罠
「おぉい! ショウ、いるか?」
外から声が聞こえ、唱はすぐに声の聞こえた方に走り出した。
「リュウさん、良かった! あっ、ヤマさんも!」
玄関の隙間から顔を覗かせていたRYU-JinとYAMAの姿を見止め、唱は心からほっとした。
しかし、その安堵は二人の言葉で掻き消える。
「良かった。無事だったんだな。みんなもいるのか? とにかく、もうすぐペザン達が来るぞ。ここで迎え撃つしかない」
「あいつら巻いてやりたかったんだけどよ、人数多すぎて逃げるのが精いっぱいだった。すまねぇ」
「それで遅かったんですね……とにかく、これで全員そろって安心しました」
そして、唱は二人に作戦のことと、みんなはそのための準備をしていることを話した。
「うん。おれもそれしかないと思ってた。ショウ、ありがとな」
「偶然にも最高のロケーションじゃねぇか。よし、早速おれ達もスタンバイするぜ」
RYU-JinとYAMAはランテ達に馬を預けに外に出、唱はTaiyoとKassyのところに戻った。
「タイヨウさん、カッシーさん! リュウさんとヤマさんもそろいました。もうすぐ、作戦実行です!」
二人は歌いながら、ぱっと顔を輝かせてサムズアップした。
ほどなくして、屋敷の外からペザンの声が聞こえてきた。
「おい、ショウ、そこにいるんだろう! ペトラン村の時は光の巫女様のお情けで見逃してやったが、今度は同じようにはいかないぞ。ここは完全に包囲した。大人しく投降すれば、危害は加えないでやる。音楽騎士の誇りを汚さない行動を望むぞ」
声の近さから、すでに屋敷の庭に入っているようだ。
唱は、RYU-JinとYAMAに合図をすると、扉の外に出た。
「おれなら、ここにいる」
建物の前には、ペザン組の面々がずらりと並んでいた。後ろには、十名ほどの兵隊が松明を掲げている。この様子だと、おそらく屋敷の外にもいるだろう。
ペザンは唱の姿を見ると、満足そうにうなずいた。
「よし、お前がまだ音楽騎士としての誇りを捨てていなかったことを嬉しく思うぞ。よし、お前達、さっそく唱を捕まえ――」
そう叫ぼうとしたペザンを遮るように、唱は叫んだ。
「悪いけど、おれは投降なんかしない。捕まえられるもんなら、捕まえてみろよ!」
ペザンは、露骨にショックを受けたような顔をして固まった。その隙に、唱は建物の中に引っ込み、玄関の扉を閉める。
しばらくすると、ペザンの喚き声(と、仲間のぼやく声)が聞こえてきた。
「貴様ぁ! おれの情けを無駄にするとはいい度胸だ。後悔するがいい。皆の者、何をぐずぐずしている。ショウを逃がすな!」
「だからぁ、さっき勢いで突っ込んじゃった方がいいって言ったのに。ペザンさんがカッコつけるからぁ」
怒号と共に、玄関の扉が木の棒のようなもので激しく叩かれる大きな音がした。
だが、扉はすぐには開かない。唱が入るなり中から閂をかけ、扉の前には建物の中にあった瓦礫や家具などを置いてバリケードにしたからだ。
「バカが、ショウ! こんな小細工で逃げ切れるなどと思うなよ!」
ペザンの怒鳴り声がやかましく聞こえてくると思ったら、バキッと木が張り裂ける音がした。
扉は押し開けられ、バリケードは崩されて、隙間から松明の明かりが覗く。
「むっ。真っ暗だな。おい、ショウ! みっともなく逃げ回っていないで、出てこい!」
「あれっ。これ、先輩の歌じゃ……」
ペザン達が入ってくると共に歌を止めたTaiyoは言った。
「ご名答! じゃ、頑張ってね」
玄関前に悲鳴がこだまする。
「ぎゃあ! 悪魔だ!」
「うわあ、食われる!」
そう、唱の作戦は、この建物内に住み着く悪魔を武器として使うことだった。そのために、玄関ホールにKassyのラップで悪魔を何匹も集め、Taiyoの歌で動きを止めていたのだ。Taiyoが歌を止めると、悪魔がペザン達を攻撃するように。
「うわぁ、ニシモ、ニシモ! 歌え歌え!」
玄関ホールは騒然となった。
その様子を、隣の部屋でうかがっていたRYU-JinとYAMAが、唱の元に走ってくる。
「作戦通りだ。ペザン達を足止めできている」
「了解です。では今のうちに裏口から出ましょう」
唱達は、あらかじめ見つけておいた建物の裏側の出口――壊れた窓から逃げるつもりだった。RYU-Jinが先頭になり、YAMA、唱の順に窓を飛び越える。
「よし、このまま突っ走るぞ」
RYU-Jinがそう言った瞬間、にわかに周囲が明るくなる。
「ふっふっふ……馬鹿めが。考えが浅かったな。さっき、この屋敷は包囲したと言っただろう」
いつの間にか、ペザンが仲間数名と兵隊を引き連れて裏庭に回り込んでいた。
「ペザン……!」
唱が歯噛みした時、「うわぁ」という声が上がる。
「リュウさん?」
ぎょっとして声のした方を見ると、RYU-Jinに向かって大きな体躯の男が棍棒を振り下ろしている。RYU-Jinは間一髪避けたようだ。
「あっ……ぶねぇ! てめぇ、いい度胸じゃねぇか!」
RYU-Jinも木刀を手に、男と向かい合った。
あれは、確かエネルっていう……
唱は、ペトラン村でヘオンを拷問しようとしていた男のことを思い出した。いかにも強そうな巨漢だ。
「やめろ、リュウ! その体格差じゃ勝ち目ないぞ!」
YAMAが叫んだ瞬間、ボキッとにぶい音がして、RYU-Jinが地面に転がった。
唱は凍り付いた。しかし、すぐにRYU-Jinが体を起こす。
「くそっ……愛刀が折れちまった……」
どうやら、エネルの振り下ろした棍棒をかろうじて木刀で防いだらしい。しかし、防ぎきれず木刀は折れ、衝撃で転んでしまったようだった。無事だったRYU-Jinを見て、唱は胸をなでおろす。
しかし、もちろんそれで危機を脱したわけではなかった。
ペザンが不敵に笑う。
「さあ、ショウ。もう逃げられないぞ。あと言っておくが、先輩だからと言って、大罪人に手を貸すような奴らには、おれは容赦しない。そちらも覚悟を決めてもらおうか」
「先輩、怒んないでくださいよ。これ、命令なんでね」
エネルは容赦なく、倒れたRYU-Jinに向かって棍棒を振り上げた。
その瞬間だった。
「わぁっ!?」
今度は、エネルが後ろにひっくり返った。と同時に、並んでいた兵隊達から悲鳴が上がる。
「悪魔が! 飛んできた!」
「わぁ、逃げろ!」
「なっ……どこから悪魔が……!」
唱の背後では、怒涛の早口ラップが窓から聞こえている。
あらかじめ、唱達は、玄関ホールと裏口の二か所に悪魔を集めていた。今、部屋に集めていた悪魔を、Kassyが次々に繰り出しているのだ。
「馬鹿はそっちだったな。おれ達が、裏口に何の対策もしてないと思ったのかよ」
唱はにやりと笑った。




