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祈りの歌

 おかしいとは思っていたのだ。

 ペザンやシフレーは唱の元にやってきたのに、フオゴ組だけがあの日以来、全く姿を見せないことに。


 唱達の心にわずかにあった疑念は、今、こうして形となった。


 地響きは大勢の足音だった。目の前に現れたのは、討伐隊だった。百人以上の歩兵と騎馬隊を引き連れて、中央にアイザッツ、その右横にフオゴがいる。


「くそっ……」


 RYU-Jinだろうか、誰かが絶望的な響きでそう呟くのを、唱は背中で聞いた。


 討伐隊は唱達の目前で止まると、唱達を馬上から見下ろしてきた。

 ゆっくりと、フオゴの馬が前に進んでくる。


「やっと引っかかってくれたな、ショウ」


 フオゴはいつも通り、全く嬉しそうではない表情で、淡々と言った。


「引っかかって、ということは……このセレナドの町で起きたことを言ってるのか?」


 唱が言うと、フオゴ組のメンバーが、下卑た笑い声を立てた。


「ああ、そうよ。あのオヤジは、ショウへの命令書が出てからおれ達に目をつけられていたのさ。で、急に仕事を長期で休んだって聞いたんで怪しいと睨んでな」

「案の定、ここまで追っかけてきてカマかけてやったら簡単に白状したぜ。すぐ捕まえて処刑台の上でお前をおびき寄せる餌にしても良かったんだけどよ」

「フオゴさんの提案でな、お前を大人しく引き渡すんなら見逃してやるってな。フオゴさんが寛大で良かったなぁ」


「そうか……コモードさんに取引を持ち掛けたのは、ペザンじゃなかったんだな」


 唱が言うと、フオゴ組のやつらがゲラゲラと笑った。


「あったりめーだろ。あのバカにそんな頭の回ること思いつくわけねーだろうがよ」

「おれ達が町にうろついてると目立つんでな。だからやつらにお前を捕まえる役を依頼してやったわけだ」

「けど、この通り、見事に失敗しやがってな」

「ま、それもフオゴさんは全てお見通しだったってわけよ。バカが成功しても良し、失敗してもなお良し、ってな」


 あざけるような笑い声が続く中、唱は、フオゴを見据えた。彼だけは、一人、全く表情も変えることなく、ただ、黙って唱をじっと見ている。


 すると、今度は別の声に唱は呼びかけられた。


「もう一人の消滅の音楽騎士よ」


 アイザッツだった。


「実に残念であるな。貴様はペルデンと同じくらいの力を持つと聞いている。なぜ、その力を国のために使わず、愚かにも裏切り行為を働いた」


「……信じてくれないかもしれませんが――おれは、裏切ってなどいません。おれは、ずっと、自分の力を、悪魔を倒すためだけに使ってきました」


 冷たい眼で唱を見下ろすと、アイザッツは吐き捨てるように言った。


「見苦しいな。国王様の御命令を、この期に及んで否定する気か」


 その眼は、まるで汚い物を見るかのような嫌悪感に満ちていた。


「貴様は、我が親愛なる副団長ペルデンの仇だ。許せるわけもない。できることなら、この場で八つ裂きにしてやりたいくらいだ。だが、貴様を断ずるのは私ではない。国王様だ。あるべき形で処されるが良い」


「ちょちょちょ、ちょい待ち! そもそも、ショウはなんで国を裏切ったことになってんだよ? その理由をはっきり教えろよ」


 RYU-Jinがアイザッツの言葉を遮るように叫んだ。ぎろりとアイザッツがRYU-Jinをにらむ。


「貴様も国王様を否定するか、愚か者めが。理由など、もはや些末なこと。この者が因となってペルデンが死んだ。その事実があれば十分よ」


 唱の背後にいるYAMAがぽそりと言った。


「だめだ。国王の命令書が出ている限り、アイザッツさんには話が通じない。代々国に仕えている名門の貴族出で、猛烈なマイスター家支持者だそうだからな」


 そして、唱にそっと耳打ちする。


「ショウ、いいか。イチかバチかにはなるが、お前、何とか逃げろ。おれ達が足止めする」


 YAMAの話を聞いた唱は、討伐隊をぐるりと見回す。


「いえ、その必要はないです」


 そう言うと、唱は、必死にアイザッツの説得を試みようとしているRYU-Jinの背をぽんと叩いた。


「リュウさん、ありがとうございます。もう、いいですよ」

「――は? おい、ショウ何を――」


 唱は、アイザッツの前まで進むと、持っていた武器――と言っても木刀しかないが――を地面に捨てた。


「おい、ショウ!」「ショウ様!」


 背中に、仲間の声がかかる。


「わかりました。おれは裏切ったつもりなんか、これっぽっちもないけど、この状況で逃げられるとも思えない。捕まえればいいでしょう。だけど、後ろのみんなは、見逃してください」


