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魔王

「では、私達は行く。もちろん、お前達が潜伏していることは他言するつもりはない。だが、さすがにお前達をかくまったりすることは難しい。くれぐれも、無事を祈っている」


 シフレーがそう言うと、彼女の仲間達は思い思いに唱達に挨拶をしながらぞろぞろと森から出て行った。


「くっそ。この前助けてくれたのが無かったら、まじで許さねーとこだよ」

と、ぶつぶつ言う者もいたが、唱はひたすら頭を下げながら見送った。


「お前らも気を付けろよ。いつ何時、ショウみたいに難癖つけられるかわかんねぇからな」


 去りゆく何人もの背中にRYU-Jinは声をかけていた。


 仲間が周囲にいなくなったのを確認すると、シフレーが唱達に向き直る。


「ところでお嬢さん、手紙を預かっている。唱を訪ねて宿に行った時、宿屋の主人から渡すように頼まれた」


 そう言って、シフレーはランテに小さな封筒を渡した。


「あ……ありがとうございます……コモードさんからのお手紙ですわ……」


 手紙を受け取ったランテの様子を見て微笑んだシフレーは、今度は唱に向かって言った。


「それと、ショウ。こんな事態になったからには、あることを伝えておく。原典のことだ」


「原典? あの救世主のこと?」

「そうだ。それと同じくらい――いや、それより遥かに重大な記述が原典にあるんだ。お前は、知る必要がある」


 シフレーの表情は、今までに見たことのないほど、深刻なものだった。


「それは、悪魔がはびこる理由についてだ」


 シフレーが話し始めると、ランテとマーニが真剣な面持ちで耳を傾ける。


「今のダカポ教では、人間の所業に怒った神が、天罰のため悪魔を世に放ったということになっている。だが、原典では違うんだ。神は、自らの右腕を引きちぎってそれを魔王の姿に変え、世に降ろしたと書かれているんだ」


「――魔王?」


 唱達全員が、口をそろえて聞き返す。


「ああ。そしてその魔王が、悪魔をこの世にはびこらせたとな」


 RYU-Jinが呆れたように言う。


「魔王って……そんなアニメやゲームじゃあるまいし、そんなもん本当にいるわけ……」

「ん? あに……? まぁ、いい。私も最初はそう思っていたさ。そもそも、研究を始めた当初は、悪魔は天災を意味する符丁と思っていたし、魔王や救世主も何らかの象徴に過ぎないと考えていた。だが、実際に悪魔が現れただけでなく、救世主も存在した――」


 唱は、はっとした。


「であれば、魔王がいてもおかしくないってこと――」


 不思議そうにTaiyoとKassyが顔を見合わせる。


「でも、お城でそんな話とか聞いたことある?」

「いえ……光の巫女の話題は持ちきりでしたけど、魔王とか、聞いたこともないですね」


 じっと考え込んでいたYAMAが口を開いた。


「なるほど……魔王がいるとなると、光の巫女のイカサマがなぜ通用するのか、の説明にはなるな」

「どういうこと?」


「空を晴らす要因が、ショウの“悪魔を倒したときの光の粒”によるものだとわかった今、光の巫女が歌で空を晴らしてみせたのが完全な芝居だったことは明白だ。となると、あの時、おれ達が見た青空は何だったのか、という話になる。集団幻覚を見せられたのか、それとも実際に空を晴らして見せたのかはわからないが、とにかく、そんな離れ業ができる力を持ったやつがいる、ということだ」


「それが魔王だってことかよ」

「ああ、おそらく、あの場にいたんだろう。その魔王が」


 そこで、唱はふと思い出した。


「そういえば、光の巫女の神輿の中に、小さいおばあさんがいませんでしたか?」


 唱の言葉に、クリワの四人は顔を見合わせた。


「おばあさん……? いたかな……」

「いやぁ、どうだったかなぁ……あんま神輿じろじろ見たりしたことないからなぁ」

「ちょ……リュウさん、まるでおれが変態みたいな言い方しないでくださいよ!」


 すると、マーニの元気の良い声が聞こえた。


「いたわよ! タメラの横に、いつも座ってた。あたし、すごく気持ちの悪いおばあさんだなって思ってたから、よく覚えてる」

「……そうですね。私も覚えています。タメラちゃんの隣に、座ってらっしゃいましたわ」


 マーニに続いてランテもうなずき、YAMAは指を鳴らした。


「辻褄が合うな。そのおばあさんが、光の巫女の見事な歌で大勢の目をくらまして、あの壮大な手品をやってのけているということか」


 YAMAが言うと、マーニの怒ったような声が飛んできた。


「そうだわ! タメラを騙したのも、きっとその魔王よ! 許せないわ」


 マーニの怒った表情を見ていた唱は、やはり言わなければならないと思った。


「実は……言ってなかったんですけど、おれ、この前ペトラン村に行った時、光の巫女に会ったんです」


 唱が言うと、全員が驚きの声を上げる。


「ああ、確かに、行方不明になっていた光の巫女をペトラン村の近くで見つけてペザン組が連れ帰ったと騒ぎになっていたな。鼻高々になっているペザンを、私も城で見たぞ」


「ちょっと待って! ショウ様、どういうこと? タメラと何か話した?」

「おいおい、ショウ。そんな大事なこと、なんで言わねぇんだよ」

「あ、す、すみません……いや、ちょっと、彼女、事情抱えてたっぽくて秘密にして欲しいって言うので、あんまりベラベラ言うのも気が引けて……」

「ったく、お前ってそういうとこあるよな。気ぃ使い過ぎるっていうか何つーか」


 RYU-Jinが呆れ気味に言うと、ランテが微笑んだ。


「それが、ショウ様の素敵なところですわ」


 YAMAが身を乗り出す。


「それで、光の巫女は、今の話に関わることを何か言ってたか?」

「はい……自分のやりたいことはこんなことじゃなかったって、だから耐えられなくなって逃げてきたんだって、そう言ってましたね……あと、あの人……」


 そこまで言って、唱はあの時に抱いた違和感を思い出した。


「彼女は、“あの人”に連れてこられたって言っていました……“あの人”に自分の歌が必要だって言われて嬉しくてオルケスまでついて来たって……」


「ほら、やっぱり!」


 マーニは憤慨して叫んだ。


「光の巫女が騙されているかはともかくとして、この悪魔騒ぎの後ろで手を引いているやつがいるってことだけは、もう間違いないようだな」


 YAMAの言葉に、唱はうなずいた。


「それが、魔王……」


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