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逃走、そして

「ショウ、おれはとても残念だ。初めて城に集まったあの日、おれ達は悪魔を倒して、世界に日の光を取り戻すことを、共に誓ったじゃないか。それがどうして、おれ達を裏切り、国王様の命に背くような罪を犯したんだ? お前は、ただ裏切っただけじゃない。おれ達音楽騎士みんなの心を踏みにじったんだ。おれは絶対にお前を許せない」


 ペザンは、芝居がかった口調で朗々と言った。


「ちょっと待ってくれ、ペザン。誤解なんだ、いや、誤解というか、とにかくおれは裏切ってなんかいないんだ。話を聞いてくれ」


 唱は必死に叫んだ。ペザンに言ったところでどうにかなるとは思えなかったが、言わずにはいられなかった。


「ふっ……今更何を言う。恥ずべき裏切り行為をした上に、この期に及んでそれをごまかそうとはな。……いいか、ショウ。おれは、同期として、せめてもの情けをくれてやろうとしてるんだ。見苦しい姿を、これ以上おれ達に見せるな。さあ、おれの歌をくらって大人しく捕まれ!」


 張り切って歌い出したペザンの横で、ニシモが冷静に言った。


「ペザンさん、相手人間っすよ」


 YAMAが唱の耳元でこそっとささやいた。


「ショウ。ダメだ、あいつ。完全に自分に酔ってるから」


 唱もうなずいた。

 そしてそれを合図に、すぐさま後ろを振り向くと、クリワと一緒に、猛ダッシュで来た道を走った。


「あぁっ、ショウ! なんてあさましいやつだ! みんな、あいつらを捕まえろ!」


 後ろから、ペザンの怒鳴り声が聞こえた。


「こら待て!」

「通すか!」


 道の途中で、ペザン組の音楽騎士が二人立ちふさがった。


「悪ぃが無理やり通させてもらうぜ。ケガしたくなかったらどきな!」


 RYU-Jinはそう叫ぶと木刀を振り上げ、二人を力いっぱい殴り倒した。悲鳴が上がる。


「リュウ! やつらを蹴散らして、とにかくショウを逃がせ! おれが殿になる」


 YAMAは叫び、唱の後ろから追いかけて来るペザン組に対して木刀を向けた。


「ヤマさん!」

「ショウ君! とにかく今は逃げることに集中して!」

「おれ達が守るからね!」


 YAMAのことは気がかりだったが、唱は腹を決めた。歯を食いしばって、必死に走る。


 やがて中央広場に抜けた。


 よし、ヤマさんが言ってた通り、あの廃墟の屋敷に向かうぞ。


 そう考えながら大通りを横切ろうとしたところで、バタバタと足音が聞こえた。


「まずいです! たくさんこっちに向かって来てます!」

「ありゃペザン組のやつらじゃねぇな。兵隊なんかまで出てきやがったぜ!」


 KassyとRYU-Jinの声が飛ぶ。

 見ると、四方の道から槍を持った兵隊が隊列を組んで向かって来ているのだった。


 やばい。この人数に追いかけられたら、走って逃げ切れる自信なんてないぞ……


 唱は一瞬足を止めて、周囲を見回した。その時だった。


 遠くから、聞き覚えのある馬の足音がしたと思ったら、白い馬がこちらに向かって猛然と走ってきた。

 その姿を見た唱は、思わず泣きそうになった。


「カル!」


 その馬は、カルだった。


 唱の側までくると、カルはいつかのように、乗れと言わんばかりに頭を下げた。


「いいぞ、ショウ。逃げきれ!」


 RYU-Jinの声が飛んだ。


 なぜ、カルが一頭だけでここに来たのか。

 疑問はあった。しかし、今、それを考えている場合ではなかった。

 唱はカルの背に乗ると、約束の屋敷に向かって、勢いよくカルを走らせた。


「止まれ!」


 道を兵隊数人がふさいでいる。一瞬躊躇したが、大きく息を吸うと、そのまま馬を止めることなく、唱は兵隊の列に突っ込んだ。


「うわぁぁ!」「ぎゃあああ」


 悲鳴と共に、カルに蹴られた兵隊が吹っ飛ぶのが視界の端に見えた。


 歯を食いしばり、前だけを向いて馬を走らせた。


 途中、何度かペザン組や兵隊に道をふさがれることがあったが、スピードを緩めることなく突っ込み、彼らをなぎ倒して進んだ。


 わき目もふらずカルを進め、やがて唱はあの屋敷の前までたどり着いた。

 振り返ると、誰もいない。TaiyoもKassyもRYU-Jinも、置いてきてしまった。


 みんな、大丈夫かな。


 急に心細くなり、不安が襲う。しかし、ここに立っているわけにもいかない。


 唱はカルの背から降りると、カルと一緒に朽ち落ちた通用門をくぐった。


 すでに人の手が入っていない庭の木々は伸び放題に伸び、うっそうとした森のようになっている。身を隠すにはうってつけなのであった。

 最初に来た時に馬をつないでいた場所に行ってみると、そこには一頭の馬もいなかった。


 唱は、すぐに誰が何をやったかを理解した。


「そうか、カル……やっぱりお前、ランテさんに言われて助けに来てくれたんだな」


 カルの鼻面を撫でながら言うと、そうだ、と言わんばかりにカルは鼻を鳴らした。


 ランテさんが助けに向かってる。きっと、みんな大丈夫だ。


 少し安心した唱は、更に足を進め、やがて、屋敷の前にたどり着いた。


「うわぁ、でかい家……」


 唱は見上げるとため息をついた。

 最初に馬をつなぐのに入った時には、建物の方まで気に留めなかったのだ。


 三階建てのとても大きな建物だった。セレナドに住む大商人の家だったのだろうか。建物の中央に大きな玄関があり、左右対称のデザインをしている。


 建物自体は石造りでそれほど朽ちた様子は無かったが、はめ込まれた窓はところどころ壊れており、放置されてからずいぶんと経っているだろうことは明らかだった。


 当たり前だが、しんと静まり返っており、ひどく不気味だった。


 以前の唱だったら、絶対に近づいたりしなかっただろう。だが、今は何より、追ってくる人間の方が恐ろしい。


 唱は大きく息を吸い込むと、玄関の開き戸に手を当て、力を入れて押してみる。

 まるで地の底から聞こえてくるような不気味に重々しい音が聞こえ、扉はゆっくりと動いた。隙間から、真っ暗な闇が覗く。


 ……この屋敷の中に悪魔がたくさんいるって、タイヨウさん言ってたよな……。


 唱はランタンに火をつけると、カルの鼻面を優しく撫でた。


「カル、これからこの中に入ると、悪魔に襲われるかもしれない。でも、絶対におれが助けてやるから、何があっても信じて、大人しくしていてくれるか?」


 カルは、唱の顔をじっと見て、小さく鼻を鳴らした。

 唱もうなずいた。


 もう一度、扉に手を当てると、力を入れて押し込む。扉がおどろおどろしい音を立て、更に開いた。


 唱は、カルの手綱を手に取ると、ランタンをかざし、扉の隙間から中に入っていった。


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