 そう言いながら、唱は両手を上げた。


「何言ってんだよショウ!」

「ふざけんなオマエ、何勝手に決めてんだよ!」

「諦めるな! まだここから逃げられないって決まったわけじゃない!」


 クリワが口々に叫ぶと、フオゴ組から、嘲笑の言葉が飛んできた。


「おいおい、この期に及んで往生際悪くないっすか、先輩?」

「死にたいってんなら別に止めないっすけどね」

「こっ……のヤロォ、調子に乗りやがってこのクソガキがぁああ!」


 ゲラゲラと笑う彼らに、今にもつかみかかりそうな勢いのRYU-Jinを、唱は制した。


「大丈夫です、リュウさん。おれは――城に行きます」


 これで、伝わってくれ――


 唱は、祈るような気持だった。


 決して負けを認めて捕まろうとしているわけではない。

 魔王の正体を暴き、倒す――そのつもりでいた。


 もちろん、ほとんど賭けではある。成功する補償などどこにもない。だが、堂々と城に行く、またとないチャンスだった。この機会を利用してやる。唱はそう決意していた。


 投降せんとする唱の姿を見降ろしているアイザッツが、ふんと鼻で笑った。


「なるほど、なかなか良い度胸だ。よし、その潔さに免じて、特別に痛めつけることなく捕まえてやろう。あ、声を出せぬようにすることは忘れるな」


 その言葉で、兵隊が数人やってくると唱に縄をかけた。


「ショウ様ぁ!」


 ランテの悲鳴が飛ぶ。ちらりと振り返ると、ランテが涙を流しながらこちらに向かってこようとしているのを、YAMA達が必死に止めているのだった。


「団長、仲間はどうしましょうか」


 フオゴが聞くと、アイザッツは事も無げに言った。


「好きにいたせ」


 その言葉を聞くなり、フオゴ組はわっと湧いた。アイザッツは、まるで興味がないように、くるりと馬を返して去っていく。


「聞いたかぁ? 好きにしていいんだってよ」

「先輩、悪いっすね。立派な国家反逆罪なもんで」

「お前らはここでおれ達に殺されるか、城で死刑になるかの二択だなぁ」


 唱はぎょっとした。


「ちょっと待ってください! さっき、仲間を見逃してくれって……!」


 遠ざかっていくアイザッツの背中に叫ぶが、振り返ることもなかった。


「こら、貴様! 暴れるな!」


 兵隊に力ずくで地面にねじ伏せられる。さるぐつわをはめられそうになり、唱は必死に抵抗した。


「フオゴ! おれを捕まえればいいだけのはずだろ! 仲間を止めてくれ!」


 しかし、フオゴは相変わらず無表情に首を振った。


「お前も、お前の仲間も、国家反逆罪なのは事実だ」


 しまった――考えが、浅かった……!


 唱は後悔したが、すでに遅かった。ランテもマーニもクリワも、剣を抜いたフオゴ組に取り囲まれている。


「よっしゃぁ、てめぇら! おれが相手してやる。かかって来いや!」

「何言ってんだお前、木刀もないくせに……って、おいそれいつの間に」

「へっへっへ。あのデカイやつが落っことした棍棒、パクってきたぜ」

「私も、弓矢で戦います」


 そして、戦いは始まってしまった。

 クリワの四人は棍棒や木刀で、ランテは弓矢で必死に戦っている。


「離せ! ちくしょう!」


 唱は必死で兵隊達から逃れようともがいたが、激しく殴られ、蹴られ、踏みつけられた。唱は悔しさで体を震わせる。


 くそっ。いくら何でも、この人数じゃ無理だ――!


 怒号や悲鳴が辺りを埋め尽くした。その時。


 喧騒を鋭利な刃物で切り裂くように、歌声が響いた。


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