商人の町
シフレーがやってきた五日後。
唱達は、国境沿いにあるセレナドという町に来ていた。
「うわぁ。すごいにぎやかだね!」
「おいおい、祭りみてぇな騒ぎだな。オルケスでも、この時間にこんな明るくないぜ?」
「ったく、国中みんな暗い顔してんのに、この町のやつらはどこ吹く風って感じだな」
「噂はかねがね聞いていましたけれど、本当にたくさんのお店がある町なんですね。すごいわ……」
町の入り口にある大きな鳥居のような形の門の様子を、近くの木の影でうかがいながら、唱達は皆でため息をついていた。
このセレナドという町は、コンセール王国の北東に位置し、隣国との国境のすぐそばにある。
人口は首都オルケスより少ないそうだが、国内外の商人達が行き交うため、実際には人口の何倍もの数の人間が常にいる、オルケス以上ににぎわっている町だ。
国中の物流の拠点というだけでなく、町全体に渡って、市場から個人商店まで大小たくさんの店が軒を連ねており、この町に売っていないものはない、と言われるほどだ。
なぜ、唱達がセレナドに訪れているかというと、話は五日前にさかのぼる。
きっかけは、コモードがランテに送ってきた手紙だった。
『ランテさん。その後お元気ですか。
ショウさんは近くにおられますか。
近くにおられるなら、急ぎ、この手紙をお渡しください。
ショウさん。ご無沙汰しています。時間がないと思うので、手短に。
今回の件、あたしも驚いています。
何かの間違いでしょうが、マイスター王は難しい方です。
説得して誤解を解こうと思っても、上手くいくとは思わない方がいい。
そこで、提案です。
一時的に、国外へ逃げませんか?
少しの時間、やり過ごせば、きっと真実も明るみになるでしょう。
商人の時のツテがありますので、ショウさんを国外へ逃がすことができます。
もし、この提案に乗られるなら、セレナドという町の、この住所までいらしてください。
商人時代の借家です。
シュベル通り、25番地
今、上役には、故郷の父が危篤だと言って休みをもらっているので、期限は×日までです。
どうかそれまでに、この手紙がショウさんに届きますように。
お気をつけて。お待ちしています。
コモード』
ランテから渡された手紙を読んだ唱は、困惑して皆の顔色をうかがった。
「どうしましょう……×日って言ったら、あと一週間しかないですね……」
思いがけないコモードからの申し出に悩んだ唱に、YAMAが問うた。
「コモードさんって人は、信用できる人なのか?」
唱は即座に答えた。
「ええ、そりゃまぁ……親切で気のいいおじさんですよ。人を騙したりとかは、ちょっと考えにくいですね」
「お優しい方ですよ。私も信頼できる方だと思ったので、ずっとご相談していたんです」
「うん! おじちゃん、いい人だと思う」
マーニも屈託なく言って笑った。RYU-JinとKassyもうなずく。
「あの抜け道、教えてくれた人なんだろ? おれ達が今こうしていられるのも、その人のおかげじゃねぇか」
「普通、あんなこと教えてくれないですもんね。信頼関係深いですよね」
思案顔だったYAMAだったが、やがて納得したように言った。
「うん。信用できる人だというなら、この国外逃亡案、悪くないな。真剣に考えてみてもいいかもしれない」
しかし、唱には少し不安もあった。
「そんな、うまく国外に逃げられるもんでしょうか。返って危険なんじゃ……」
「いや、どっち道、国内だって敵だらけだから、リスク的には同じじゃないかな。それに、マイスター王を説得して誤解を解くのは難しいってことには大いに賛成だ」
YAMAの言うことはもっともだった。すでに、この国に唱の居場所はない。
唱はもう一度、手紙を読み直した。
もしこの内容が明るみにでもなれば、コモードは即国家反逆罪になるだろう。それほどの危険を冒してまで、唱を助けようとしてくれているのだ。この思いを無駄にできない、と唱は思った。
「セレナド、行ってみましょうか」
その唱の一言で、皆で三日かけてやって来たのだった。
唱達は、門のすぐ近くにある廃墟となっている屋敷を見つけると、庭に馬をつないで、こっそり町の様子をうかがった。
閉鎖的なオルケスと違い、セレナドは解放された町という印象で、門から続く大通りはまっすぐ町の中心部まで向かっており、町の様子がよく見通せた。
行き交う人々は、楽しそうに食べたり飲んだり、話したりしている。その姿を見ると、こちらまで不思議と楽しい気分になってくるようだった。
「おおっ。あいつが食ってる食べ物なんだろう! クレープみたいな? めっちゃうまそう!」
「わぁ、あたしも食べたい! あっ、あっちの果物も美味しそう!」
RYU-Jinとマーニが興奮気味に身を乗り出している。
「こらこら、はしゃぐな。……っていうか、マーニちゃんはわかるけど、リュウ、お前までなんなんだよ。さてと、町の様子はわかった。これだけ外部の人間がいるんなら、おれ達が目立つこともないだろう。ただ、依然として人に見つからないようにする必要はある」
YAMAの言葉に、皆がうなずいた。
「人が多ければ目くらましにはなるけど、逆にどこに他の音楽騎士がいるかわかりませんしね」
「ああ、ショウは当然として、おれ達が身バレするのも防ぎたい。フオゴ組なんか、あれ以来見かけないから、こういう町に潜伏している可能性だって十分にある。とにかく気を付けるに越したことはない」
「そしたら、もたもたしないように、先にお家見つけないとだね」
Taiyoが言うと、ランテとマーニがにこやかに言った。
「皆さん、こんな時は、お任せくださいませ」
「あたし達が、探してきてあげる!」
「……やっぱりどうしても、二人にお願いすることになっちゃいますよね……」
唱は情けなく思いながら言ったが、彼女達はいたって気にしていない様子だった。
「全然、危険なことなんてありませんわ。今までも、何もなかったですし」
「そうよショウ様、安心して! それに、あたし町見物したいし」
「こら、マーニ! 遊びに行くんじゃないのよ!」
二人の姉妹は、髪を結ったり、帽子をかぶったりして軽く変装した。
「それでは、行ってきます」
「はい。ランテさん、マーニ。十分気を付けて」
楽し気に夜の街の人ごみに溶けていく二人を見送りながら、YAMAがしみじみとうなずいた。
「二人が手配されてないってことが、本当に不幸中の幸いだな。国家反逆罪なら、ショウと一緒に手配されててもおかしくないと思ってたんだが」
「やっぱり偽の家族だってことがバレてるのかもね!」
「おいおいタイヨウ、やめてやれよ。ショウ、落ち込んでんぞ!」




