴは攻撃できないんだ。もし、今あいつが悪魔を燃やしちまったら、飲み込まれている仲間も一緒に燃えちまうからな」


 YAMAの話を聞くなり、唱は走り出していた。そして、フオゴの近くまで来ると、唱は歌った。フオゴが驚いた様子で振り返る。


――ゲルルルルルウゥゥゥ……


 しばらくすると、悪魔が苦しみ出した。


 しかし、飲み込まれている男は、すでにもう両腕と首しか残っていない。凄まじい形相で助けを求めている。


「フオゴさん、フオゴさぁん! おい頼むよ、何とか……」


くそっ。間に合うか――!


 ちらりとフオゴを見ると、いつもの冷静な表情はどこへやら、困惑し、おろおろしながら唱と仲間とを見比べている。その姿は、普段の堂々とした態度からはほど遠く、ひどく情けなく映った。


 唱の、初めて見るフオゴの姿だった。


 悪魔が光の粒へと変わった時は、左手だけが口から出ている状態だった。ギリギリで間に合い、フオゴの仲間は地面に落っこちる。


「ぎゃっ」


 彼はひどく狼狽した様子ではあったが、食われた体もすっかり元に戻っていた。唱はそれを見届けると、くるりと踵を返して、戻ろうとした。


「おい」


フオゴが声をかけてくる。唱は足を止めて振り返った。


「なんだ? おれを捕まえるつもりか?」


 そうは言ってみたものの、これは冗談のつもりだった。今のフオゴは絶対にそんなことはしない、と、なぜか確信があったのだ。


 案の定、フオゴはひどく戸惑った様子だった。


「いや、そうじゃない。なぜ、わざわざおれ達を助けに来た? おれ達は、お前にとっては敵のはずだ。敵が悪魔に食われたら、都合がいいだろう」


 唱は、少し考えてから返した。


「それじゃあ、逆に聞くけど。なんで、今、おれを捕まえようとしないの? 絶好の機会だろ」


 はっとしたように目を見開いた後、フオゴは少しうつむいた。


「わからない。今、お前を捕まえようという気に、ならない」


 唱は、ふっと笑った。


「じゃ、それと同じだよ」


 そう言って行こうとすると、フオゴにまた呼び止められる。


「何? 急がないと――」


 じりじりして言い返そうとすると、フオゴが言いづらそうに口を開いた。


「……頼む。おれの仲間を、助けてくれ――」


 そう言って指さした先は、フオゴ組が、二十人ほど団子のように固まって悪魔の攻撃を防ごうとしている姿だった。巨大な口を開けた蛇の悪魔に、ほとんど喰われそうになっている。


「仲間のサボは、自分達に薄い膜を張るようにして悪魔に喰われるのを防げるんだが、どうしても、ああやって悪魔と接近してしまうんだ。あそこまで距離が近くなると、悪魔を燃やすと一緒に仲間も燃えてしまうから、おれの力は、使えない……」

「そういうことは早く言えよ!」


 唱は言うなり、後ろを向いて叫んだ。


「ヤマさん、リュウさん! 目標変更! 先にこっちをやります!」


 そして唱は、蛇の悪魔の前で歌い始めた。


 唱の脳裏に、ハルプ村で戦っていたフオゴの姿が浮かぶ。


 そうか、ああやって仲間の盾になるようにして一人で戦ってたのは、こういう事態に陥った時に、助けられなくなるからだったんだな――


 そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。


「お前の力はいいな。おれの力では、仲間は救えないんだ。どうしても……」


 不思議な気持ちだった。あんなにうらやましいと思っていたフオゴに、今、唱の方が羨望の眼差しを向けられている。


 城でペルデンから聞いたフオゴの過去の話を思い出す。力はあったのに、目の前の仲間を助けることができなかったフオゴ。皮肉にも、音楽騎士になってさえ、同じ結果となってしまったのだ。


 蛇の悪魔が消え去ると、唱はすぐにその場を去ろうとした。フオゴは自分を捕まえないだろうとは思っていたが、他のメンバーはそうと言いきれなかったからだ。


 行こうとする唱の背中にフオゴの声がかかる。


「助かった……ありがとう」


 どう反応したらよいかわからず、唱は一瞬立ち止まったが、軽くうなずくとすぐに走り出した。


 その時だった。

 辺りがどんどん明るくなっていく。


 唱が倒した悪魔の光が、たくさん天に上ったからだろう。雲には大きな切れ間ができ、そこから青空が広がった。

 まぶしい朝の光が地上に降り注ぎ、唱達を優しく包み込んだ。


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