遅い到着
コモードが指定した住所は、比較的簡単に見つかった。ランテ達は、探しに行ってから一時間もしないうちに戻ってきた。
「さっすがランテちゃん、お手柄お手柄! じゃあさ、さっさと行こうぜ。この屋敷、今にも悪魔出そうで怖ぇしさ」
「あはは。今いる庭は大丈夫だけど、お屋敷の中にはわんさといるよ」
「げっ! タイヨウ、早く言えよそういうことは!」
身を隠していた廃墟がそんな状況だったので、唱達はすぐさまコモードに会いに行くことにしたのだった。
「ここがシュベル通りです。そして、ここをまっすぐ行って、十軒先の家が25番地です」
ランテがそう説明した。
「音楽騎士らしきやつも見かけなかったし、結構スムーズに着いたな」
「いや、まだ油断は禁物だ。少なくとも、屋外にいる時は最新の注意を払えよ」
RYU-JinとYAMAが言う。唱はみんなの顔を見回した。
「では、行きましょうか」
全員、目で合図するようにうなずき、唱を真中に囲む陣形で歩き出した。
コモードのいる25番地のドアが、少し先に見えている。
歩きながら、唱の頭にはどんどん不安が広がり始めた。
もし、すでにこのことがバレていたら。コモードさんも捕まってて、ドアを開けた瞬間、全員捕まってしまったら。
唱の背中には、だらだらと冷や汗が流れた。
今更どうしようもないことを悩んでいるうちに、特に何もなく25番地に到着した。ドアの前で、皆、足を止める。
唱は目の前の扉を眺めた。黄色い木でできたドアには、番地の数字が彫られている。
「ここで、間違いないみたいですね」
「よし、ショウ。人に見られないうちに、早いとこ入っちまおうぜ」
RYU-Jinに促された唱は、ドアを見上げながらごくりとつばを飲み込む。
さっき頭に浮かんだ嫌な妄想を必死に払いのけると、大きく息を吸ってドアをノックした。
しばらく待つ。が、何も反応がない。
全員顔を見合わせる。唱は握った拳が少し震えるのを感じながら、今度は少し強めにノックした。
ややあってから、ドタドタという床を踏み鳴らす音が聞こえ、ドアがわずかに開いた。
「……ショウさん……! いらしたんですね……」
隙間から顔を覗かせたのは、まぎれもなくコモードだった。
唱は少しホッとして、声をかけた。
「コモードさん、良かった! あ、あの、手紙を受け取りまして……」
すると、コモードは、今まで見たことがないほど険しい顔つきをした。
「静かに! どこで誰が聞いているかわかりません。さぁ、早く中へお入りください」
唱達は、慌ただしく家の中へ招き入れられた。全員が入ったところで、コモードは硬い表情のまま、ドアをそっと閉めた。
家の中は、八畳ほどのさほど広くないスペースに、小さなテーブルが一つと、椅子が二脚置いてあった。テーブルの上には、ワインのボトルと木製のコップ、パンが入ったカゴがあるので、おそらく、コモードは今まで食事をしていたのだろう。部屋の奥の方に、二階に上がる階段が見えた。
久々に会ったコモードの雰囲気が以前とは違う気がして、唱は不安な気持ちがぬぐえずにいた。
もし、さっきの想像が本当だったら。
もう、唱達の運命は決まったようなものだった。バクバクと波打つ心臓を必死に抑えていると、コモードが振り返った。
「ショウさん。ご無事で何よりです! いやはや、私の休みももうすぐ終わってしまうし、間に合わないんじゃないかと冷や冷やしていたところでした」
その笑顔は、城までの旅路で何度も見た、あの人の好い笑顔だった。
今まで緊張していた分、唱は心底ほっとして、一気に気持ちが緩むのを感じた。
「コモードさんこそ無事で……おれにこんな手紙……自分だって危険なのに、本当にありがとうございます。遅くなってしまい、すみません」
コモードは首を振った。
「いえいえ、多分身を隠してらっしゃるだろうと思ってたのでね、手紙は賭けでした……ランテさん、マーニちゃんも、よく来てくれましたね。長旅大変だったでしょう」
マーニは首を振ると、ランテの後ろに隠れた。ランテは目に涙をためながら笑う。
「あらあら、マーニったら、何恥ずかしがってるの……コモードさん、またお会いできて本当に嬉しいです。以前に手紙で教えてくださった道のおかげで、ショウ様のこともお守りできたんですよ」
コモードが、驚いたように目を丸くする。
「えっ、もしかして、あの隠し通路のことですか? いやはや、あれはあたしも半分冗談のつもりだったのですが、まさか実在したんですねえ。そりゃあびっくりだ」
そして、コモードは並んで立っているクリワの四人を見た。YAMAが慌てたように口を開く。
「あ、突然お邪魔します。おれ達、音楽騎士です。一次募集組で、ショウより少し前から城付きで悪魔調査をやってまして……」
コモードは笑顔でうなずいた。
「はい。よく存じておりますよ。有名人ですからな。ヤマさんに、そちらはタイヨウさん。後ろの方はリュウジンさんで、お隣がカッシーさんでしょう」
「えっ、すごぉい! 全員の名前も知ってるんですか?」
Taiyoが嬉しそうに言うと、にこにこしながらコモードが言う。
「一次募集組の音楽騎士は、とにかく有名ですよ。城に少しでも出入りしていれば、お名前を聞かないことはありません」
「マジかぁ! いやぁ、やっぱおれ達、どこの世界でも有名人って運命は避けられないんだなぁ」
喜んでいるRYU-Jinを放っておいて、YAMAが小声で言った。
「ところで早速、手紙の件で聞きたいんですが、国外へ脱出させることができるのは、ショウだけでしょうか。それとも、おれ達も含まれますか?」
コモードも真面目な顔つきになった。
「お気づきの通り、これだけの人数を全員というのはかなり難しいです。ただ、音楽騎士の皆さんは、全員国外へお連れすることは何とかできそうですのでご安心を」
「ということは、ランテさんとマーニちゃんは……」
ちらりとコモードが二人を見る。
「残念ですが、定員を超えてしまっています。ただ、そもそもお二人は国外へ逃亡する必要はないのでは? 手配されているわけではないですからね」
唱は、はっとして小さく叫んだ。
「えっ、二人は一緒には行けないんですか……?」
思わず二人を見ると、マーニはランテの背中に張り付いたまま不安そうな表情をしている。ランテも、悲しそうな顔をしていた。
YAMAが、ぽんと唱の肩をたたいた。
「ショウ、コモードさんの言うことはもっともだ。国外逃亡なんか、返って危険に巻き込むようなもんだぞ」
「お前の気持ちもわかるけどさ、ほとぼり覚めて、また会える時も来るって。な?」
RYU-Jinにも諭されたが、唱は、考えもしなかった突然の別れに、言葉が出なかった。
そうだよ。なんで、そんなことにも気づかなかったんだろう。おれ、コモードさんの手紙読んで、みんなずっと一緒だと思い込んでた……なんてバカだったんだ……
落ち込む唱を気遣うように、コモードは笑顔で言った。
「まぁまぁ、とにかく詳しい話は後にして、まずは皆さん。お疲れでしょう。大したものはありませんが、どうぞ、腹ごしらえなどしてください。今、お茶を淹れますね」




