舟唄とラップ
「くそっ、ショウめ……!」
「わぁ、ペザンさん! 早く歌、歌!」
大混乱の中、場にそぐわない民謡ののんびりしたメロディが響いた。
次々に、飛び出した悪魔がぺしゃん、ぺしゃんとつぶれていく。
「はっははぁ! 見たかショウ! 小賢しい細工など使っても、貴様が操っている悪魔などこうだ!」
「ちょっ、ペザンさん、歌止めないで歌!」
仲間の悲鳴のような嘆きが飛んでペザンが民謡を再開すると、YAMAが嬉しそうに呟く。
「この作戦いいな。ペザンのうっとうしい話聞かないで済む」
次第に、ペザン組がいる周りに、悪魔がレンガ作りの壁のように重なっていく。
「お、おい、おれ達……」
「悪魔に、囲まれてるぞ……」
「気付いたか。もう遅いけどな」
いつの間にか、唱達と、ペザン組や兵隊達との間に悪魔の防御壁ができつつあった。Kassyが、ペザンが悪魔をつぶすことを見越して、丁度良い位置に悪魔を移動させていたのだ。
これにより、ペザン達と兵隊は、屋敷を囲んでいる実際の石壁と、悪魔でできた壁に閉じ込められた形になった。
「お前ら、ちゃんと道も開けてくれてありがとな」
「まるでモーセの十戒だな」
RYU-JinとYAMAがにやりとする。
悪魔に驚いた兵隊達が左右に分かれて悪魔を避けたことで、真中に道ができていたのだ。もちろん、これも計算尽くである。
「よし。Taiyoさん、Kassyさん、もう大丈夫ですよ。行きましょう」
窓から二人が飛び出してくる。
「はぁ、やっと解放された!」
Taiyoは大きく深呼吸した。Kassyは、まだ悪魔をペットのように引き連れている。
悪魔の壁の間を通り、屋敷の裏庭にそびえている石壁を乗り越える。最後にKassyが上ったところでラップが止まる。と、聞こえているペザンの民謡の力によって、悪魔達が動けなくなった。
「よし、これでしばらく追いかけてもこれない、と」
「では、ランテさんとマーニのところまで急ぎましょう」
こうして唱達は、無事屋敷を脱出した。
走りながら、唱はTaiyoとKassyをねぎらう。
「すみません。お疲れ様でした」
「彼ら、大丈夫なのかな?」
Taiyoが少し心配そうな口調で言う。
「まぁ、ニシモもいますし、ペザン組は防御系の力が多いので、何とかなるでしょう」
「そっか、そだね」
草原の方まで来たところで、遠くに手を振っている人影を見つけた。
「ショウ様! こっち!」
「馬は向こうにつないでいますわ」
ランテとマーニだった。RYU-Jinが口笛を鳴らす。
「さっすが、首尾がいいぜ」
全員、無事にそろったのを確認したところで、皆、気が抜けたように座り込んだ。空はうっすらと明るくなっている。もうすぐ夜が明けるのだろう。
「皆さん、ご無事で本当に良かったですわ……」
「いやぁ、危なかった危なかった。ライブでもこんな緊張しないぜ」
「まったくだな。長い夜だった。さすがに疲れたな」
「敵のはずの悪魔が、まさか自分達を守るのに使えるなんて、思いませんでしたね」
さすがのRYU-JinとYAMAもぐったりしている。そんな中、今夜一番に活躍したKassyは嬉しそうだ。
「ショウ君の作戦は完璧でしたね! あまりにも鮮やかに決まったので気持ちいいくらいでした」
「あれ、カッシー、ちょっと声枯れてない? 喉ドリンクいる? ……あと、ショウは大丈夫?」
「えっ? いやいや、おれは今夜全然歌ってないですし……喉ドリンクはお二人で飲んでください」
「ううん、そうじゃなくて。コモードさんのこと……つらいよね……」
Taiyoが申し訳なさそうに言った。おそらく、信じていた人に裏切られて、唱がショックを受けていると心配しているのだろう。
「あ、違うんです。そのことなんですけど……」
唱は慌てて、コモードが渡した地図の走り書きをクリワに見せて説明した。
「そうなんだ……途中でバレちゃってたんだね。それじゃあちょっとしょうがないよね……」
「ったく、ペザンのやつ、卑怯な真似しやがって」
「あいつにそんな知恵があったことが、正直意外だがな……」
唱は、下を向いたまま言う。
「おれが甘かったんです。どう考えても、おれを国外に逃がすなんて、危険以外の何物でもない。そんなことを、コモードさんに頼るべきじゃなかったんです――今も、大丈夫かどうか……」
YAMAが、唱の肩を励ますように叩いた。
「おそらくだが、コモードさんの身はそれほど心配しなくて良いと思う。今回の状況は、完全にペザンの失態にしか見えない。途中でランテちゃん達が助けにきてくれたのだって、コモードさんが指示した証拠なんて見つからないだろう。ペザンの性格から言って、この状況でコモードさんを責めることはしないと思うよ」
YAMAが慰めるようにかけてくれた言葉に、唱は力なくうなずいた。
「だが、一つだけ、状況がより悪くなったと予想されることがある」
声を落としたYAMAは、神妙な顔つきになった。
「今回の件で、おそらく、おれ達もお尋ね者になっただろう。それどころか、ランテちゃんとマーニちゃんも危ない。もう、国内におれ達の居場所はないと考えた方がいい」
「げっ、まじかよ。もしやずっと森から出れない的な?」
「えっ。そんなのやだよぉ」
「そうなると、今度は自力で国外に逃げる方法を考えた方がいいのかもしれませんね」
しばらく黙ってみんなの話を聞いた後、唱はおもむろに口を開いた。
「あの、おれ、城に行ってみようかと思ってるんです」
全員、ぎょっとして、口々に引き留める言葉を叫んだ。
「え……あ、いや、大丈夫です。わかってます、わかってます。今度は自暴自棄になってるわけじゃなくて……正直、もうこれ以上逃げ回ってても意味ないかなと思って……だったら、いっそ城に乗り込んで王様と、あといるのかよくわかんないけど魔王と決着つけた方がいいんじゃないかと……」
思案顔でYAMAが言った。
「つまり、リスク承知で根本的解決を目指す、ってことだな」
唱は力強く首を縦に振った。
しばらくの沈黙の後、ぽつりとRYU-Jinが呟く。
「ショウ、お前、ずいぶん変わったな」
「えっ? へ、変ですか? すいません」
いやいや、とRYU-Jinが笑う。
「すげぇ、カッコよくなったぜ?」
「は……?」
思いがけない言葉に、唱はぽかんとした。からかわれているのかと思った。しかし、YAMA達もにっこりとうなずいている。
「よし、ショウ。お前の考えに賛成だ」
「異議なし!」
「僕もです。ショウ君に着いていきますよ!」
「乗り込んでやろうぜ、城に!」
「皆さん……」
唱は皆の顔を見回し、最後にランテとマーニを見た。
「ショウ様……」
少し頬を赤らめて微笑むランテと目が合う。なんだかとても励まされたような気になって、唱は嬉しくなった。
「よし、城に乗り込むなら無策はまずい。しっかり計画を立てて行くぞ」
「よっしゃ、作戦会議開始ぃ!」
にぎやかに会話を始めようとした時だった、遠くから、地響きのような音が聞こえてきて、唱は顔を上げた。
「え……まさか……」
遠くに見える光景に、唱の顔は凍り付いた。




